第234話 当たりを引いたらしい
「今、我々が出来ることは、電子戦でフォンボス司令官代理殿のサポートだ。やるぞ!」(カペラー)
「了解!」
地下通信指令室の空気が変わる。先程まで司令官を失った混乱が支配していた。だが今は違う。ここにいる者達は第13電子戦大隊。通信と情報を武器に戦う兵士達だった。
「非常回線を再構築しろ!」
「死んでいる中継器は切り捨てます!」
「敵の侵入経路を洗い出せ!」
「監視カメラ系統、一部復旧!」
次々と怒号が飛び交う。セルジ・ゴーン伍長は端末へ向かいながら眉をひそめた。
「妙ですね……」
「どうした?」(カペラー)
「監視システムが乗っ取られています。ただ、完全ではありません」
カペラーの目が鋭くなる。
「完全ではない?」
「敵は映像を改竄しています。でも雑です。復旧した監視網と照合すると、辻褄が合わない箇所があります」(ゴーン)
キーボードを叩く速度が上がる。数秒後、ゴーンの表情が変わった。
「見つけました!」
「何をだ?」(カペラー)
「敵電子戦要員です!」
室内の空気が張り詰める。
「外部から監視網へ侵入していた、敵の電子戦要員の位置を特定できるかもしれません!」(ゴーン)
「でかした。逆探知を開始しろ!」(カペラー)
モンソンは監視網のログを確認していた。
その時だった。
「……は?」
画面の片隅に警告が表示される。
『侵入経路解析中、逆探知プロセス開始』
モンソンの顔色が変わった。
「まずい」
思わず呟く。
「敵に気付かれた」
キーボードを叩く速度が一気に上がる。
侵入経路の切断、ダミー回線への誘導、ログの削除
普段なら数秒で終わる作業だった。だが今回は違う。
「なんだこいつら……」
モンソンが眉をひそめる。逆探知が止まらない。普通の通信兵なら偽装経路に引っ掛かる。だが相手は迷うことなく本線へ迫ってきていた。
「電子戦部隊か」
舌打ちする。しかも相当腕が良い。
「急げ……」
モンソンは次々と経路を切り替える。しかし画面上の追跡マーカーは消えない。まるで首筋へ刃を突き付けられているようだった。
「くそっ」
初めて焦りが滲む。
「このままだと居場所が割れる……!」
「いや待て、落ち着け。こんなことで失敗したら群長に何を言われるか分からん……!」
「落ち着け」(ピート)
ピートがモンソンの肩を叩いた。
「こういう時こそ、チームでやるものだ」(ピート)
「そうですよ。私達もサポートします」(シシリア)
休んでいたはずのシシリアも端末へ飛び付く。
「私がダミー経路を増やします!」
「じゃあ私がログ偽装を担当する」(ピート)
「……頼みます」(モンソン)
モンソンは短く答えた。普段なら、あまり他人を信用しない。だが今はそんな余裕は無かった。3人の指が同時にキーボードを叩く。次々と偽装回線が生成される。
数十、数百、そして数千。
敵の逆探知が枝分かれした経路へ流れ始めた。
「食い付いた!」(シシリア)
「まだだ。油断するな」(モンソン)
追跡マーカーが1つ消える。
さらに2つ。
3つ。
やがて画面中央の警告表示が消滅した。
『逆探知失敗』
モンソンは大きく息を吐く。
「助かった……」
「危なかったですね」(シシリア)
「相手も相当だったな」(ピート)
モンソンは無言で頷いた。ここまで食らい付いてきた相手は少ない。少なくとも、ただの通信兵ではない。
「あれだけ追い付いてくるのかよ……」(モンソン)
モンソンは椅子へ背中を預けた。気付けば制服は汗で張り付いている。
「助かった……」
モンソンは水筒を手に取り、がぶ飲みしてしまった。
一方その頃――若松陸軍基地・地下通信指令室。
「見失いました」(ゴーン)
ゴーンが悔しそうに報告する。
「逃げられたか」(カペラー)
