第22話 英雄を餌に
― 2020年9月23日 未明 山梨方面隊 野営地(大月市近郊)―
「はぁ……はぁ……っ……!」
西友貴陸士長は、倒れ込むように野営地へ飛び込んだ。頭の中で、さっきの光景が何度も蘇る。
――三笠が撃たれた瞬間。
――野木三曹の「行け」という怒鳴り声。
逃げた。自分だけ逃げた。れでも、西は叫んだ。
「菊花山で敵と接触! 野木三曹と三笠士長が交戦、負傷しました!」
西の声が響くと、野営地の空気は一変した。ざわめきが静まり、張り詰めた緊張が漂う。指揮官らしき男が、静かに西に近づいてきた。その男の顔には、この報告が持つ意味を瞬時に理解した、鋭い知性の光が宿っていた。
「西、報告ご苦労。敵の詳細は分かるか?」
第12偵察大隊の大隊長・桐谷法征だ。2年前の道志山塊攻防戦でも戦果を挙げた歴戦の勇士は、西から得た情報で、ある確信を得た。
「3体か。」
「はい。」
「偵察にしては少なすぎる。」
桐谷の目が細くなる。
「暗殺部隊だな。」
「逃げた西を追わなかったのも説明がつく。奴らの目的は“誰でもいい兵士”じゃない。」
「栫!」(桐谷)
桐谷は、栫仁星三等陸尉を呼び、何やら耳打ちをした。
「了解しました。」(栫)
栫へ指示を出すと桐谷は、門唐栄作陸将補のもとへ向かう。
「敵は暗殺部隊の可能性が高い。」(門唐)
ざわめきが広がる。
「狙いは?」(別当)
「道志山塊の功労者だろう。」(桐谷)
空気が重く沈む。別当がすぐに口を開いた。
「ならばなおさら陣形を崩すべきではありません。暗殺部隊の背後に本隊が潜んでいる可能性もある。」
門唐は首を横に振った。
「いや、逆だ。奴らを炙り出す。」
「英雄を――餌にする。」
門唐の声が、会議室に響き渡った。
「これは賭けだ。敵は英雄を狙う。ならば英雄を前に出す。」
誰も言葉を発さない。門唐は続けた。
「彼らは我々の中で最も優秀な兵だ。だからこそ――囮にする。」
「安心しろ。奴らは強い。だから囮に使える。」
門唐は全員を見渡す。
「心してかかれ! そして、必ず生きて帰ってこい!」
「了解!」
会議を終え、野営地へ戻る桐谷の下へ、栫がやってくる。
「野木三曹と三笠士長ですが……」
栫は一瞬だけ言葉を切った。
「死亡を確認しました。」
桐谷は目を閉じた。
「……そうか。」
彼らにとって、戦死は避けられない現実だ。しかし、その重みが消えるわけではない。
「……だが、敵の痕跡があり、後を辿ったところ、新たなことが分かりました。敵は少なくとも9体、おそらく3人一組で動いているようです。」
「その場所は?」
栫は、地図で敵兵を見つけた場所を指し示す。
「どうします?」
「今は泳がせておけ。我々の狙いは、奴らとは違う。先ほど、新たな作戦が立案された。それを説明する。」
「以上が作戦だ。現在、偵察中の者は後方部隊として動いてもらう。無津呂、お前は残り彼らに伝えろ。」
「了解。」(無津呂茂樹二等陸尉)
「西、野木や三笠のことで、辛い心情だろうが、これは任務だ。お前も前線部隊に入ってもらう。いいな?」(桐谷)
「了解です。」
西は拳を握り締めた。
「野木三曹と三笠の死、無駄にはしません。」
西の瞳には、もはや後悔の涙はなかった。そこにあったのは、友の命を無駄にしないという、強い決意の光だった。
登場人物紹介
桐谷 法征
生年月日:1973年4月6日 / 出身:群馬県
階級:一等陸佐 / 役職:第12偵察大隊大隊長
備考:2年前の道志山塊攻防戦でも戦果を挙げた隊員。
栫 仁星
生年月日:1996年8月28日 / 出身:栃木県
階級:三等陸尉 / 所属:第12偵察大隊3中隊
門唐 栄作
生年月日:1967年5月12日 / 出身:岡山県
階級:陸将補 / 役職:山梨方面部隊の最高指揮官
備考:2年前の道志山塊攻防戦でも指揮官として活躍。
別当 強司
生年月日:1977年9月2日 / 出身:島根県
階級:一等陸佐 / 役職:第31普通科連隊連隊長
備考:2年前の道志山塊攻防戦で戦果を挙げた隊員。
無津呂 重樹
生年月日:1990年11月1日 / 出身:群馬県
階級:二等陸尉 / 所属:第12偵察隊本部付隊
西 友貴……野木や三笠を見殺しにした後悔を糧に、彼らの想いを紡ぐことを決意する。




