第279話 狙撃手と指揮官
第117歩兵科中隊の前進は続いていた。遮蔽物がほとんど存在しない地下空間では、兵士たちが身を隠せる場所は限られている。そのため、GASTの狙撃は、前進する帝国兵にとって大きな脅威となっていた。
先ほどから、隊列の前方にいた兵士が狙撃によって倒されている。射撃音が響くたびに、周囲の兵士たちは一瞬だけ身を低くするものの、後方から前進を促す声が飛ぶと、再び隊列を整えて進み始めた。
その様子を、第117歩兵科中隊長であるタタイー・エイゴ―ト大尉は後方から見ていた。
小柄なドワーフであるエイゴ―トは、周囲の兵士より頭一つ分ほど背が低い。しかし、その視線は前方だけに向けられているわけではない。味方の配置と敵の動き、その双方を確認しながら、戦場全体の状況を把握していた。
敵は強い。それは、これまでの戦闘で十分に分かっている。
第115歩兵科中隊を相手にした戦闘でも、敵は常識では考えられないほどの練度を見せた。その後の第116歩兵科中隊も、正面から撃ち合うのではなく、後退しながら敵の進撃を遅らせていた。そして今度は、自分たちがその敵を地下へ誘い込んだ。
背後の通路は崩落させ、退路を塞いでいる。左右へ自由に展開できる場所も少なく、この空間では敵の得意とする機動力を十分に発揮させることができない。
エイゴ―トにとって、117中隊にとって、この戦場は決して悪くなかった。だが、問題が一つある。敵の狙撃手だった。
「大尉、また狙撃です!」
近くにいた兵士が叫んだ。直後、前方にいた帝国兵が胸を撃ち抜かれ、その場に倒れた。
エイゴ―トは倒れた兵士へ一瞬だけ視線を向けた。しかし、狙撃手を探そうとはしなかった。
「負傷者を後送しろ」
エイゴ―トは冷静に命じた。
「ただし、前進は止めるな」
「しかし、狙撃手が――」
「狙撃手を探すために動きを止めれば、敵の思うままだ」
エイゴ―トはそう言って、再び前方へ視線を戻した。
敵は、狙撃だけをしているわけではない。狙撃によってこちらの動きを止め、その隙を利用して別の部隊が前へ出てくる。そう考えれば、今起きていることも理解できる。ならば、こちらが取るべき行動も決まっていた。
「隊列を維持しろ。撃たれた兵士が出ても、周囲の者が勝手に動くな」
『了解!』
無線越しに返答が届いた。
狙撃手に対して有効な手段はいくつもある。しかし、この場所では使える手段が限られていた。遮蔽物が少ない以上、兵士が身を隠しながら前進することは難しい。かといって、狙撃手を探すために兵力を分散させれば、正面の敵に突破される可能性が高くなる。
だからこそ、エイゴ―トは狙撃を受けることそのものを問題にはしていなかった。問題なのは、狙撃によって部隊の動きが乱されることだった。
「まだ前へ出ろ」
エイゴ―トは前進を命じた。その命令を受け、第117歩兵科中隊は再び前へ進んでいく。
「ファスの奴、張り切ってるな」
グイダがファスの様子を伺いながら独り言ちた。
「1人でやるのが好きな奴だったが…今は頼もしいよ」
コルガンが答える。
「普段は、お前と違って勝手しないしな」
グイダはジミーへ向かって軽口を叩く。
「うるせぇ」
「まあ、事情が事情だからな……」
グイダは倒れたシェンブリを一瞥する。ビューは諦めたように、首を振っていた。グイダは舌打ちした。
その頃、ファスは照準器を覗き込んでいた。
敵の動きが変わったことには、すでに気づいている。
先程までは、撃たれた兵士の周囲にいた者が身を伏せたり、射撃地点を探したりしていた。しかし、今は違う。兵士が撃たれても、周囲の者は大きく動揺することなく、隊列を維持したまま前進を続けている。
(指揮官が変えたな)
ファスはそう考えた。
もちろん、実際に指揮官の姿を確認したわけではない。だが、射撃を受けた部隊の反応が明らかに変化している以上、それが誰かの判断によるものだということは分かる。
ファスは再び照準を動かした。
先程までなら、前進する兵士を撃てばよかった。しかし、それだけでは効果が薄い。ならば、別の場所を狙う。
後方で周囲を確認している兵士がいた。前方の部隊だけではなく、左右の動きにも注意を向けている。
ファスは、その兵士に照準を合わせた。引き金を引く。弾丸が兵士を捉え、その身体が崩れた。
だが、前方の帝国兵は止まらなかった。ファスは照準器から目を離さず、その光景を見つめた。
(これでも止まらないか)
狙撃手として、敵の弱点を撃ち抜くことには自信がある。
しかし、敵が狙撃によって生じる損害をある程度受け入れ、それでも予定した進路を維持するのであれば、1人で撃ち続けても得られる効果には限界がある。
それでも、ファスは射撃を続けた。
今度は前方の兵士を狙う。1人を撃ち倒しても、そのことで隊列そのものが崩れることはない。後続の兵士が空いた位置を埋め、残った者たちは進路を変えずに前進を続けていた。
(しぶといな)