「はい。ただし、監視システムの一部は復旧しました」(ゴーン)
カペラーとフォンボスが同時に顔を上げる。
「映像を出せ」(フォンボス)
フォンボスのウォッチに映像が届く。
黒煙、炎上する弾薬庫、倒れた兵士達。そして――
「停止しろ」(フォンボス)
1つの画面で映像が止まった。三人の武装集団が映っている。
「敵かと」(カペラー)
「だろうな」(フォンボス)
映像の男は地図を確認しながら進んでいた。男2名に女1名
「司令部方向へ向かっています」(ゴーン)
フォンボスは映像を見つめた。敵の正体は分からない。だが一つだけ確かなことがある。自分を殺しに来ている。
崩れた通路の先に死体が転がっていた。フォンボスは足を止める。見覚えのある軍服。見覚えのある顔。
「……エウクリッズ中佐…」
第41市街地警戒連隊長、コスジェカ・エウクリッズ陸軍中佐。彼女は壁にもたれかかるように息絶えていた。周囲には十数名の兵士の遺体。全員、第41市街地警戒連隊だった。フォンボスは静かに目を閉じる。理解してしまった。この連隊はもう存在しない。エウクリッズがここで倒れている時点で、第41市街地警戒連隊は壊滅したのだ。
「そうか……」
短い呟きだった。だがその声には深い疲労が滲んでいた。
「最後まで戦ったのだな」
フォンボスは敬礼した。そして再び前を向く。今は立ち止まる時間すら残されていなかった。
教授は、ジーナとギラードを連れて、代理司令官、ステッラ・フォンボスの元へ向かっていた。
「このルート、敵が少ないですね」(ギラード)
「前もってリッチ班が一掃していたのさ」(教授)
教授は淡々と言った。だがその言葉の裏には、既に何十人もの敵兵が倒れているという事実があった。
『班長、そのまま直進すると、敵代理司令官と遭遇。距離は約800m』(マッキー)
「了解、ありがとう。では、リッチ班も作戦通りに」(教授)
「了解」(マッキー)
通信が切れる。教授は歩みを止めなかった。
「緊張してます?」(ジーナ)
「もちろん」(教授)
意外そうな顔をするジーナ。教授は苦笑した。
「相手は一軍を率いていた司令官代理だ。緊張しない方がおかしい」
「でも勝つつもりでしょう?」(ギラード)
「勝つために来た」
教授は即答した。その時だった。前方通路の奥に人影が現れる。
白い翼、軍帽、自動小銃。ステッラ・フォンボスだった。
フォンボスも足を止める。互いの距離はまだ遠い。だが分かった。目の前の相手こそ、自分を殺しに来た敵だと。
フォンボスは相手を見つめる。
黒髪の男、軍服、落ち着いた佇まい。そして――
「ネイマンではないか」
小さく呟く。
僅かな安堵。しかし次の瞬間、カペラーから送られてきた情報を思い出した。
特殊部隊の班長、教授と呼ばれていた事。司令官級の脅威がある相手。フォンボスの目が細くなる。
「なるほど」(フォンボス)
自動小銃を構えた。
「こちらも当たりを引いたらしい」(フォンボス)
教授も銃を構える。若松基地最後の戦いが始まろうとしていた。
登場人物紹介
モンソン……GASTファルコン班所属の優秀なホワイトハッカー
ピート……GASTファルコン班の班長
シシリア……GASTファルコン班所属。腕は確かだが、自己肯定感が低い
教授……GASTタイガー班の班長
ジーナ……GASTタイガー班所属
ギラード……GASTタイガー班所属
マッキー……GASTリッチ班所属
ステッラ・フォンボス……第8北九州統治軍の副軍長。ヒアカッペ死後、代理司令官となる
オリィ・カペラー……第13電子戦大隊の大隊長
セルジ・ゴーン……第13電子戦大隊の大1小隊に所属している
※ウォッチ……帝国兵の通信機ほか。スマートウォッチにスマホの機能が入っていると思ってください




