第248話 唐津湾海軍基地攻防戦
メルコ・スアキロン海軍中佐は激昂していた。敵が基地へ迫っていることは把握していた。迎撃準備が十分だったとは言い難い。しかし、それとこれとは話が別だ。第39市街地警戒連隊の連中が、こちらへの連絡もなく基地周辺へ砲撃を実施したのである。おかげで敵兵だけではない。上陸阻止大隊の兵士達まで巻き込まれた。これは、容認で出来るものではない。
当然、スアキロンは抗議した。だが返ってきた言葉は、「犠牲を払っても潰さないといけない連中だ。帝国のためだ、堪えろ」だった。
あの化け猫め。任務のために部下を死地へ送る覚悟なら自分にもある。帝国軍人として当然だ。だが、それは指揮官が決断することだ。何の連絡もなく味方ごと吹き飛ばなど、狂気としか思えなかった。
しかも相手は少佐で、自分は中佐である。
「後手に回ったそっちに非がある」
などと、よくも言えたものだ。
「司令殿、御怒りは理解できますが、まずは、基地の防衛を」
「う、うむ…そうだな」
副官の中尉に言われて、冷静さを取り戻した。
「あの化け猫に文句を言うのは後だ。まずは基地を守れ」
「はっ」
副官が敬礼して部屋を飛び出す。スアキロンはモニターの地図へ目を向けた。
屋外の警備兵達は損耗が激しい。沿岸砲陣地も敵砲撃によって機能を失った。さらに増援として向かっていた第39市街地警戒連隊とも連絡が途絶えている。残された戦力は、第96上陸阻止大隊と第23海中警備大隊の残存兵のみだった。
「何、問題はない。ハナから陸軍なんぞ当てにしておらん」
そう呟きながら拳を握る。
「ここは海軍基地だ。海軍が守るのは当然だ」
カバナーは崩れた倉庫の陰から港湾施設を見渡した。砲撃によって発生した火災は想像以上に広がっている。燃料庫付近では黒煙が立ち上り、帝国兵達が必死に消火活動を行っていた。ホースを抱えて走る者、負傷者を運ぶ者、瓦礫を撤去する者。基地全体が混乱している。本来ならば、自分達へ向けられるはずの人員だった。
「消火を優先しているな……」
カバナーは小さく呟いた。
当然だ。目の前の火災は放置できない。ここに基地があるのも意味がある。そして、それは同時に好機でもあった。
「全隊へ通達する」
カバナーは無線機を握った。
「敵は火災対応に追われている。今なら防衛線は薄い」
雑音の向こうで複数の了解が返ってくる。
「特戦群第2中隊は予定通り燃料施設と弾薬庫の破壊を。爆発が連鎖すれば、基地機能は事実上停止する」
『任せろ』(コーカー)
続いて別の回線へ切り替える。
「水陸機動団は港湾設備の破壊を優先。沿岸砲も残すな。艦艇が動ける状態なら撃沈して構わない」
『了解』(秋口)
「スパイダー班は司令部棟へ向かう。敵指揮系統を破壊する」
「了解」(テレル)
通信を終えると、カバナーは再び港を見た。炎上する施設の周囲を帝国兵達が慌ただしく走り回っている。
「行くぞ」
カバナーは小銃を握り直した。
「スパイダー班、前進」
隊員達が頷く。炎上する倉庫群を縫うように移動しながら、司令部棟へ向かう。幸い敵の視線は火災と港湾施設へ集中していた。
その頃、基地西側では特戦群第2中隊が行動を開始していた。コーカーは燃料施設を双眼鏡で確認する。大型タンクが複数並んでいる。
燃料施設へ向かう途中、特戦群隊員の一人が転倒する。
敵弾ではない。死体につまずいたのだ。倒れていたのは敵兵だった。先程の砲撃で吹き飛ばされたのだろう。顔は煤で真っ黒になっている。
「味方に諸共ぶっとばすなんて……」
思わず呟く。コーカーは返事をしなかった。今は同情している場合ではない。
「隊長、燃料施設が見えてきました」
「爆薬設置班、前へ」(コーカー)
隊員達が低姿勢で前進する。だが、その動きを見つけた帝国兵が叫んだ。
「敵だ!」
タタタタン!
