第249話 海からの増援
司令部棟へ続く道路は、既に戦場と化していた。重機関銃が断続的に火を吹き、弾丸がアスファルトを砕く。燃え盛る燃料施設の炎が周囲を赤く染め、黒煙が空を覆っている。
カバナーは瓦礫の陰から司令部を観察した。
「正面は無理だな」
司令部前には土嚢陣地が築かれていた。海軍兵達が小銃を構え、その後方には重機関銃陣地が見える。砲撃と空爆で基地の大半が破壊されても、ここだけは別だった。敵もここが最後の拠点だと理解している。
「左側面に回る」(カバナー)
「了解」(テレル)
スパイダー班は建物の陰を伝って移動を始めた。その瞬間だった。
「いたぞ!」
司令部2階の窓から叫び声が上がる。直後、銃撃が降り注いだ。
タタタタタッ!
コンクリート片が弾け飛ぶ。ナルクンが即座に伏せた。
「見つかった!」
「応戦しろ!」
ユノラフが窓へ向けて連射する。
窓枠が砕け、帝国兵が悲鳴を上げて引っ込んだ。だが、敵の射撃は止まらない。
司令部周辺へ集結した帝国兵達は、基地内の他の部隊とは明らかに様子が違った。混乱していない。逃げてもいない。ただ黙々と銃を撃ち続けている。
「敵も意地を見せる気らしいな」(テレル)
「指揮官が逃げていないんだろう」
カバナーはそう答えながら照準を合わせた。土嚢の隙間から射撃していた兵士の頭部を撃ち抜く。兵士はその場に崩れ落ちた。しかし、その空いた場所には別の兵士が飛び込んでくる。
「厄介だな」
司令部を守る敵の抵抗は、予想以上に激しかった。
「首尾は上場です」
副官の報告に、スアキロンは満足げな表情を浮かべた。敵は基地の大部分を機能停止にした猛者なのは認める。しかし、少数で挑んでいるため、守りを固めて持久戦に持ち込めば勝機があると踏んでいた。
「ただ捨て駒になるつもりは毛頭ない」(スアキロン)
スアキロンはモニターを見た。敵は司令部へ向かっている。ならばこちらも待つだけではない。
「第23海中警備大隊へ連絡」
「港湾部から回り込め。敵の退路を断つ」
副官が目を見開く。
「港湾側の部隊を使うのですか?」
「そうだ」
スアキロンは鼻を鳴らした。
「奴等は少数だ」
「だからこそ数で押し潰す。司令部へ来るなら来させろ。その時には後ろにも敵がいる。海へ追い込め。第23海中警備大隊が始末する」
「了解」
「丘で戦うのですか?」
「何だ? 不服か?」
「いえ……」
シェイボ・ルゲティ一等兵は、陸で戦う事に懸念があった。現在、基地内の加湿装置が止まり、このまま陸へ上がれば、24時間も持たずに干上がる危険性がある。水中で暮らす人魚にとっては致命的だ。
「何甘えたことを言っている?」
コール・バリアブル軍曹は、第23海中警備大隊内きっての鬼軍曹として知られていた。下手な少尉とは経験値が圧倒的に違う。威圧感のある問いに、ルゲティは恐怖を感じたほどだ。
「ですが…佐賀関の基地が堕ちたのです。規模の小さいこの分屯地では…」
「上官の命令に背くのなら、貴様はここで処分するしかない!」
バリアブルは激昂し、ルゲティに拳銃を突きつけた。
「待て、バリアブル、出陣前に部下に何をしている?」
小隊の長、ガッキー・ナイティコ少尉が慌てて止めに入るが、バリアブルは意に返さない。
「戦う前に弱音を吐く臆病者は、軍に不要だ! 小隊長だからと、口を出すな!」
バリアブルの殺気立った声に、ナイティコは足が竦み、言葉も出なかった。ナイティコは軍学校を優秀な成績で卒業したエリートだったが、まだ現場での経験が少ない。そのための補佐として、経験豊富なバリアブルが同じ小隊になったのだが、この2人は折り合いが悪く、バリアブルの威圧的な態度にナイティコは神経をすり減らしている。
「と、とにかく、私達は作戦通りに、陸で敵を包囲します」(ナイティコ)
声が上ずっていた。
「(この小娘に任せて大丈夫だろうか)」(バリアブル)
