第22話 それぞれの思惑
若手隊員たちを中心に、暗殺者6体を討ち取った前衛部隊。しかし、勝利の空気はどこにもなかった。討ち取った暗殺者のうち3体は、既に自衛隊員の姿に化けていた。それはつまり――3人の仲間が、既に殺されていたということだった。だが、その亡骸は見つからない。残されていたのは、血に濡れた3枚の認識票だけだった。
桐谷は静かに歩み寄り、認識票の前に膝をつく。覆面越しでも分かるほど、表情は硬い。その奥には、静かな怒りが宿っていた。桐谷は認識票を一枚ずつ見つめる。
桐谷は1枚目を拾った。
「……木原」
2枚目。
「……中村」
3枚目。
「……吉森」
短く名前を呼ぶ。そして、低い声で言った。
「お前たちの死は、無駄にはしない。」
「この作戦は必ず成功させる。そして――必ず、借りは返す。」
その声は怒鳴り声ではない。だが、張り詰めた夜の空気に鋭く突き刺さった。
一方、後衛部隊でも、戦闘が始まっていた。
「敵発見! 1体!」
麻生 教之三等陸尉が即座に指示を飛ばす。
「撃て!」
銃声が山中に響いた。数秒の銃撃、そして「ぐあっ」という悲鳴。敵は倒れた。麻生は周囲を見回す。
「撃破。だが油断するな。この近辺に、あと2体は潜んでいる可能性が高い。」
「敵1体を発見! 行くぞ!」(麻生)
麻生たちが駆け付けた時には、既に戦闘は終わっていた。
相木 康広陸士長の前には倒れたゴブリンが横たわっている。
「よくやったぞ、相木。見事だ。」(麻生)
「ありがとうございます。ですが、まだ終わっていません」
その時、後方の若い隊員が声を掛けた。
「……麻生三尉。なぜ、敵1体だと分かったんですか?」
平野 亮平二等陸士。まだ実戦経験の浅い新人だった。麻生はわずかに振り返る。
「足跡、枝の折れ方、呼吸の音、匂い、そして気配。全部合わせれば、大体の数は分かる。」
淡々と答える。
「経験だ。お前たちも、そのうち分かるようになる。」
若手隊員たちは息を呑んだ。それは訓練ではなく、戦場で積み重ねた経験だった。
「ところで上条、怪我の状態は?」
麻生は、軽傷を負った上条 直武二等陸曹に声をかける。表情はどこか暗い。
「……若手がこれだけやれてるのに。中堅の俺がこのザマじゃ、情けないな。」
上条は苦笑する。麻生は即座に言った。
「馬鹿言うな。お前は俺の相棒だ。」
麻生は上条の肩を叩く。
「若手には勢いがある。だが、経験はない。その経験を持ってるのが、お前だ。」
麻生は真っ直ぐ上条を見る。
「この作戦で一番頼りにしてるのはお前だ。だから弱気になるな。」
上条は小さく息を吐いた。
「……了解です。」
『敵もう1体発見、五十嵐曹長の班が交戦中!』
無線からは、新たな敵兵の発見と、別部隊が戦闘開始したという報告が入る。それを聞いて、麻生は
「やれやれ、休ませてくれないな。」
「上条、お前は無理するな、と言いたいところだが、敵がどこに潜んでいるか分からない以上、無理をしてもらう。」
「了解です。大丈夫ですよ。」
上条は己を奮い立たせ、立ち上がって麻生の後を追った。
一方、思い通りに暗殺任務をこなせない帝国軍特殊作戦部隊では、混乱が広がっていた。
「どうなっている? パージの支隊と連絡が取れない。アウストの班ともだ!」
※ガロウ・イビレイタ少尉、帝国特殊作戦部隊
「敵の対応が速すぎる。誰かヘマしたか?」
「…」
※アルファー・エイエス少尉、帝国特殊作戦部隊
「少尉殿…。」
※リオーザ・リボー軍曹、エイエスの部下
何かを言いたそうなリボーに気付いたイビレイタは、エイエスに問いかける。
「エイエス、お前何か心当たりあるのか?」
「……」
何も言わないエイエスに対し、リボーが口を開く。
「少尉殿、報告します。」
「我々の班が敵斥候3匹を発見しました。しかし――1匹取り逃がしました。」
その瞬間、空気が凍る。イビレイタの目が鋭くなる。
「……貴様。」
エイエスを睨みつけた。
「なぜ、それをすぐ報告しなかった!」
エイエスは顔を歪める。
「たかが1匹だ。問題ないと思っただけだ。」
「問題ないだと?」
イビレイタの声が低くなる。
「その1匹のせいで、作戦が見破られた可能性があるんだぞ!」
「少尉殿、落ち着いて下さい。」
※イル・イルターニ軍曹、イビレイタの部下
怒りを隠せないイビレイタを宥める部下のイルターニ。
「この件は、部隊長殿に報告させてもらう。」
「…。くそっ。」
エイエスは納得していないが、イビレイタは無線を取り、部隊長へ報告を送った。
イビレイタからの報告を受けた、テリムト特殊作戦部隊長、ラランワ・アスゲニフ少佐は、作戦の変更が必要かを、指揮官・アイトンダへ具申した。アイトンダは、慌てる様子はなく、冷静に状況確認を行った。
『各支隊の状況はどうなっておる?』
「現在、敵の前方部隊の方には、エイエスとイビレイタの支隊が残っています。後方の部隊には、私の支隊と他は…。」
『作戦の本筋は変えない。だが、敵後方へは第2大隊を援軍に出す。気付かれないよう、接近させ敵側面を取らせろ。』
アイトンダは、すぐさま後方部隊への大規模な増援を決定した。これは、暗殺戦から本格的な戦闘へのエスカレーションを意味する。
