第275話 正面突破
第116歩兵科中隊の車列が前線へ到着した頃には、周囲の地形を利用した防御準備がすでに始まっていた。
第115歩兵科中隊が戦場から離脱したことで、帝国軍の前線には一時的に空白が生じている。第116中隊は、その穴を埋めるために投入された部隊だった。
車両から降りたアルベルト・ヨッシー大尉は周囲を見回し、前方の地形を確認した。
「配置を急げ。敵が来るまでに、できるだけ準備を整えるんだ」
部下たちが一斉に動き始める。ヨッシー自身も前線へ視線を向けた。
まだ敵の姿は見えない。しかし、第115中隊を突破したGASTが、このまま進軍を続けることは分かっている。
(あれだけの連中だ。ここで止まってくれるはずがない)
ヨッシーは防御に利用できる地形を確認しながら、部隊の配置を決めていった。
第116中隊の目的は明確だった。敵を撃破することではない。敵の進軍速度を落とし、後方が次の作戦を準備するための時間を稼ぐ。そのために、一つの地点へ長く留まるつもりもなかった。
敵が接近すれば撃つ。押し込まれれば下がる。そして、次の位置で再び撃つ。それを繰り返しながら、少しでも多くの時間を奪う。
やがて、前方を監視していた兵士から報告が入った。
「敵影を確認!」
ヨッシーはすぐに前方へ目を向けた。遠方から複数の人影が近づいてくる。その動きには、これまで戦ってきた下等生物とは明らかに違うものがあった。周囲を確認しながらも進行方向を変えず、こちらへ向かっている。
ヨッシーは短く命じた。
「各員、配置につけ。敵が来るぞ」
一方、GAST側でも敵の存在が確認されていた。
ビービは前方を見据え、敵が待ち構えていることを確認した。
「敵が待ち構えている」
スライスが目を細める。
「かなり纏まっていますね」
「そうね。今度は向こうから出てきたみたい」
ビービは前方の防御線を見た。
第115中隊はGASTを誘導し、用意した火力支援によって撃破しようとしていた。しかし、今回は違う。敵はGASTの進路上に部隊を置いている。
「らしくない……」
スライスが頷く。
「ええ」
ビービはしばらく敵の配置を観察した。
「正面から突破しますか?」
スライスが尋ねる。
「そうしましょう」
ビービは迷わなかった。
GASTは敵を迂回するために動き始めたのではない。敵がここで待っているなら、そこを突破して前へ進む。
同じ頃、アルバトロス班も敵の防御線を確認していた。
ブエンテロは前方を見ながら、クラウスレイへ声を掛ける。
「敵は正面にいるな」
「そのようですね」
「なら、正面から行く」
ブエンテロが周囲へ視線を向ける。
アマゾネス班もすでに動き始めていた。
「アマゾネス班が圧力を掛ければ、こちらも動くぞ」
アルバトロス班の班員たちが、それぞれの位置についた。
やがて、GASTの前進が始まった。最初に動いたのはアマゾネス班だった。
ビービの指示を受け、ピケット、サリカム、キーラ、イリーが前進する。
第116中隊も応射を開始した。
銃撃が前方を横切り、GASTの進路を阻もうとする。しかし、アマゾネス班は足を止めなかった。
ビービは敵の射撃を確認しながら進む方向を調整し、スライスも周囲の状況を見ながら班員の動きを合わせていく。敵の射撃は決して弱くない。
第116中隊は、GASTを誘導するのではなく、最初から防御線を維持することに集中していた。だからこそ、GASTはその防御線を一つずつ崩していく必要がある。
アマゾネス班が正面から圧力を掛ける一方で、アルバトロス班も前進を開始した。
ブエンテロが敵の射撃の集中を確認すると、ゴルムとソブラウを先行させ、クラウスレイとマメッドが後方から続く。
「今だ。前へ出るぞ」
アルバトロス班が動いたことで、第116中隊側の射撃が分散する。その隙を逃さず、アマゾネス班がさらに前へ出た。敵の防御線に、わずかな揺らぎが生じる。しかし、第116中隊もすぐに対応した。
前方の兵士が射撃を続けながら後退し、別の位置にいた兵士がその空いた場所へ移動する。
ヨッシーはその動きを確認しながら、部下へ命令を出していた。
「前の線を維持しろ。無理に前へ出る必要はない」
敵が強いことは分かっている。正面から戦えば、いずれ押し切られる。それでも、一つの地点で無理に踏みとどまる必要はなかった。防御位置が危なくなれば下がる。次の位置へ移動し、そこで再び敵を撃つ。それを繰り返せば、GASTの前進に時間を使わせることができる。
その間にも、GASTの狙撃班は動いていた。
