第283話 地上の迎撃
地上では、第118歩兵科中隊が地下通路の出口を監視していた。
地下から敵が現れることは、すでに想定されている。中隊長のセウ・コーペルは、GASTが地上へ出てきたところを迎え撃つつもりだった。そのため、地上側には一定の戦力が残されている。しかし、その指揮を執るべきコーペルからの連絡がない。
副隊長のミック・ルクサンドル少尉は、手元の通信端末を操作した。
『コーペル隊長、応答してください』
呼びかけに対する返答はなかった。通信状態を確認してから、もう一度呼びかける。
『コーペル隊長、こちらルクサンドル。応答してください』
やはり、返事はない。ルクサンドルは端末を下ろさず、次に重装歩兵分隊を指揮していたレン・アボシへ通信を繋いだ。
『アボシ分隊長、状況を報告せよ』
無線は沈黙したままだった。何度呼びかけても、返答はない。ルクサンドルは地下通路の出口へ視線を向けた。地下で何が起きたのかは分からない。ただ、コーペルとアボシの両名から連絡がないという事実だけは変わらない。地下へ送り込んだ重装歩兵も、いまだに戻ってきていない。
ここで「まだ戦っている」と考えることもできる。しかし、指揮官が不在のまま敵が地上へ出てくれば、中隊全体が対応を誤る可能性がある。
ルクサンドルは短い沈黙の後、通信端末を操作した。
「コーペル隊長とアボシ分隊長からの応答がない。両名は戦死したものとして扱う」
周囲の兵士たちから、ざわめきが起こった。
「隊長が……?」
「確認はできていません」
近くにいたイアン・イバ兵士長がそう訊ねる。
「確認できていない。だからこそ、戦死したものとして動く」
ルクサンドルは落ち着いた声で答えた。
「生存している可能性を捨てたわけではない。ただ、指揮官が生きていることを前提にして部隊を動かし、もし戦死していた場合に対応が遅れる方が危険だ」
そう言って、ルクサンドルは地下通路へ視線を戻した。
「私が指揮を引き継ぐ。敵が出てきたら、こちらの判断で迎撃する」
ルクサンドルは、コーペルの死を嘆く時間を自分に与えなかった。胸の奥には当然、隊長を失った可能性への動揺がある。だが、それを今ここで表に出しても部隊の役には立たない。
(隊長……)
ほんの一瞬だけ、コーペルの姿が頭をよぎる。ルクサンドルはすぐに思考を切り替えた。
(今は私が指揮官だ)
部隊へ配置変更を命じ、地下通路の出口を中心に迎撃態勢を整える。
やがて、地下通路の奥から足音が聞こえ始めた。兵士たちが一斉に銃を構える。
ルクサンドルも出口へ目を向けた。
現れる敵がどれほどの数なのかは分からない。コーペルとアボシを倒した相手なのだから、決して小規模な敵ではないだろう。
それでも、ルクサンドルは焦らなかった。
「まだ撃つな。敵の姿を確認してからだ」
兵士たちは銃口を出口へ向けたまま、命令に従う。その直後、地下通路からGASTの隊員が姿を現した。
最初に地上へ出たのは、アマゾネス班だった。
ビービは出口を抜けた直後に身体を低くし、周囲の射撃位置を確認する。その横ではスライスが後続の隊員へ手を示し、進出する位置を細かく調整していた。
キーラは正面だけを見るのではなく、左右へ視線を走らせている。地下では限られていた移動方向が、地上では一気に増えている。それだけに、どこから射撃を受ける可能性があるのかを先に把握しておく必要があった。
ピケットとサリカムは、先に出た隊員の左右を埋めるように展開した。地下でゴルムを後方へ運んだ2人は、彼がまだ戦闘可能であることを確認すると、それぞれ自分の位置へ戻っている。
その後ろからアルバトロス班が続いた。
ブエンテロは出口付近に留まらず、地上の射界を確認しながら前方へ進む。クラウスレイが反対側へ回り、ゴルムとマメッドがその間を埋める。ソブラウはキーラの位置を確認しながら移動し、敵の射撃が集中する場所を探っていた。
地下での戦闘による疲労は残っている。それでも、誰1人として足を止める者はいなかった。
最後尾からセイレーン班とフォックス班が地上へ出る。
ローレライは姿を現すと同時に射撃線を探し、ボナーへ視線を向けた。ボナーはその意図を理解して、後方の状況を確認する。
シリングとラスタは左右へ散開し、ベルチャーとシノシックもそれぞれ異なる射界を確保した。
その中でファスは、地上に出てもすぐには撃たなかった。
地下で1人で狙撃を続けていた彼は、敵の配置を探るように銃口を動かしている。ビューも周囲を確認しながらファスの射線を邪魔しない位置へ移動した。
フォックス班では、ジミーが前方を見ながら射撃位置を探し、グイダがその側面を警戒する。ダンタスとラーキンは別方向を監視し、ワード、シールズ、ミルトンもそれぞれの射界を確保していた。
GASTは一つの塊として地上へ出てきたわけではない。
