第272話 狩場
アマゾネス班の前方で銃撃が続いていた。
砲撃が止まったことで、先程までのような圧倒的な火力に晒されることはなくなったものの、敵歩兵の射撃は途切れずに続いている。しかも帝国軍は正面から距離を詰めてくることはなく、林や地形の陰を利用して射撃位置を変えながら、アマゾネス班が進める方向を限定していた。
ビービは身を伏せたまま、前方の地形を確認していた。
敵が狙っている場所は分かっている。だからこそ、そこへ入らないように動かなければならない。
「スライス、左はどう?」
「敵がいます。数は確認できませんが、射撃位置を変えています」
「右は?」
「キーラが確認しています」
ビービは周囲を見渡した。
敵の射撃は激しくない。だが、それは敵が弱いからではない。こちらを足止めする必要がなくなった以上、敵は無理に撃ち合う必要がないのだ。問題は、どこまで敵の誘導を拒否できるかだった。
「このまま左へ行く」
ビービが指示すると、スライスが一瞬だけ前方を確認した。
「左ですか?」
「正面は敵が待っている。右へ行けば、たぶん同じように押し戻される。だったら、左から回って敵の側面を探す」
「了解」
アマゾネス班が移動を始めた。しかし、数分もしないうちに左側から射撃が加えられた。
「敵!」
イリーの声が響く。
班員たちは遮蔽物へ身を寄せた。
ビービは射撃位置を探したが、敵兵は姿を見せない。銃撃だけが林の奥から断続的に飛んでくる。
「撃ち返して!」
スライスの号令で応射が始まる。敵はそれを待っていたかのように射撃を弱めた。ビービは眉をひそめた。
(やっぱり、私達を動かしたいんだ)
左へ行けば左から撃つ。正面へ向かえば正面から撃つ。
ならば、敵はアマゾネス班の位置を完全に封鎖しているのではなく、移動する方向を選択させている。そのことに気付いていても、敵の射撃を無視して進むことはできない。
「スライス、アルバトロス班は?」
「まだ近くにはいません」
「通信できる?」
「できます」
『アルバトロス、こちらアマゾネス。敵が左側から圧力をかけています。そちらの状況は?』
しばらくして、無線からブエンテロの声が返ってきた。
『こちらも同じ。敵は前進して来ないが、こちらの進路を限定している』
ビービはその報告を聞いて、敵の意図を確信した。
敵は2個班を別々に追い込んでいる。そして、その先に何かを用意している。
『無理に接近しないで。敵の狙いを確認してから動く』
『了解』
通信が切れる。
ビービは前方へ視線を戻した。
「一度下がる」
スライスが驚いたように見る。
「後退しますか?」
「少しだけ。敵がどう反応するか見る」
アマゾネス班が後退すると、敵の射撃も弱まった。それを確認したビービは、さらに確信を深めた。
敵は追ってこない。こちらがどこへ行くかを見ている。
その頃、アルバトロス班でも同じような戦闘が続いていた。
ブエンテロは木の幹に身を寄せながら、クラウスレイの報告を聞いていた。
「敵は正面だけじゃない。右からも撃ってきています」
「数は?」
「分かりません。ただ、こちらが動くと射撃位置を変えています」
ブエンテロは地図を確認した。
アマゾネス班とは距離が開いている。このまま別々に動けば、敵に個別撃破される可能性が高い。
「クラウスレイ、アマゾネスと合流する」
「しかし、敵は我々をそこへ向かわせたいのでは?」
「分かってる」
ブエンテロは前方を見た。
「だから、正面から行かない」
クラウスレイが地図を覗き込む。
「南側から回りますか?」
「そうする」
「敵がそれを待っている可能性もあります」
「だったら、途中で止まる」
ブエンテロは部下へ指示を出した。
「一気に動くな。敵が反応したら、その場で止まって位置を確認する」
