第278話 ナンバー3
「フラン、気を引き締めて行くよ!」
フランシスコ・ファストゥ―ロ上等兵は、そう言って先頭を走る上官に嫉妬をしている。上官、アリサ・クシャドラ伍長は幼馴染であった。
クシャドラはハイエルフである。対して自分は、ごく普通のエルフだ。ハイエルフとエルフには、超えられない壁があると言われている。頭脳・身体能力・手先の器用さ・痛みへの耐性……
事実、ファストゥ―ロは、苦労してようやく上等兵になったのに、クシャドラはあっという間に伍長に昇進した。軍曹への昇進も約束されていると聞く。そうなれば分隊長を任せられる。自分はまだ支隊長にもなれないのに…
敵は精鋭だと聞く。確かに、下等生物とは思えぬ練度だ。これまで、この大分まで進軍された経験はない。しかし、そうするだけの力があるというのは、未熟な自分でも分かった。
その時、前方にいたクシャドラが被弾した。心臓部に当たったようだが、アーマー(防弾チョッキのような物)によって命は守られたようだ。だが、痛みがないわけではない。痛みで蹲った直後、喉元を撃ち抜かれ絶命した。
何て正確な射撃だ…ファストゥ―ロは戦慄したが、幼馴染が目の前で討たれたのだ。自然と銃口は、その狙撃手へ向けられ、そして発砲した。
弾は、敵の心臓を貫いた
(やった!)
心の中でそう叫んだ。クシャドラを倒した相手を自分が討った。これまで彼女に感じていた劣等感が晴れた気がした。けれど、彼女はもういない。それに気づくと、ファストゥ―ロは虚しくなった。
直後、彼は別の方向から放たれた銃弾を身体中に受けた。
(なんだ、死ぬときも一緒なんかよ…)
彼は絶命した。
「ファス、シェンブリが撃たれた!」
ビューからの報告を聞いても、ファスは慌てなかった。
「治療を頼む。ここは、俺一人で何とかする」
「…分かった」
ビューはシェンブリの治療へ向かった。
遮蔽物がないに等しいこの場所で、怪我人の治療をすることなど不可能と言っていい。しかし、それでもシェンブリを見捨てることなど出来はしない。
ファスは、「ふうっ」と一息ついた。これまで以上に集中しなければならない。だが、それは彼にとって好都合であった。
彼は、三位一体でスナイパー・スポッター・フランカーを務めるこのやり方が気に入らなかった。狙撃は1人でやりたいとも思っていたのだ。今、その場面を迎えた。彼は気持ちが高揚していた。
GASTでナンバー1の狙撃手はローレライ、ナンバー2がジミー。では、ナンバー3は誰か? これは意見が二分する。その1人がファス。もう1人がコルガン。
だが、コルガンは、ジミーとグイダとのバディを崩せない。そのため、自身が狙撃する機会が減っている。その間、ファスには戦場で狙撃を行う機会が多かった。その経験を踏まえると、実質ナンバー3はファスではないか、そういう声が増えてきたのだ。
ファスは、ゆっくりと銃を構えた。
いつもなら、視界の外にいる敵の動きや、別方向からの射撃を知らせてくれる仲間がいる。今は、それがない。聞こえるのは銃声だけだった。
ファスは照準器を覗き込み、敵の動きを追った。前方では帝国兵が隊形を整えながら進んでいる。こちらを発見しているのは間違いない。だが、敵はまだファス1人の位置を正確には掴めていない。
ならば、先に撃つ。ファスは1人の兵士に照準を合わせた。しかし、引き金を引かなかった。その兵士は前方を見ているだけだった。周囲の兵士に指示を出しているわけでもない。
ファスの視線が、その後ろへ移る。
いた。
味方の動きを確認しながら、前方へ視線を送り続けている兵士がいる。ファスは、そちらへ照準を移した。
引き金を引く。銃声が響いた。後方にいた帝国兵が、胸を撃ち抜かれて倒れた。その瞬間、前方の兵士たちの動きが止まった。