銃声が響く。
ホースを抱えた兵士が走る。だが次の瞬間、狙撃弾が胸を貫いた。兵士は燃料タンクの前に倒れる。血と泡を吐きながら必死に起き上がろうとするが、身体は動かなかった。数名の帝国兵が倒れるその隙に、爆薬設置班が燃料タンクへ到達した。
「設置完了!」
「全員離れろ!」
数秒後、凄まじい爆発が基地全体を揺らした。燃料タンクが炎に包まれ、巨大な火柱が空へ噴き上がる。
一方その頃、水陸機動団も行動を開始していた。港湾施設へ進出した部隊は係留中の艦艇へ対戦車ミサイルを撃ち込む。
命中。爆炎と共に艦体の一部が吹き飛ぶ。
続けて第二射、第三射……停泊中だった艦艇が次々と炎上していく。
「艦艇炎上!」
「港湾設備にも攻撃を継続!」
隊員達が次々と射撃を行う。唐津湾基地は今や防衛戦ではなく、施設そのものの生存を懸けた戦いへ変わりつつあった。
「順調に進んでいるようだな」(カバナー)
カバナーは各所から聞こえる爆発音から、状況を把握した。
「しかし班長、敵司令官と思しき人物が見当たりません。これでは意味が…」(テレル)
「構わん。司令官一人殺したところで基地は消えない」
カバナーは司令部棟の屋上を見上げた。
「通信設備を潰す。指揮系統そのものを麻痺させるぞ」
燃料施設の爆発によって立ち上る黒煙が空を覆っている。港では艦艇が炎上し、断続的な誘爆音が響いていた。だが、それでも銃声は止まらない。基地はまだ生きていた。
「司令部棟まで200mです」(ナルクン)
「近いな」
カバナーは双眼鏡を覗いた。
司令部棟周辺には土嚢陣地が構築されている。先程まで見当たらなかった兵士達も集結し始めていた。燃料施設や港湾設備を守ることは諦めたのだろう。敵もまた、最後の防衛線を司令部周辺へ集約している。
「予想より早いな」(カバナー)
「敵も腹を括ったようですね」(テレル)
カバナーは頷いた。
司令官が有能かどうかは分からない。だが、少なくとも混乱の中で部隊を再編する能力はあるらしい。
「正面は避ける。南側から回り込むぞ」(カバナー)
その時だった。
ドンッ――
重い発砲音が響く。直後、ナルクンの頭上を大口径弾が掠めた。コンクリート片が弾け飛ぶ。
「狙撃です!」
全員が即座に身を伏せた。
「司令部屋上!」(ユノラフ)
双眼鏡を覗いたユノラフが叫ぶ。司令部棟の屋上には重機関銃陣地が構築されていた。さらに周辺建物の窓にも銃口が見える。
「やはり簡単には通してくれないか」
カバナーは小さく呟いた。
基地機能は確実に破壊されつつある。しかし、敵もまた最後まで抵抗するつもりだった。
その頃、司令部地下指揮所ではスアキロンが報告を受けていた。
「燃料施設炎上!」
「港湾設備損傷拡大!」
「艦艇三隻が戦闘不能!」
報告の度に副官の顔色が悪くなる。だがスアキロンは怒鳴らなかった。怒鳴ったところで失われた施設は戻らない。
「敵の進路は?」
「司令部方向です」
その言葉に、スアキロンは初めて笑った。
「そうか」
ならば話は簡単だった。
「敵も急いでいる」
スアキロンは地図を指差した。
「奴等は長居できん。筑紫野には陸軍がおる」
副官が頷く。
「ならば我々は時間を稼ぐだけでいい」
「はっ」
「1時間でも2時間でも足止めしろ。それだけで勝機は生まれる」
「迎え撃つ」
スアキロンは軍帽を被り直した。
「ここがどこかというのを、思い知らせてやれ」
スアキロンの号令と同時に、司令部周辺へ集結した兵士達が一斉に配置へ散った。屋上の重機関銃陣地が射界を確認する。窓という窓には小銃と機関銃が並べられた。弾薬箱が運び込まれ、負傷兵までもが包帯を巻いたまま陣地へ加わる。もはや基地を守る戦いではなくなっていた。
一方、カバナー達も司令部から150m地点まで接近していた。
燃え盛る施設が視界を遮ってくれるおかげで前進はできている。しかし距離が縮まるにつれ敵の抵抗も激しくなっていた。
「正面入口付近に重機関銃を確認」(ユノラフ)
「左翼にも陣地があります」(ナルクン)
カバナーは双眼鏡を下ろした。予想以上に守りを固めている。敵もここが最後だと理解しているのだ。
その時だった。
ドドドドドドドッ!
屋上から機関銃弾の雨が降り注いだ。アスファルトが砕け、コンクリート片が飛び散る。
「接敵!」
「伏せろ!」
司令部攻防戦が始まった。
登場人物紹介
メルコ・スアキロン
種族・性別:半漁族の男性
所属・階級:海軍中佐、第1領海警備隊唐津湾分屯地司令
GASTスパイダー班
カバナー(班長)
テレル(副班長)
ナルクン
ユノラフ
コーカー……特戦群2中隊長
秋口 将光……水機団第1水陸機動連隊所属。カラーノやギラードがレンジャー試験を受けた時の助教




