第267話 敵を知る
――北部方面軍 拠点地。
帰陣した兵士達の間には、先ほどの作戦についての噂が広がっていた。第25空挺降下大隊と第497空挺降下大隊が撤退したという話は、既に後方まで伝わっている。
「おい、聞いたか?」
「何を?」
「空挺降下大隊2個が撤退したって話」
「ああ、聞いてるよ」
「497(大隊)の幹部が殉職して、25大隊の援護が出来なかったって奴だろ?」
「作戦は失敗したのか?」
別の兵士が話へ加わったところで、近くにいたベテランの伍長が苛立ったように声を上げた。
「何をやっているんだ!」
その声を皮切りに、第25空挺降下大隊と第497空挺降下大隊が作戦を遂行できなかったことへの批判が、後方の部隊から次々と上がった。不甲斐ない、情けないといった言葉が飛び交い、中には帰陣した兵士達へ直接、心無い言葉を浴びせる者までいた。
その兵士をノミー・エクウィア少佐が叱責した。
しかし、相手は反省する素振りすら見せない。
作戦に失敗した直後で気が立っていたエクウィアは、ついに腰へ手を伸ばし、その兵士へ切りかかろうとした。
「待て」
制止したのは、北部方面軍の第3次席官、アイキキ・ダストクラウド大佐だった。
エクウィアの腕を押さえ、その場から引き離そうとする。
「離してください。こいつ等は、上官を馬鹿にしたような態度を取りました。このままでは、我が隊の面子が丸つぶれです。こいつ等は、ここで処分を!」
「お許しください」
兵士はその場へ土下座して謝罪したが、エクウィアの怒りは簡単には収まらなかった。
「エクウィアよ、腹を立てるのも分かる。だが、ここは俺の顔を立ててくれ。」
「はっ…」
エクウィアはしばらく兵士を睨みつけていたが、やがて渋々と了承した。
ダストクラウドは土下座した兵士へ身体を向ける。
「上官への無礼は許されぬ。だが、これから大きな戦いがある。その働きで返してみせよ」
「はっ!」
兵士は助かったと安堵した。
敵と対峙するよりも、上官の怒りを買う方が怖い。そんな思いが、その顔にはありありと浮かんでいる。
エクウィアは、その表情を見逃さなかった。
「助かった」と、顔にそう書いてある。
(あれは長くない)
エクウィアには分かった。
(奴は戦場で真っ先に死ぬ)
胸中でそう判断すると、それ以上その兵士へ注意を向けることはなかった。
(放っておいても構わないか。ああいう兵は戦場が始末する)
エクウィアは軍刀から手を離し、ダストクラウドへ向き直った。
「それよりも、軍議だ。軍議室へ来い、エクウィア」
「はッ」
敗戦の余韻を引きずっている暇はなかった。
北部方面軍では既に、次の戦いへ向けた軍議が始まろうとしていた。
――北部方面軍 軍議室。
軍議室のモニターを前に、情報参謀のロザ・モックス大尉が席を立った。
「497大隊の指揮系統が崩壊した最大の要因は、この男です。」
モニターへ映し出されたのは、1人の兵士だった。
「名は、五十鈴 寛治。自衛隊の特殊部隊に所属する兵士です。下等生物とは思えない戦闘能力を有し、これまでの戦闘でも圧倒的強さを見せてきました」
別の参謀将校が続ける。
「テリムトでは、要警戒人物としてマークされていたようです」
モックスは映像を切り替えながら報告を続けた。
「1匹で1個大隊を殲滅したという報告もあります。当初は誇張だと判断していました。しかし、497大隊の損害を踏まえると、完全に否定することはできません。」
「その話はどうでもいい」
シガー・ラリグアン少将が手を上げ、報告を制した。
「実際に大隊長を討ち取った。それが事実だ。それと……この教授と呼ばれている眼鏡も、かなりの手練れだ。戦闘能力の高さは勿論だが、映像を見る限りでは、策を立てるのが得意なようだ。こいつも要注意だ。」
映像が切り替わり、教授の姿がモニターへ映し出された。
ラリグアンは、その映像からBJだけではなく、教授もまた侮れない存在であると見抜いていた。単純な戦闘能力だけを見ているのではない。戦場での動きから、その人物が持つ判断力や戦術眼まで読み取ろうとしている。