ファスは再び照準器から目を離した。
(やはり、そうか)
敵の前進が止まった理由を、彼は理解していた。あの兵士は、前に出る兵士たちを見ていた。おそらく、何らかの指示を出していた。
ファスは、もう一度銃を構えた。今度は別の兵士が前へ出ている。その動きを追いながら、ファスは撃たなかった。撃てば、こちらの位置を探られる。ならば、もう少し待つ。
敵が動き始めた。その瞬間、ファスは引き金を引いた。2人目の敵兵が倒れた。すぐにファスは射撃位置を変えた。
1人で戦うなら、1人で全部やらなければならない。敵を見つけるのも自分。撃つ相手を選ぶのも自分。撃った後にどう動くかを決めるのも自分だ。
それは、本来なら3人で分担する仕事だった。だが、ファスは苦にしていなかった。むしろ、心地よかった。
(これだ)
自分が見て、自分が判断し、自分が撃つ。誰かに撃つ相手を決めてもらう必要もない。誰かの判断を待つ必要もない。
ファスは再び敵を探した。その視線の先で、帝国兵の1人がこちらを探している。
ファスは動かなかった。相手が銃を構える。その瞬間、ファスは身体を伏せた。銃弾が頭上を通過する。ファスはすぐには撃ち返さなかった。
敵の射撃位置を確認する。
1発。少し間を置いて、2発。そして、また沈黙。
(なるほど。そういうことか)
敵はファスを探している。だが、ファスもまた敵を探していた。彼はゆっくりと照準器を覗き込む。先ほどの射撃地点とは違う場所に、敵兵の姿があった。
ファスは照準を合わせる。そして、撃った。敵兵が倒れた。
その光景を見て、ファスはわずかに口元を緩めた。これまで、彼の実力については様々な意見があった。
ローレライが1番。ジミーが2番。3番はファスか、それともコルガンか。その答えを決めるのは、口論でも評価でもない。戦場だった。
ファスは、もう一度銃を構えた。
その頃、第117歩兵科中隊の側でも、異変が認識され始めていた。
「狙撃手にやられています」
兵士からの報告を受けた男は、前方を見つめた。
敵の姿は見えている。しかし、こちらを撃っている狙撃手の姿は見えない。しかも、射撃するたびに位置を変えている。
「何匹いる?」
「確認できません」
「1匹では?」
兵士は答えに詰まった。
「……分かりません」
男はしばらく沈黙した。敵の狙撃手が1人なのか、複数なのか。それを確認できないこと自体が問題だった。
「前進は止めるな」
男はそう命じた。
「狙撃手に意識を向けすぎるな。正面の敵を押さえ込め」
それが正しい判断だった。ここで狙撃手1人を追い始めれば、GASTの思う壺になる。第117歩兵科中隊の目的は、敵を逃がさないことだった。
だからこそ、ファスの存在は厄介だった。彼は1人で戦っている。
そして、1人で戦っているからこそ、敵の隊形を観察し、自分が必要だと思った場所だけを撃つことができる。
ファスは、再び照準器を覗いた。敵が近づいてくる。まだ終わっていない。むしろ、ここからだった。
登場人物紹介
GASTアマゾネス班
ビービ(班長)、スライス(副班長)、イリー、キーラ、ピケット、サリカム
GASTアルバトロス班
ブエンテロ(班長)、クラウスレイ(副班長)、ゴルム、ソブラウ、マメッド
GASTセイレーン班
ローレライ(班長)、ボナー(副班長)、シリング、ラスタ、ベルチャー、シノシック、ファス、ビュー、シェンブリ
GASTフォックス班
コルガン(班長)、ダンタス(副班長)、ジミー、グイダ、ラーキン 、ワード、シールズ、ミルトン
アリサ・クシャドラ……陸軍伍長でハイエルフの女性。第117歩兵科中隊隷下で、支隊長を任されていた。
フランシスコ・ファストゥ―ロ……陸軍上等兵で、クシャドラの支隊に所属。クシャドラとは幼馴染