『敵前方への作戦は変えなくていい。ただし、エイエスは戻せ。あの班は、リボーとシャプライでやれ。以上だ。第2大隊には俺が伝えておく。お前は特部隊に伝えろ。』
「了解しました。」
アイトンダからの指示をアスゲニフは部下へ伝える。
「我々は作戦の継続だが、エイエスは戻れ。貴様の班は、リボーとシャプライの2人で行う。」
「おい、ふざけるな! 俺は残るぞ。俺のミスだというなら俺が取り返す!」
「俺以上に暗殺ができる奴がいるのか?」
エイエスは、自身の失敗を認めていた。しかし、自衛隊など取るに足らない相手だという驕りも捨てきれず、自分なら挽回できると信じていた。
エイエスの横暴な態度に、苛立ちを隠せなくなった特殊作戦部隊の兵士達。部隊の中に亀裂が走った瞬間でもあった。
(下がれと命令が下ってるのだが、冷静さを失っておるな…)(アスゲニフ)
「少尉殿、ここは命令に従って…。」
※アノ・シャプライ軍曹、エイエスの部下
「うるせぇ、俺に指図するんじゃねぇ!」
激高したエイエスは、シャプライを殴りつけた。イビレイタにも殴りかかろうとした瞬間、イルターニが素早くエイエスを組み伏せる。
「うぐ…、貴様…。」
「申し訳ありません。少尉殿。」
エイエスの横暴な態度には、格下であるイルターニにとっても腹に据えるものがあったようだ。彼は、上官を躊躇なく絞め落とした。
「助かったぞ、イル。」
「いえ…。しかし、エイエス少尉殿には困ったものです…。」
「隊長、こいつはどうしますか?」
イビレイタは直属の上官であるアスゲニフに判断を仰いだ。
「捨て置け。命令を無視する無能に構う時間はない。それよりも、作戦を続行するぞ。」
アスゲニフは、気を失いその場に横たわるエイエスを、ゴミを見るような目で見つめ、そう語る。
「了解しました。おい、行くぞ。」
「了解しました。」
その時、一人の隊員から無線が入る。
『部隊長、アイフ曹長の支隊が、「イ-08」を一匹仕留めたようです。』
※セルチュク・ガー軍曹、アスゲニフの部下
アスゲニフの顔に、それまで張り詰めていた緊張が緩み、不敵な笑みが浮かんだ。
一方、自衛隊側も、指揮官・門唐のもとへ、血相を変えた通信士が駆け込んできた。
「門唐陸将補!」
「五十嵐曹長との通信が途絶しました!」
門唐が振り向く。
「何だと?」
通信士は息を荒げながら続ける。
「直前の音声に……激しい金属音と――叫び声が混じっていました。」
その場の空気が凍りつく。門唐の顔が険しくなる。
「五十嵐がやられた……?」
近接戦闘のスペシャリスト。その男が。門唐は即座に命令を飛ばす。
「各班、再警戒! 敵の本命は、まだ潜んでいる!」
門唐の背中に、嫌な汗が流れる。暗殺者を炙り出したはずの自分たちが、いつの間にか別の「刺客」の射程圏内に入っていたのではないか。その予感は、すぐに現実のものとなる。
「…ほう。これで、流れは変わるかもしれんな。敵の指揮官は私が殺ろう。上空部隊や2大隊が待ちくたびれておる。」
アスゲニフはニヤリと笑う。彼女の頭の中では、すでに新たな勝利への道筋が描かれていた。暗殺による陽動作戦は終わり、これより本格的な殲滅戦が始まろうとしていた。
登場人物紹介
麻生 教之
生年月日:1987年6月17日 / 出身:静岡県
階級:三等陸尉 / 所属:13普連1中隊
備考:2年前の道志山塊攻防戦で戦果を挙げた隊員。
上条 直武
生年月日:1990年4月2日 / 出身:長野県
階級:二等陸曹 / 所属:13普連1中隊
備考:若手の成長に焦りを感じている。
ガロウ・イビレイタ
種族・性別:狼型獣人族の男性
所属・階級:陸軍少尉、特殊作戦部隊の支隊長の1人
アルファー・エイエス
種族・性別:エルフの男性
所属・階級:陸軍少尉、特殊作戦部隊の支隊長の1人
備考:菊花山で西を取り逃がした
ラランワ・アスゲニフ
種族・性別:ハイエルフの女性
所属・階級:陸軍少佐、テリムト特殊作戦部隊の部隊長。
※パージ → パージ・イブラ。帝国特殊作戦群支隊長の1人。前話で赤松に仕留められていた。
※アウスト → ノーマン・アウスト。帝国特殊作戦部隊支隊長の1人。前話で、村西班に仕留められていた。
※2)エイエスとイビレイタは、同じ少尉という階級ですが、軍学校の幹部候補生コースを卒業しているイビレイタとは対照的に、エイエスは一般応募で二等兵から少尉まで上り詰めた叩き上げの兵士です。エイエスは、任務をこなす過程で、軍学校の幹部候補生のエリート然とした態度が気に入らず、同じ時期に特殊作戦部隊の試験を受けた、軍学校幹部候補生コース卒のイビレイタをライバル視していました。
特殊作戦部隊での働きぶりは、連携を重視して動くイビレイタとは対照的に、エイエスは個で敵を仕留めることにステータスを感じているため、個として討伐数が自分より少ないイビレイタを格下と認識していました。また、数えて8階級昇進している自身と、軍学校を卒業後、少尉のままのイビレイタを比較して、自身の方が優れていると感じていたようです。イビレイタはイビレイタで、普段から敵意剥き出しで突っかかってくるエイエスを疎ましく感じており、今作戦での衝突は、普段のうっ憤も爆発してしまったのかもしれませんね。




