第276話 次の一手
「敵は追ってくるか?」
ヨッシーは、部下に確認を取る。
「前進はしていますが、追ってはいません」
「そうか…」
ヨッシーは一考してから結論を出す。
「俺達が出来るのはここまでだ。後方の分隊も撤退せよ」
「よろしいのですか?」
部下が問う。
「見ろ」
「被害は決して軽微ではない。115中隊が壊滅的被害を受けたんだ。俺達も同じになるわけにはいかない」
「……」
部下は何も言えなかった。
「心配するな。大隊長殿から新たな策が出来たと報告があったんだ。独断で退却を指示したわけじゃない」
そう言って、ヨッシーは改めて周囲を見回した。
後退してきた兵士たちは、疲労の色を隠せていない。車両にも戦闘の痕跡が残り、弾薬や装備にも少なからぬ消耗が見られた。それでも、部隊としての形は維持している。それがヨッシーにとっては重要だった。
第115中隊は、GASTとの戦闘によって大きく戦力を失った。その結果を目の当たりにしている以上、第116中隊まで同じ道を辿るわけにはいかなかった。
「負傷者の確認を急げ。動けない者は後送する」
「了解」
「それと、各分隊の残弾も確認しておけ。次の命令が来るまで、勝手に戦闘を始めるな」
「分かりました」
部下が離れていく。
ヨッシーはその背中を見送り、それから前方へ目を向けた。
遠くでは、GASTがなお前進している。しかし、こちらへ向かってくる様子はない。
(本当に追ってこないのか……)
ヨッシーはそのことが気になっていた。
自分たちが後退した以上、敵が追撃してくる可能性は考えていた。だが、GASTは防御線を突破したところで進路を変えることなく、そのまま前へ進んでいる。こちらを追い潰すことより、さらに先へ進むことを優先しているように見えた。
「……厄介な連中だな」
ヨッシーは小さく呟いた。
敵が自分たちを追わないのであれば、こちらとしても好都合ではある。だが、それは同時に、敵が次の戦場へ向かう余裕を持っているということでもあった。
やがて、後方から連絡が入った。視界の端に通信を知らせる表示が浮かび上がる。
ヨッシーは足を止めず、そのまま通信を受けた。
『第116中隊、撤退状況を報告せよ』
「現在、戦闘区域から離脱中です。負傷者の後送と装備の確認を進めています」
『了解した。現在位置を維持し、次の命令を待て』
「了解」
通信が切れる。ヨッシーは表示を確認しながら、隣を歩く部下へ視線を向けた。
「しばらく待機だ」
「次の戦闘は?」
「分からん。ただ、大隊長殿が何かを準備しているのは間違いない」
そう言って、ヨッシーは前方へ目を向けた。
第116中隊の兵士たちは、すでに戦場から離れつつある。
撃って、下がる。その繰り返しでGASTの進撃を遅らせることには成功した。しかし、第116中隊自身も無傷ではない。だからこそ、これ以上の戦闘を避けて部隊を維持する必要があった。
ヨッシーは腕時計型端末に表示された現在位置を確認する。
大隊司令部からの次の指示は、まだ届いていない。だが、その背後ではすでに別の動きが始まっている。
その頃、第116中隊が離れた前方では、GASTが進軍を続けていた。
アマゾネス班とアルバトロス班が前進し、その後方ではフォックス班とセイレーン班が移動している。
先ほどまで激しい戦闘が行われていた場所には、すでに敵の姿はない。
しかし、ビービは警戒を解いていなかった。
「妙に静かね」
スライスが周囲を見回す。
「敵が後退したからでしょうか?」
「それだけならいいけど」
ビービは前方を見る。
第116中隊は戦いながら後退した。そして、こちらを追撃することなく姿を消した。それはGASTにとっても、完全に予想していた動きではなかった。
「まだ何かあると思う?」
「分かりません」
スライスが答える。
「でも、あれだけ時間を使わせようとしていたなら、後ろで何か準備している可能性はあります」
「そうね」
ビービは頷いた。
「だから、気を抜かないで行こう」
GASTは再び前へ進み始めた。その先に何が待っているのか。まだ誰にも分からない。ただ一つ確かなのは、先ほどの戦闘が単なる防御戦ではなかったということだった。第116中隊が稼いだ時間は、帝国軍にとって次の一手を準備するための時間だった。
そして、その一手はすでに動き始めている。
戦場の後方、第116中隊が戻ってきた場所とは別の地点で、帝国軍の指揮官たちが集まっていた。
その中央に置かれた戦術情報の表示には、GASTの進撃経路と帝国軍各部隊の位置が映し出されている。
ラース・シグコプリニが、静かに口を開いた。
「第116中隊は、予定どおり時間を稼いだ」
別の将校が表示へ目を向ける。
「第115中隊ほどの損害も出ていません」
「それでいい」
エミッショ・コインは、GASTの進行方向へ視線を移した。
「奴らをここで止める必要はない」
表示上のGASTを示す情報が、さらに前方へ移動していく。
「必要なのは、奴らが次にどこへ向かうのかだ」
誰も口を挟まない。コインは、その先に表示された地点を見つめた。
「ここで迎え撃つ」
その言葉とともに、戦術情報の一部が切り替わった。これまで隠されていた帝国軍の配置が、少しずつ表示されていく。GASTがまだ知らない場所で、次の戦いの準備が始まっていた。
登場人物紹介
GASTアマゾネス班
ビービ(班長)、スライス(副班長)、イリー、キーラ、ピケット、サリカム
GASTアルバトロス班
ブエンテロ(班長)、クラウスレイ(副班長)、ゴルム、ソブラウ、マメッド
GASTセイレーン班
ローレライ(班長)、ボナー(副班長)、シリング、ラスタ、ベルチャー、シノシック、ファス、ビュー、シェンブリ
GASTフォックス班
コルガン(班長)、ダンタス(副班長)、ジミー、グイダ、ラーキン 、ワード、シールズ、ミルトン
アルベルト・ヨッシー ……陸軍大尉で、リザードマンの男性。第116歩兵科中隊長
ラース・シグコプリニ……陸軍少佐で、ハイエルフの男性。第31歩兵科大隊長
エミッショ・コイン……陸軍准将で、ハイエルフの女性。大分方面軍の司令官