ローレライが照準を合わせる。その視界に入った敵を、ラスタが追っていた。
「右、2人。奥の遮蔽物へ移動」
ローレライはラスタの報告を受けて照準をわずかに修正した。敵が遮蔽物へ身を隠そうとした瞬間、射撃が走る。1人が倒れ、もう1人が身を伏せた。その動きをシリングが追い、側面から回り込むように位置を変える。敵兵が別方向へ逃れようとしたところで、ラスタがその動きを捉えた。
「左へ移動」
ローレライが再び照準を合わせる。次の射撃が、敵の移動を止めた。
少し離れた場所では、ベルチャー、ボナー、シノシックの3人も同じように動いていた。ボナーが敵の位置を追い、ベルチャーへ情報を送る。シノシックは射線を外れながら側面へ移動し、敵が逃げ込もうとする方向を押さえていた。
ベルチャーの射撃によって敵が動く。その動きをボナーが捉え直し、シノシックがさらに位置を変える。
敵にとっては、どこへ移動しても狙いを外すことができない。
さらに別の場所では、ファス、ビュー、シェンブリが防御線の奥を狙っていた。
GASTの進撃に合わせ、3つの狙撃要素がそれぞれ別の場所で敵の観測と火力を削っていた。
フォックス班も動いている。
ジミーはコルガンから送られてくる情報をもとに射撃し、グイダがその側面を押さえていた。
「左奥、観測している兵士がいる」
コルガンの報告を受け、ジミーが照準を向ける。グイダはすでに別の位置へ回り、敵が射撃地点を移す方向を確認していた。ジミーの射撃によって敵が動く。その動きをコルガンが追う。グイダがさらに位置を変えた。
その一連の動きによって、第116中隊の防御線から観測と射撃を担う兵士が少しずつ削られていく。
一方、ダンタスとラーキンも敵の動きを追っていた。ラーキンが目標を確認し、ダンタスへ情報を送る。
「正面、遮蔽物の右」
ダンタスが照準を合わせる。敵兵が身を出した瞬間、射撃が走った。
さらに後方では、ワード、シールズ、ミルトンが動いていた。フランカが敵の位置を捉え、ワードが射撃する。
敵が移動すると、ミルトンがその方向へ回り込む。逃げ道を塞がれた敵へ、ワードが再び射撃を加えた。
前面ではアマゾネス班とアルバトロス班が敵の防御線を押し込み、その後方では狙撃班が防御線を支える観測と火力を削っていく。
それでも、第116中隊は崩れなかった。
敵が近づけば射撃し、押し込まれれば後退する。前線を一つ下げるたびに、後方へ移動した兵士が次の位置から射撃を再開した。
ヨッシーは無理に敵を止めようとはしなかった。
「次の位置へ移る」
その命令とともに、第116中隊が後退する。
GASTはそれを追って前進した。しかし、次の防御位置から再び射撃が始まる。
その頃には、ビービも敵の意図を理解していた。
「時間を稼いでいるのね」
「そうみたいです」
スライスが答える。ビービは前方を見据えた。
「なら、早く抜けるよ」
アマゾネス班が前進する。アルバトロス班も続き、フォックス班とセイレーン班が敵の観測と射撃を削っていく。
第116中隊の射撃が弱まった瞬間、GASTが一気に距離を詰めた。防御線の一角が崩れる。
「抜ける!」
アマゾネス班が突破口へ飛び込み、アルバトロス班も続いた。ヨッシーはその状況を確認すると、残った部下へ命じた。
「後退する。次の位置まで移動しろ」
第116中隊は速やかに戦場から離れていく。その姿を確認したビービは、追撃を止めた。
「深入りはしない。まだ先があるから」
GASTは前進を続ける。
第116中隊は防御線を突破されたものの、ただ敗走したわけではなかった。撃っては下がる戦闘を繰り返すことで、GASTの進撃を遅らせ、後方が次の作戦を準備するための時間を稼いだのである。
一方、GASTはその防御線を正面から突破し、進撃を再開していた。戦術的にはGASTの勝利。そして帝国軍もまた、必要としていた時間を手に入れていた。
登場人物紹介
GASTアマゾネス班
ビービ(班長)、スライス(副班長)、イリー、キーラ、ピケット、サリカム
GASTアルバトロス班
ブエンテロ(班長)、クラウスレイ(副班長)、ゴルム、ソブラウ、マメッド
GASTセイレーン班
ローレライ(班長)、ボナー(副班長)、シリング、ラスタ、ベルチャー、シノシック、ファス、ビュー、シェンブリ
GASTフォックス班
コルガン(班長)、ダンタス(副班長)、ジミー、グイダ、ラーキン 、ワード、シールズ、ミルトン
アルベルト・ヨッシー ……陸軍大尉で、リザードマンの男性。第116歩兵科中隊長




