第266話 戦略的撤退
ピットブル班とタイガー班の援軍が戦線へ加わってからというもの、地上で戦う強襲支援中隊は明らかに劣勢へ追い込まれていた。加わったのは僅か十名。それでも、その練度と戦闘能力は、並の大隊を遥かに凌ぐほどだった。
エシェマリ・バエー大尉は戦場を見渡した。防空陣地の周辺では銃声が途切れず、強襲支援中隊の兵士達が必死に応戦している。その一方で、援護に現れるはずの部隊の姿はどこにも見えなかった。
「そろそろ497大隊が来てもいい頃だ……」
バエーの脳裏に、ひとつの疑念が浮かぶ。
「通信が途絶えたままか……。497(大隊)で何かあったな」
目の前では、僅か10匹の下等生物が戦況を覆しつつある。自分達が圧倒的に有利なはずの戦場で、その10匹に押し込まれているという事実が、バエーにこれまでとは違う危機感を抱かせていた。背筋を冷たいものが伝う。
一方、戦闘を続けていたカラーノにも疑問があった。
ピットブル班とタイガー班がエース部隊であることは知っている。それでも、僅か10名で1個大隊を、この短時間で仕留められるものなのだろうか。
戦闘の最中ではあったが、疑問を抱えたままにすることはできなかった。カラーノは近くで戦っていたBJへ確認する。
「あの…班長、班長達が対応していた部隊隊は…」
「まだ健在だ。だが、中枢は潰しておいた。今は36普連が抑えている」
「離れて大丈夫なんですか?」
「GASTだけで戦争しているわけじゃねぇ」
その言葉を聞いて、カラーノは改めて周囲を見渡した。
GASTが強いことは知っていた。しかし、こうして自分達だけで戦い続けるのではなく、他部隊へ戦線を託し、自分達は別の戦場へ駆け付ける。その連携があって初めて、この戦いは成り立っているのだと、カラーノは思い知らされた。
その頃、第497空挺降下大隊から増援が来ないことを、エクウィアも異変として察知していた。
「副官、497(空挺降下大隊)の状況を確認する。ここは各中隊長へ任せろ」
「了解しました」
エクウィアは数名の護衛を伴い、第497空挺降下大隊が展開していた戦線へ急行した。
そこで彼を待っていたのは、想像以上の惨状だった。
道路脇には横転した装甲車両が並び、即席陣地には激しい戦闘が行われた痕跡が生々しく残っている。兵士達はなおも応戦を続けていたが、その動きには統一感がなかった。各所で銃声が響いているにもかかわらず、戦場全体を指揮する意思が感じられない。
エクウィアは近くにいた曹長へ声を掛けた。
「大隊長はどこだ」
曹長は苦い表情で敬礼すると、無言のまま一角を指差した。そこには白布を掛けられた数体の遺体が並んでいた。エクウィアが布をめくる。
「……」
ディミエ・カケボ陸軍中佐、さらに、その隣には参謀長の遺体があった。その周囲にも各中隊長をはじめとする主要指揮官の遺体が並んでいる。
「現在は各小隊長、分隊長が大隊を指揮しています!」
「兵力はまだ残っています。しかし、大隊本部が壊滅し、命令系統が機能していません!」
エクウィアは周囲を見渡した。兵士は残っている。戦ってもいる。だが、誰も大隊全体を動かせていない。各所で局地戦を続けているだけだった。
「兵はいる。しかし、この状態では大隊ではない。崩れるのも時間の問題だ。これでは、作戦が上手く行くわけがない」
静かな声だった。エクウィアは短く息を吐くと、副官へ振り向いた。
「司令部へ繋げ、司令官へ直接報告する」
通信が繋がる。
『こちら筑紫野方面軍司令部。シガー・ラリグアン少将だ』
エクウィアは簡潔に状況を報告した。
「第497空挺降下大隊隊は戦闘を継続しています。しかし、大隊長以下、主要指揮官が戦死しました。兵力は残っていますが、増援として運用できる状態ではありません」
司令部から数秒間、返答がなかった。
『……損害の程度は?』
「隊そのものが壊滅したわけではありません。しかし、指揮系統は崩壊しています。各小隊が独自に戦闘を続けている状況です」
ラリグアンはモニターへ視線を残したまま問い返す。
『第25空挺降下連隊だけで橋頭堡の確保は可能か?』
エクウィアは門司方面を見つめた。
地上では強襲支援中隊が足止めされ、防空部隊は再び対空火器を復旧させ始めている。上空ではヘリコプターも迎撃を受け続け、空挺降下も当初の計画どおりには進んでいなかった。
その最中、別の報告が割り込む。
『497強支中代理隊長(強襲支援中隊)、ダビデ・オドレラ準尉、戦死!』
オドレラは各隊長クラスが戦死したことで、第497空挺降下大隊の強襲支援中隊長代理を務めていた。その彼まで戦死したという報告は、現地の指揮系統がさらに深刻な打撃を受けたことを示していた。それでもエクウィアは冷静に状況を整理する。
「困難です。予定していた地上部隊との連携は成立していません。このまま続行すれば、空挺降下各中隊を各個撃破される恐れがあります」
再び短い沈黙が流れた。
やがて、ラリグアンの声が通信機から響く。
『……撤退だ』
「了解しました」
エクウィアは即座に無線を切り替えた。
「全隊へ通達」
その声に、周囲の将校達が一斉に振り向く。
「作戦を中止する。各部隊は戦闘を継続しつつ離脱を開始。強襲支援中隊は後衛となり、各空挺降下中隊の収容を援護しろ。497隷下中隊もだ。」
『了解!』
命令は各中隊へ伝達されていく。
防空陣地へ殺到していた有翼種達は、攻撃の手を緩めることなく、少しずつ高度を上げ始めた。地上の強襲支援中隊も隊形を維持したまま後退へ移り、味方の離脱を援護するため猛烈な制圧射撃を浴びせ続ける。
その様子を見たヒーゾは、小さく息を吐いた。
「……逃がす気はないけど、ちゃんと下がるのだ~」
BJは散弾銃へ新しい弾を押し込みながら前方を見据えた。
「追うな」
短い命令に続けて、BJは敵の動きを確認する。
「敵は退いている。ここで深入りすれば、逆に喰われる」
教授も静かに頷いた。
「こちらの目的は陣地を守ることだ。勝ちに行く場面と、守り切る場面は違う」
門司上空ではなお黒煙が立ち昇っていた。
戦場には無数の薬莢が散らばり、倒れた兵士達の姿が残されている。激しい攻勢を仕掛けた帝国軍は、橋頭堡を確保することなく後退を開始した。
マコンベリムト北部方面軍・第25空挺降下大隊による門司強襲作戦は、こうして一度、幕を下ろした。
登場人物紹介
カラーノ……GASTピットブル班所属
BJ……GASTピットブル班の班長
ヒーゾ……GASTイーグル班の班長
教授……GASTタイガー班の班長
ノミ―・エクウィア……第25空挺降下連隊長
エシェマリ・バエー……同連隊 強襲支援中隊長
ディミエ・カケボ……第497空挺降下大隊長
ダビデ・オドレラ……第497空挺降下大隊 強襲支援中隊所属の准尉