それぞれが互いの射線を妨げない位置へ移動しながら、全体として一つの戦闘単位を形成していく。
「……地上にもいるな」
ブエンテロが敵の配置を見て呟く。
ビービは周囲を確認しながら、隊員たちへ指示を出した。
「地下よりは動きやすい。だが、正面から突っ込む必要はない。敵の配置を確認してから動く」
GASTは地上へ出た直後から、慎重に動き始めた。
118中隊もまた、すぐには撃たない。
地下で何が起きたのかを知らないルクサンドルにとって、目の前のGASTは未知の敵だった。だが、地下から出てきたという事実だけで十分だった。
「撃て!」
ルクサンドルの命令が飛ぶ。
118中隊の銃撃が一斉に始まった。
GASTはその場に留まらず、射撃を避けながら左右へ展開する。
ビービが左へ移動すると、スライスがその動きを補うように反対側へ回る。キーラは2人の間にできた空間を確認しながら前へ進み、ピケットとサリカムがその左右を守る。
アルバトロス班も同じように動いていた。
ブエンテロが前へ出れば、クラウスレイがその側面を支え、ゴルムは射撃を受けながらも身を低くして前進する。ソブラウは無理に距離を詰めず、敵の射撃が集中する地点を見極めていた。
「ここ、撃ってきますね」
ソブラウが言った。
マメッドが敵の位置を確認する。
「なら、そこは避けた方がいいです」
「そうですね」
2人は同時に移動した。
地下通路とは違い、地上では横方向へ移動できる。敵の射撃によって一方向へ追い込まれる危険も少ない。
キーラは走りながら、敵の動きを観察していた。
(地下とは違う)
敵はGASTを正面から押し返そうとしているわけではない。射撃位置を変えながら、GASTの進路を限定しようとしている。
「副官、敵が動かしてくる」
キーラが伝えると、スライスも敵の配置を確認した。
「分かってる。地下でやってきたのと同じとは限らない。慎重に行くよ」
その言葉を聞いたソブラウが射撃しながら笑う。
「今度は、こちらが誘導される番ですかね」
「そうならないようにするんでしょ」
キーラが返す。
GASTは進路を変えた。すると、118中隊の射撃も変化する。GASTが進もうとする方向へ、別の射撃線が伸びてくる。
キーラはその動きを見ていた。
(やっぱり、こっちの動きを見ている)
地下で得た経験が、地上でも生きている。敵はGASTの現在位置だけを狙っているわけではない。次にGASTが向かおうとする場所を予測し、そこへ射撃を置いている。しかし、地下と違って地上には広い空間がある。誘導される方向が一つしかないわけではない。
「右へ行く」
キーラが指示すると、アマゾネス班が移動する。
スライスが先に移動し、イリーがその後ろを抜ける。ピケットとサリカムは互いの死角を補うように位置を変え、キーラは前方の射撃線を確認しながら進んだ。
ビービはその動きを見て、アルバトロス班にも合図を送る。
「アルバトロス、右!」
「了解!」
ブエンテロが応じ、クラウスレイとゴルムが続く。
ソブラウとマメッドは少し遅れて移動し、敵の射撃がどちらへ集中するのかを見極めてから位置を変えた。
GASTが分散すると、118中隊の射撃も対応しなければならなくなる。その隙を、後方の狙撃班が見逃さなかった。
ローレライが最初に敵の射撃手を捉える。銃声が響き、1人が倒れた。
別の場所ではジミーが敵の動きを止め、ファスも離れた位置から1人を撃ち抜いた。
シリングとラスタが敵の射撃位置を探し、ベルチャーとシノシックが別の目標を狙う。
フォックス班でも、コルガンが射撃線を確認し、ダンタスへ視線を送る。ワードとシールズ、ミルトンもそれぞれ狙撃位置を変えながら敵の火力を削っていった。
狙撃班は一斉に同じ場所を撃っているわけではない。敵がGASTの前進を止めようとすれば、その射撃手を潰す。敵が別方向へ移動すれば、そこに射線を置く。
GASTが動くたびに狙撃位置も変化し、118中隊は徐々に射撃能力を失っていった。
ルクサンドルはその様子を見ていた。
(やはり、簡単には崩れないか)
地下からここまで突破してきた敵だ。正面から撃ち合って押し切れる相手ではない。ならば、別の方法を取る。
「前へ出るな。射撃位置を維持しろ。敵がこちらへ近づいてきた時だけ、集中して撃て」
118中隊は無理に追わない。GASTを撃滅することより、一定の距離を保ちながら進路を制限することを優先した。
だが、その判断もGASTは見逃さなかった。ローレライは敵の射撃が一定の方向へ集中していることに気付く。
「前の連中だけじゃない。後ろも見てる」
ローレライが告げる。
コルガンも敵の配置を確認する。
「なら、後ろを先に崩す」
フォックス班が射撃位置を変えた。