バリアブルは一抹の不安を覚える。もっとも、ナイティコが弱気なのは、バリアブルの高圧的な態度のせいなのだが。
「班長、海上から敵です!」(サカラ)
サカラの声に、カバナーは即座に双眼鏡を向けた。炎上する艦艇の陰から、水面を這うように接近してくる集団が見える。
「海から回り込んできたか」(カバナー)
司令部へ兵力を集めるだけではないらしい。敵指揮官もこちらを包囲するつもりなのだろう。その時だった。
パシュッ――
次の瞬間、ナルクンの頭上でコンクリート片が弾け飛んだ。
「何だ!?」(ナルクン)
テレルが思わず叫ぶ。弾痕を見たカバナーは眉をひそめた。通常弾ではない。しかし威力は十分だった。直撃すれば人体など簡単に破壊される。
「敵の射撃だ。伏せろ!」(カバナー)
水弾がコンクリートへ突き刺さる。飛び散った破片がナルクンの頬を掠めた。
「海上じゃない。岸壁だ!」(ユノラフ)
カバナーは双眼鏡を向けた。数10名の水棲種兵士が前進している。岸壁を遮蔽物にしながら、こちらへ回り込もうとしていた。
「包囲するつもりだな」(カバナー)
「(敵も考えている。司令部前面だけでは押し返せないと判断したのだろう。)」(カバナー)
一方その頃、ルゲティは岸壁の陰に身を伏せていた。耳元では銃弾が唸りを上げている。陸へ上がるのは不安だった。今も不安だ。だが、ここまで来て引き返すことは出来ない。
「目標確認」
ルゲティは銃を構えた。瓦礫の陰に隠れる敵兵が見える。
距離は100m弱。照準を合わせ、引き金を引いた。
パシュッ――
水弾が一直線に飛ぶ。着弾したコンクリートが砕け、敵兵が慌てて身を引いた。
「命中!」
思わず声が出る。
「当たっておらん!浮かれるな!」(バリアブル)
直後、軍曹の怒鳴り声が飛んだ。
「殺さねば意味はない!」
「は、はい!」
ルゲティは再び銃を構えた。
ナイティコは周囲を見渡した。予想以上に敵の反応が速い。包囲戦のつもりだった。だが既にこちらの存在は露見している。
「第1分隊は右へ展開!」
声が少し上擦る。だが誰も気付かなかった。周囲の兵士達も緊張していたからだ。
「第2分隊は私と前進!」
「少尉!」(バリアブル)
ナイティコが振り向く。
「な、何だ?」
「前へ出過ぎだ!」
バリアブルは即座に周囲を指差した。瓦礫、炎上する車両、崩壊した岸壁。
「敵の射線が通る。引け!」
その言葉を聞いた瞬間だった。
タタタタタッ!
銃撃が飛んだ。ナイティコの頭上を弾丸が通過する。
「ひっ――」
思わず声が漏れる。バリアブルが腕を掴み、強引に引き倒した。次の瞬間、背後の壁が砕け散った。
「だから言っただろうが!」
バリアブルは怒鳴った。しかしその怒声の裏には、小隊長を守ろうとする意思も混じっていた。
「右翼前進!」
バリアブルの怒号と共に海中部隊が岸壁沿いに展開する。水弾が次々と飛来し、スパイダー班の周囲へ着弾した。
「班長、右も塞がれました!」(サカラ)
カバナーは舌打ちした。正面には司令部の守備隊、背後には海から上陸した敵部隊。挟撃態勢が完成しつつある。
「思ったよりやるな」
そう呟きながら小銃を構える。
司令部までの距離は150m。しかし、その150mが異様に遠く感じられた。炎上する基地の中で、双方の意地が正面からぶつかろうとしていた。
登場人物紹介
シェイボ・ルゲティ
種族・性別:人魚族の男性
所属・階級:海軍一等兵、第23海中警備大隊
コール・バリアブル
種族・性別:ワニ族の男性
所属・階級:海軍軍曹、第23海中警備大隊
ガッキー・ナイティコ
種族・性別:半漁族の女性
所属・性別:海軍少尉、第23海中警備大隊で、小隊の1つを預かる
GASTスパイダー班
カバナー(班長)
テレル(副班長)
ユノラフ
サカラ
ナルクン
※海中任務を行う海軍は、水力で起動する銃を使います。水中でも高い殺傷力があります。殺傷力の高い水鉄砲をイメージしてください。




