第262話 動き出した本隊
――筑紫野市内 帝国軍司令部――
「大分方面軍より報告です」
伝令将校が司令部へ駆け込んできた。その表情には明らかな緊張が浮かんでいる。
「敵部隊が複数方向から砲撃を実施。現在、4歩連・偵察中隊と114中隊が交戦中とのことです」
報告を受けた参謀たちの表情が曇った。
大分は、筑紫野方面軍を支える重要な後方拠点である。そこに設けられた物資の集積地が失われれば、当然ながら前線にも影響が及ぶ。砲撃を受けている以上、何らかの対応を取る必要があるように思えた。
「司令、増援を送るべきではありませんか」
1人の参謀が進言する。
しかし、シガー・ラリグアン陸軍少将は、タブレットに表示された地図から視線を動かさなかった。
「不要だ」
あまりにも即答だった。
参謀たちは互いに顔を見合わせる。
「ですが、大分方面は現在も砲撃を受けています」
「だから何だ?」
ラリグアンはそこで初めて顔を上げた。
「敵が補給拠点を叩いているということは、こちらの前線を正面から突破する自信がないということだ」
司令部が静まり返る。
ラリグアンは地図上の大分方面を見つめたまま、淡々と続けた。
「大分は持つ。司令官は誰だと思っている? エミッショ・コインはそれほど無能か?」
その言葉に異論を挟む者はいなかった。
コインは単なる後方勤務の将官ではない。補給部隊を率いているとはいえ、その指揮能力は北部方面軍の将官たちからも高く評価されている。大分が攻撃を受けたからといって、ただちに司令部から増援を送り込む必要があるとは限らなかった。
ラリグアンは地図上の門司方面へ指を滑らせた。
「敵は我々を大分へ引き付けたい。ならば、その期待には応えん」
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「こちらから動く」
参謀たちの目が見開かれた。
「総攻撃ですか?」
「そうだ」
ラリグアンは不敵な笑みを浮かべた。
「敵主力が大分方面へ戦力を割いている今こそ好機だ。門司の橋頭堡を叩き潰す」
その言葉を境に、司令部の空気が一変した。
これまで帝国軍は、自衛隊の攻撃を受けながら各方面で対応していた。しかし今、戦況を利用して自ら攻勢へ転じようとしている。大分への砲撃に対処するだけではない。敵が戦力を割いた隙を突き、門司の自衛隊拠点地を直接叩く。
「各部隊へ伝達しろ」
ラリグアンは力強く命じた。
「全軍前進。目標は門司区自衛隊拠点地だ」
その命令を受け、参謀たちは一斉に動き始めた。
(ついに動くか……)
ネイマンは、司令部の空気が変わったことを感じ取っていた。
門司への攻撃に対する焦りではない。
これまでとは明らかに違う、獲物を見つけた猛獣のような熱気が司令部全体を包んでいる。
帝国軍司令部へ潜入していたネイマンは、これ以上そこに留まる理由がないと判断し、急いでその場を離れた。
『マッキー、本部へ報告。敵主力部隊が総攻撃』
『了解。ただちに送信す』
『お前達は、拠点に戻れ。俺は可能な限り敵を始末する』
『またそんな無茶を。班長も戻って下さい』
『敵の数が多すぎる。少しでも削っておきたい』
『班長に死なれたら困ります』
『無理と判断したら、すぐに戻る。なに、安心しろ。死なないさ』
部下への報告を終えると、ネイマンはその場を離れ、闇の中へ消えていった。
帝国軍が大規模な攻勢へ移ろうとしていることを、自衛隊側へ伝えるために。
――門司区 自衛隊拠点地――
同じ頃、門司区の自衛隊拠点地では、見張り任務に就いていた隊員が双眼鏡を覗いたまま眉をひそめていた。