アルバトロス班は進み始めた。ところが、しばらくすると敵の射撃が止まった。
ゴルムが周囲を警戒する。
「敵が撃ってきません」
「分かってる」
ブエンテロは足を止めた。
敵が射撃を止めた理由は、これまでの経験から考えれば一つしかない。こちらが、敵の望む方向へ進んでいる。
「止まるぞ」
マメッドが振り返る。
「ここでですか?」
「敵が静かになった場所ほど怪しい」
ブエンテロは周囲を見回した。
「クラウスレイ、前方を見てくれ」
「はい」
クラウスレイが光学機器を覗く。その視界の先には、木々の間から開けた場所が見えていた。
「……あります」
「何が?」
「車両が通れる程度の開けた場所です。かなり広い」
ブエンテロは地図を見た。
「そこへ入ったら、撃たれるな」
クラウスレイも同じ考えだった。
「おそらく」
「だったら、入らない」
その判断は正しかった。しかし、問題は別にあった。背後から銃撃が響いた。
アルバトロス班が振り返る。
「後ろです!」
敵兵が姿を現したわけではない。ただ、これまで背後に存在していたはずの空白が消えた。敵は前方へ進ませるために、後方から追い立てる必要すらなくなっていた。
ブエンテロはその意味を理解した。
「俺達は、もう狩場の中にいる」
クラウスレイが地図を見ながら答える。
「そう考えた方がいいでしょう」
「なら、ここからは敵の動きを待つ」
ブエンテロは射撃姿勢を取った。
「向こうが先に動く」
一方、フォックス班は別の場所から戦場を監視していた。
コルガンはアマゾネス班とアルバトロス班の位置を確認した後、敵の観測地点へ視線を戻した。
先ほど確認した帝国兵は、まだ動いていた。しかし、先ほどまでと違っている。
「ダンタス」
「はい」
「敵の観測員、まだ見えるか?」
「確認できます」
「周囲を見ているな」
「はい」
コルガンは撃たなかった。
あの兵士を撃てば、再びこちらの位置を知られる。だが、撃たないままにしておけば、敵は味方の位置を観測できる。どちらを選んでも代償がある。
ジミーが小さく息を吐いた。
「……撃った方がいいんじゃないですか?」
コルガンは答えなかった。しばらくしてから、ようやく口を開く。
「今撃ったら、敵は俺達を探す」
「でも、観測され続けます」
「分かってる」
コルガンは照準器から目を離さなかった。
「だから、撃つ相手を選ぶ」
ジミーは黙って前方を見た。
そのころ、セイレーン班ではローレライが新たな動きを捉えていた。
「……来た」
シリングが尋ねる。
「敵ですか?」
「観測員じゃない。探してる」
林の中を複数の兵士が移動している。先程、ローレライが観測員を撃ったことで、帝国軍も射撃位置を特定するために動き始めていた。
「こっちを探しています」
ラスタが言った。
「そうだね」
ローレライは照準器から目を離さない。
敵はセイレーン班の位置をまだ把握していない。だが、時間の問題だった。
「班長、移動しますか?」
シリングが尋ねる。
ローレライは少し考えてから答えた。
「まだ」
「危険では?」
「危険だよ」
ローレライは静かに続けた。
「でも、今動けば、敵に見つけてくださいと言っているようなものだから」
セイレーン班はその場に留まった。
敵が近づいてくる。ローレライはその動きを追いながら、敵の捜索範囲を予測していく。やがて、その中の1人が足を止めた。何かを喋っているようだ。
「……あれ」
ローレライが呟いた。
先程の観測員とは違う。だが、同じような仕草をしている。
シリングが確認する。
「指揮所との連絡ですか?」
「分からない。でも、あれを撃てば敵の動きが変わるかもしれない」
「撃ちますか?」
ローレライはすぐには答えなかった。