「これからの作戦は、こういった敵兵個人にもフォーカスして立案すべきだろう。北海道が奪われた原因も、この連中を軽視した結果だ」
室内の将校達へ視線を巡らせ、ラリグアンは続けた。
「斥候を送り、この2匹の動向を探れ」
「了解」
軍議室には、再び張り詰めた空気が戻った。
その頃、別の場所では、マッキーが1人の帰還を待っていた。
「班長…」
マッキーはネイマンの身を案じていた。まだ戻ってこない。
つい最近、カバナーが帰らぬ人となった。その記憶が残る中で、ネイマンまで戻ってこなければという不安が、どうしても頭から離れなかった。
「まさか、ネイマン班長も…」
哨戒任務中だというのに、マッキーの意識はどうしてもそちらへ向いてしまう。
「集中しろ!」
バディを組むルッテンに一喝され、マッキーは我に返った。
しかし、誰も「班長なら大丈夫」とは言わなかった。
戦場に、生きて帰る保障などない。その現実を、この場にいる全員が知っているからだった。
そんな中、ルッテンが何かを見つけた。
「おい、あれ…」
彼が指差した方向へ、マッキーも目を向ける。見慣れた姿があった。
ネイマン班長が戻ってきたのだ。
「班長!」
マッキーは思わず駆け寄った。
「よっ!」
ネイマンはいつもと変わらない調子で手を上げた。
怪我をしている様子はない。戦闘服には血が付着していたものの、本人のものではなく、返り血のようだった。ただ、さすがのネイマンも疲れた表情を浮かべている。
周囲から、すぐに声が飛んだ。
「1人で前線に突っ込んでたって?」
「なんで無事なんだよ」
「不死身か?」
「いや、班長のクローンが多くいるんだよ」
哨戒任務中の部隊からも驚かれる始末だった。
しかし、マッキーにとっては、そんなひそひそ話などどうでもよかった。
ネイマンは周囲の反応など気にした様子もなく、いつもの調子で口を開く。
「いや~、やっぱり1人じゃ、仕留めれた数は少なかったなぁ」
「馬鹿!」
マッキーの声が響いた。周囲が一斉に静かになる。
「どうして、そういつも無茶するんですか!」
「貴方、班長なんですよ! 部下がいるんですよ!」
「それなのに、自由奔放に動き回って、こっちの気も知らないで…」
「もっと、自分を大事にしてください! 部下を心配させないで下さい!」
声を上げるうちに、マッキーの目には涙が浮かんでいた。
ネイマンはそんなマッキーをしばらく見つめると、困ったような表情を浮かべた。
「すまんかったな…」
そう言って、ネイマンはマッキーの頭をポンと叩いた。
その一連のやり取りを見ていた周囲から、ざわめきが起こる。
「あの2人、できてるんか?」
「そういや、いつも後ろを着いていってたもんな」
「あれ、上官と部下の関係じゃないだろ…」
「班長が尻に敷かれている感じかね?」
「優しく見守ろう…」
さっきまで殺伐としていた戦場に、妙に微笑ましい空気が流れた。
その日の夕暮れ。
哨戒を終えた隊員達は、それぞれ装備の整備と補給に追われていた。陣地には先ほどまでの緊張とは違う、わずかな笑い声も戻っている。
だが、誰1人として戦争が終わったとは思っていなかった。
敵が一度退いたというだけで、次の攻勢は必ず来る。そのことを、この場にいる全員が理解していた。
そして一方、マコンベリムト北部方面軍でも、新たな作戦の立案が始まっていた。互いに傷を負いながらも戦力を立て直し、再び激突する日は遠くない。
登場人物紹介
ロザ・モックス
種族・性別:犬型獣人族の女性
所属・階級:陸軍大尉で、マコンベリムト情報参謀部、陸軍情報収集担当
マッキー……GASTリッチ班所属
ルッテン……GASTリッチ班所属
ネイマン……GASTリッチ班の班長
ノミ―・エクウィア……マコンベリムト北部方面軍・第25空挺降下大隊長
アイキキ・ダストクラウド……北部方面軍の第3次席官
シガー・ラリグアン……マコンベリムト北部上面軍長