最初は、遠くに見えるものが蜃気楼ではないかと思った。
しかし、違った。地平線の向こうから土煙が上がっている。
しかも一筋や二筋ではない。広い範囲にわたって土煙が立ち上り、その下に何かが動いているのが分かる。
隊員は双眼鏡を下ろすと、慌てて無線端末を掴んだ。
『こちら監視所!』
声が思わず上ずる。
『筑紫野方面に大規模な敵部隊を確認! 繰り返す、大規模な敵部隊を確認!』
双眼鏡を再び目に当てる。
そこに映っていた軍勢は、ゆっくりと、しかし確実に門司へ向かっていた。
装甲車両と輸送車両が列を成し、その間を歩兵部隊が進んでいる。隊列は地平線の彼方まで続いており、その規模はこれまで門司側が確認してきた帝国軍部隊とは比較にならなかった。
無数の車両と兵士が一つの流れとなり、門司区へ向けて前進している。その光景は、まるで巨大な濁流がこちらへ押し寄せてくるようだった。
大分方面で戦闘が始まったその裏側で、帝国軍本隊もまた動き出していたのである。
「予想よりも早い到着だな」
シルビアは遠方を見つめながら呟いた。
無線から桂の声が響く。
『全防衛線へ伝達。敵主力が動いた。各員、作戦計画通り迎撃を開始しろ』
拠点地では、隊員たちが慌ただしく戦闘準備へ移っていた。しかし、その中にあってシルビアと桂は冷静だった。
「想定通りですね」
教授がそう言うと、BJが答える。
「だから、俺達が残った」
大分を攻めている間に、筑紫野方面の帝国軍が門司へ攻めてくる可能性は高い。教授はその展開を予測していたからこそ、門司の防衛に残る戦力が必要だと判断していた。
GASTのエース部隊であるピットブル班とタイガー班も、敵の大軍を前にして動じていない。
『敵先頭集団、射程圏内まであと15分!』
観測員の報告が響いた。
門司区の防衛陣地では、自衛隊員たちが次々と塹壕へ入り、機関銃座や対戦車火器の最終確認を進めている。
桂は双眼鏡を手に取り、迫り来る帝国軍を見つめた。予想以上の兵力だった。それでも、彼の表情に動揺はない。
『教授』
「はい」
『大分方面はどうだ?』
教授は通信記録へ目を落とした。
「浪城隊は健在です。柄垣隊も攻撃を継続中」
「そうか」
桂は小さく頷いた。
大分方面で攻撃を続ける部隊は、まだ健在だった。そしてこちらでは、予想していた帝国軍本隊が門司へ向けて進撃している。
想定通りの展開ではある。あとは、この攻勢を耐え切れるかどうかだった。
その時、遠方で砲声が響いた。1発目に続き、2発目、3発目が重なる。敵先遣部隊が砲撃を開始したのだ。
砲声が門司の防衛陣地まで届き、空気が震える。
いよいよ、帝国軍本隊による攻撃が始まろうとしていた。
桂は双眼鏡を下ろすことなく、静かに命じた。
『迎撃開始』
門司区防衛戦の幕が上がった。
登場人物紹介
シガー・ラリグアン……マコンベリムト北部方面軍長で、陸軍少将。獅子型獣人族の男性
ネイマン……GASTリッチ班の班長で、またまた無茶をする
マッキー……GASTリッチ班所属で、無茶をするネイマンを心配している
桂 蘭次郎……九州奪還作戦の最高司令
教授……GASTタイガー班の班長。敵が攻めてくることを想定していた
BJ……GASTピットブル班の班長。同じく、敵の攻撃を想定して残っていた
※ネイマンとマッキーのやり取りは、キッズケータイサイズのスマホのような物で、メールでやり取りをしています。この物語では、グーリエ星人のオーバーテクノロジーに対抗すべく、地球の文明も、実際の2022年よりも進んでいる設定になっています。
更新が遅れてすみません。ただ、今後もスローペースでの更新になります。