ジミーが1人を撃ち、ファスが別の射撃手を狙う。ローレライも続けて撃ち、敵の防御線に空白が生まれた。その瞬間、前衛が動いた。
「押し込むよ!」
スライスの指示に、アマゾネス班が前進する。
キーラは先頭近くまで進み、敵の射撃が薄くなった場所を見つけると、そこへ隊員を誘導した。イリーが続き、ピケットとサリカムが左右から援護する。
ビービも隊員たちの位置を確認しながら前へ出る。
アルバトロス班も動いた。
「アルバトロス、右!」
ブエンテロの号令とともに、クラウスレイ、ゴルム、ソブラウ、マメッドが右側へ展開する。
ゴルムは地下で背中を強く打った影響が残っていたが、それを感じさせないように身体を低くして進む。ソブラウはその動きを確認すると、ゴルムの進路に射撃が集中しないよう別の敵へ射撃を加えた。
その間にも、セイレーン班とフォックス班は射撃を続けていた。
ローレライが前方を抑え、ボナーが後方を確認する。シリングとラスタは左右の敵を狙い、ベルチャーとシノシックも射撃位置を変えながら敵の火力を削っていく。
ファスはビューのサポートの元、射撃を続けていた。
地下と同じように、彼は敵が撃たざるを得ない場所を探している。
(撃たせれば、撃つ場所が分かる)
ファスは敵の銃口が動いた瞬間を見逃さず、その射手を撃ち抜いた。
フォックス班では、ジミーが前進する味方を援護し、コルガンがその射線を補う。ダンタスとラーキンが敵の側面を狙い、ワード、シールズ、ミルトンも次々と射撃を加えていった。
118中隊の防御線が崩れ始める。
ルクサンドルは状況を見ていた。敵の動きが速い。
こちらが一つの方向を塞げば、別の方向へ回り込んでくる。撃ち合いで押し返そうとすれば狙撃班が射撃線を崩し、射撃を避ければ前衛が距離を詰めてくる。
このまま戦えば、部隊を削られる。
「全隊、後退する」
イバが振り返った。
「撤退ですか?」
「そうだ。ここで戦力を失う必要はない」
ルクサンドルは即座に答えた。
「隊長は戦死した。重装歩兵も戻っていない。ここで中隊まで壊滅させれば、次の戦いができなくなる」
118中隊は徐々に後退を始めた。GASTはそれを追撃する。
ブエンテロが前へ出ようとしたところで、クラウスレイが周囲を確認して止める。
「深追いは危険です」
その声を聞いて、ブエンテロも足を止めた。
後方ではローレライが敵の動きを監視している。
「追いすぎる必要はない。まだ別の敵がいるかもしれない」
ビービも敵との距離を確認しながら、隊員たちを止めた。
「追いすぎるな。ここまででいい」
スライスも周囲を確認する。
「了解。負傷者を確認して」
キーラはピケットとサリカムに目を向け、2人が無事であることを確認した。アルバトロス班では、ゴルムが自分の状態を確かめながら立ち上がり、ソブラウとマメッドが周囲を警戒している。
狙撃班も次々に射撃を止めた。
ローレライは銃を下ろし、ファスの位置を確認する。
「ファス」
「大丈夫です」
短い返答が返ってくる。それを確認すると、ローレライは前方へ視線を戻した。
戦闘の音が次第に遠ざかっていく。
118中隊は地上でGASTを止めることができなかった。
それでも、地下でコーペルが選んだような正面からの戦いを続けることはせず、ルクサンドルは残存戦力をまとめて後退させた。
GASTはその場に残された敵の配置を確認する。
「逃げたね」
キーラが言った。
「追います?」
ソブラウが尋ねる。
ビービは首を横に振った。
「今は必要ない。先へ進む」
GASTは再び前へ進み始めた。
地下では敵の誘導を逆手に取った。そして地上では、敵の指揮官が変わったことで別の戦い方を強いられた。
それでもGASTは、次の戦場へ向かう。
一方、後退する118中隊の中で、ミック・ルクサンドル少尉は一度だけ後方を振り返った。地下から現れた敵は、まだ遠ざかっていない。
(あの連中は、何者だ……)
問いに答える者はいない。それでも、ルクサンドルは歩みを止めなかった。いま必要なのは、敵の正体を知ることではない。生き残った部隊を、次の戦いへ繋ぐことだった。
登場人物紹介
GASTアマゾネス班
ビービ(班長)、スライス(副班長)、イリー、キーラ、ピケット、サリカム
GASTアルバトロス班
ブエンテロ(班長)、クラウスレイ(副班長)、ゴルム、ソブラウ、マメッド
GASTセイレーン班
ローレライ(班長)、ボナー(副班長)、シリング、ラスタ、ベルチャー、シノシック、ファス、ビュー
GASTフォックス班
コルガン(班長)、ダンタス(副班長)、ジミー、グイダ、ラーキン 、ワード、シールズ、ミルトン
ミック・ルクサンドル……陸軍少尉で、犬型獣人族の男性。第118歩兵科中隊の副中隊長
イアン・イバ……陸軍兵士長で、ヒト族の男性。第118歩兵科中隊所属