敵を1人倒すことよりも、その後に何が起きるかが重要だった。そして、彼女は照準を固定した。その瞬間、遠方から銃声が響いた。
セイレーン班のいる方向ではない。
ローレライが反射的に別方向へ視線を向ける。フォックス班の射撃だった。敵の観測員が倒れる。
「フォックス班が撃った」
シリングが驚く。
ローレライはすぐに理解した。
「違う。敵の観測員を狙ったんじゃない」
「では?」
「敵の指揮に関わっている兵士を狙ったんだと思う」
ローレライは再び前方へ視線を戻した。
戦場の各所で、狙撃兵が動き始めている。
帝国軍も、それを理解していた。トーテのもとへ報告が入る。
「敵狙撃兵がこちらの観測要員を撃ちました」
「どこからだ?」
「位置は特定できません」
トーテは少し考えた。
「歩兵を止めろ」
「しかし、前線が――」
「撃たせるな」
トーテは続けた。
「敵は観測要員を狙っている。こちらが動けば、また撃たれる」
「では、どうしますか?」
「狙撃兵を探す」
「分かりました」
トーテはその場から離れる兵士達を見送った。
敵の狙撃兵は、自分たちが撃つことを待っている。ならば、先に撃つ必要はない。敵が動くまで待てばいい。
だが、その判断は帝国軍にも別の問題を生じさせる。
観測員を失えば、砲兵の火力を十分に使えない。その間にも、アマゾネス班とアルバトロス班は狩場の中に留まっている。帝国軍は彼らを撃破できない。
GASTも、敵の配置を完全には把握できない。互いに決定打を欠いたまま、戦場は膠着し始めていた。
そして、その膠着を最初に破ったのは、歩兵でも狙撃兵でもなかった。
アマゾネス班の側面から、突然、銃撃が集中した。
「伏せて!」
ビービの声が響く。
班員達が身を伏せる。今までの射撃とは明らかに違った。敵はもう、こちらを誘導するために撃っているのではない。複数の射撃地点から、アマゾネス班そのものを狙っている。
ビービは地面に身を伏せながら、敵の位置を探した。
「スライス!」
「はい!」
「敵が変わった!」
「分かっています!」
ビービは歯を食いしばった。
(罠を分かっていても、罠の中にいることには変わらない)
敵の意図を見抜いたことで、状況が有利になったわけではなかった。
むしろ帝国軍は、GASTが罠に気付いたことを前提にして、次の段階へ移っていた。
その頃、アルバトロス班にも同じ銃撃が始まっていた。
2個班は互いの位置を把握している。しかし、合流するには敵の射撃を突破しなければならない。
ブエンテロは無線機を取り出した。
「アマゾネス、こちらアルバトロス。そちらの状況は?」
返答までに時間がかかった。
『こちらも攻撃を受けている。敵が本格的に動き始めた』
ブエンテロは周囲を見回した。
「クラウスレイ」
「はい」
「こいつは、もう誘導じゃない」
「……はい」
ブエンテロは前方を睨んだ。
「俺達をここで潰すつもりだ」
その言葉を聞いたクラウスレイは、銃を構え直した。
狩場へ誘い込む段階は終わった。ここから先は、帝国軍が用意した殺傷地域の中で、GAST自身が突破口を作らなければならない。
登場人物紹介
GASTアマゾネス班
ビービ(班長)、スライス(副班長)、イリー、キーラ、ピケット、サリカム
GASTアルバトロス班
ブエンテロ(班長)、クラウスレイ(副班長)、ゴルム、ソブラウ、マメッド
GASTセイレーン班
ローレライ(班長)、ボナー(副班長)、シリング、ラスタ、ベルチャー、シノシック、ファス、ビュー、シェンブリ
GASTフォックス班
コルガン(班長)、ダンタス(副班長)、ジミー、グイダ、ラーキン 他3名
エンリケ・トーテ……エルフの男性で、陸軍少尉。第115歩兵科中隊・狙撃分隊長