ファスは、これまで戦った帝国兵とは違うものを感じていた。
敵は、自分たちを倒そうとしている。それだけではない。逃がさないつもりなのだ。そう考えた瞬間、ファスの表情から笑みが消えた。この地下空間に入った時点で、こちらは敵の罠に乗った可能性がある。しかし、だからといって退くこともできない。背後は塞がれている。ならば、敵を倒して進むしかない。
ファスは銃を構え直した。
そのとき、前方から激しい銃撃が起きた。アマゾネス班とアルバトロス班が、帝国兵の前進を阻もうとしていた。
ビービは仲間に向かって声を張り上げた。
「無理に前へ出るな! 敵を引きつけてから撃て!」
その指示に従い、アマゾネス班の隊員たちは射撃位置を調整する。アルバトロス班も、敵の側面へ回り込もうとした。
だが、地下空間そのものが、それを容易には許さない。
左右へ大きく展開できる余地がないため、十分な迂回ができないのだ。普段ならば側面や背後へ回り込むことで敵の隊形を崩せるGASTも、この場所ではその能力を十分に発揮できなかった。
「ここまで狭いと、やりにくいな!」
ブエンテロが叫んだ。
その声に応じる余裕もないほど、前方から銃弾が飛んでくる。
GASTにとって、いつもの戦い方ができない。敵は、それを理解したうえで、この場所を選んでいる。その事実を、GASTの誰もが感じ始めていた。
さらに銃声が響いた。ファスの放った弾丸が、帝国兵の肩を撃ち抜く。
兵士が倒れたが、そのことで前進そのものが止まることはなかった。第117歩兵科中隊は、狙撃による損害を受けながらも、隊形を大きく乱すことなく前へ進んでいる。
ファスは次の標的へ照準を移した。その動きを、エイゴ―トは見ていた。
狙撃手の姿は見えない。それでも、射撃によって生じる部隊の損害と、敵の動きを観察すれば、その存在を無視することはできなかった。
「狙撃手は、こちらを動かそうとしている」
エイゴ―トは、近くにいた部下へ告げた。
「兵を撃っているだけではない。撃つ場所を変えて、こちらの隊形を崩そうとしている」
「では、狙撃手を探しますか?」
「いや」
エイゴ―トは首を横に振った。
「探す必要はない」
部下が驚いた表情を見せる。
「我々がやるべきなのは、狙撃手に合わせて動かないことだ」
エイゴ―トは前方を見つめた。敵の精鋭部隊がいる。その中には、こちらの兵士を1人ずつ撃ち抜く狙撃手もいる。それでも、ここで戦い方を変えるつもりはなかった。
「前進を続ける。敵を押し込め」
エイゴ―トは命じた。
「狙撃手に撃たれることを恐れて隊形を崩すな。それよりも、目の前の敵を確実に削れ」
命令が前方へ伝えられていく。
第117歩兵科中隊は、再び前へ進み始めた。その動きを見ながら、ファスは照準器の中の敵を見つめていた。
(こいつ……)
敵の動きが変わった。今までなら、ファスが撃った場所に対して何らかの反応があった。ところが、今は違う。狙撃を受けても隊列を大きく変えず、損害が出ても、その穴を埋めながら予定した進路を進み続けている。
ファスは、その意味を理解した。
(俺に合わせて戦うんじゃない。俺が撃っても、予定通り進むつもりか)
それは、狙撃手にとって嫌な戦い方だった。敵が狙撃を恐れてくれなければ、射撃によって得られる効果は小さくなる。だが、ファスにはまだ撃てる場所がある。
照準を動かす。その先に、敵の兵士がいた。ファスは引き金を引いた。銃声が地下空間に響き、兵士が倒れる。それでも、第117歩兵科中隊の前進は止まらなかった。
ファスは銃を構えたまま、敵の隊列を見つめていた。1人で戦える。その自信は、まだ揺らいでいない。だが、この敵を1人で止められるとは思っていなかった。そして、敵の側でも同じことを考えている者がいる。
エイゴ―トは、前進する兵士たちを見ながら、次の手を考えていた。
狙撃手はまだ生きている。GASTもまだ崩れていない。このまま正面から押し続ければ、いずれどちらかが限界を迎える。
だが、エイゴ―トはそれを待つつもりはなかった。彼は部下を呼び寄せると、次の命令を伝えた。
「狙撃手をこちらから動かす」
その言葉を聞いた兵士は、エイゴ―トを見つめた。
「どうやってです?」
エイゴ―トは前方を見たまま答えた。
「敵が撃たざるを得ない状況を作る」
その先には、まだGASTの姿があった。
登場人物紹介
GASTアマゾネス班
ビービ(班長)、スライス(副班長)、イリー、キーラ、ピケット、サリカム
GASTアルバトロス班
ブエンテロ(班長)、クラウスレイ(副班長)、ゴルム、ソブラウ、マメッド
GASTセイレーン班
ローレライ(班長)、ボナー(副班長)、シリング、ラスタ、ベルチャー、シノシック、ファス、ビュー、シェンブリ
GASTフォックス班
コルガン(班長)、ダンタス(副班長)、ジミー、グイダ、ラーキン 、ワード、シールズ、ミルトン
タタイー・エイゴ―ト……陸軍大尉でドワーフの男性。第117歩兵科中隊長




