第21話 あの人達
― 2020年9月23日 未明 山梨県大月市近郊 ―
暗闇の山道を、前衛部隊が静かに進んでいた。足音と装備の擦れる音だけが、夜の森に響く。誰もが理解していた。これは敵本隊との戦闘ではない。暗殺者を炙り出すための行軍だ。
「……本当にこれでいいんですかね?」
※津曲 祐樹二等陸士、第31普通科連隊第1中隊所属
「何がだ?」
※大脇 和夫一等陸曹、第31普通科連隊第1中隊所属
「戦力を分けて進んでるじゃないですか。敵本隊とぶつかったら……。」
「この作戦の目的は何だ?」
「暗殺者の排除です。」
「そうだ。そのための作戦だ。我々は、その作戦が成功するよう尽力するだけだ」
津曲は、大脇の言葉の重みに息をのんだ。自身は「戦争」という非日常に怯え、作戦の本質から目をそらそうとしていた。しかし、この戦いは自分たちのためだけのものではない。遠い場所で暮らす、自分たちと同じ国民の命もかかっているのだと、初めて腹の底から理解した。
急な作戦変更に、若い隊員たちは落ち着かなかった。全員が覆面を着用している。顔を隠すためだ。しかし、その安心感は逆に不安も生んでいた。
「……隣にいる奴、本当に味方か?」
誰かが冗談めかして呟く。笑う者はいなかった。
「ここで一度、休憩を取る!」
桐谷率いる前進部隊は、小まめに休憩を取り、進軍を遅らせる。目的は敵本隊との戦闘ではなく、暗殺者の炙り出し。そして、隊員の無事を確認することにある。
「……」
「よし、全員確認。異常なし。進むぞ。」
桐谷の号令とともに、隊は再び進み出した。
前衛部隊の後方では、第31普通科連隊第2中隊も警戒を続けていた。
「しかし、ゆっくり進むのも、これはこれで疲れますね。」
※徳島 陽平二等陸士、第31普通科連隊第2中隊所属
「まあ、訓練では迅速に動くよう教わってるからな。」
※吉森 恵太二等陸士、同上
「もう泣き言か? 最近の男どもは軟弱だな。」
※原口 すず三等陸曹、同上
「そ、そんな疲れてませんよ。心外だなぁ、ははは。」(徳島)
「そこ!私語は慎め! ここは戦場だぞ!」
※木原 冬彦二等陸曹、同上
「すみません!」(吉森)
「まったく、気が緩みすぎだ。飛鳥三尉、あなたの班なのですから、しっかり指導してくださいよ。」
「それは失礼。でも、今はあなたの声の方が大きいわよ。」
※飛鳥 知子三等陸尉、同上
飛鳥だけは、周囲ではなく風下を見ていた。そして、「ふう」とため息をつき、立ち止まった。
「……ねえ」
誰も気付いていない。だが彼女の鼻がわずかに動いた。
「……木原さん」
「はい?」
「変ね」
「?」
「あなた、誰?」
「!?」
飛鳥の突然の問いに、新人の徳島や吉森は「意味が分からない」という表情をした。目の前にいるのは、上官の木原二曹。飛鳥三尉からすれば、部下にあたる。冗談にしては面白くもない。
「何を言ってるんですか? 31普連2中隊・木原冬彦二等陸曹ですよ、同僚の顔を忘れたのですか?」
「声も仕草もよく真似てる。」
飛鳥はゆっくり言った。
「でもね……人間とは匂いが違う。ゴブリンね。」
その時、木原の顔が歪んだ次の瞬間、側にいた吉森の首を腕で締め上げ、銃口をこめかみに突きつけた。
「動くな!」
「俺は、帝国陸軍特殊作戦部隊、タウリー・ミントゥ上等兵だ!」
「動くな!動いたらこいつの命はない!」
飛鳥は一歩も動かなかった。そして、冷静に言い放つ。
「その人質、意味ないわよ。」
ミントゥが目を細める。
「何?」
「あなた、逃げるつもりでしょ?」
「でも逃げられない。」
「すず!」
「了解!」
原口の腕がしなる。銀色の筒が木原の足元へ転がり、閃光が辺りを包んだ。その瞬間、2発の銃声が森に響いた。
発砲したのは、飛鳥だった。吉森に一発、続いてミントゥに一発。
「ひっ!」
徳島が悲鳴を上げた。
「吉森ッ!」
吉森の体が崩れ落ちる。額の中央に小さな穴が開いていた。誰もが一瞬、言葉を失った。
「……くそっ。」
原口が低く吐き捨てる。徳島は震える手で吉森の肩を掴んだ。
「吉森……飛鳥三尉、どうして?」
その時だった。吉森の頬に、細い“ひび”のようなものが走った。ひびはゆっくりと広がった。まるで乾いた泥が割れるように。
「……?」
徳島が息を呑む。次の瞬間、吉森の顔の皮膚が剥がれ落ちた。下から現れたのは、人間の肌ではなかった。剥がれ落ちたのは皮膚ではなく、精巧に作られた薄い膜だった。緑色の、ざらついた皮膚。そして歪んだ口。ゴブリンだった。徳島の顔から血の気が引いた。
「う、そだろ……」
原口が静かに言った。
「……最初から吉森じゃなかったのよ………本物の吉森は、どこで殺されたんだろうね。」
「こいつの班があと1人どこかにいる。」
「こいつでしょうか?」
そう言って、赤松つらら一等陸士は、戦闘を避けるように横の茂みに隠れていた、もう一体のゴブリンの遺体を引きずって現れた。
「言われた通り、臭いに注意してたら、見つけました。」
「よくできました」
赤松を褒める飛鳥は、どこか嬉しそうだった。
そこに12偵からの報告があった。
『村西三尉が、敵兵3体を発見。戦闘に入りました!』
「援護に行きますか?」
「必要ないわ。」
「え?」
「村西なら勝つ。」
「?」
徳島には、飛鳥の言っている意味が分からなかったが、それは数分後、知る事になる。
―数分後―
「村西三尉の班が戻ってきました!」
村西の班が戻ってきた。村西班は、若い隊員で構成されていた。その中に、西の姿があった。徳島は目を見開く。
「西さん……。」
その顔は昨日までの西とは違っていた。迷いのない、兵士の顔だった。
「若手も育っている。君も精進なさい。」(飛鳥)
「は、はい!」
徳島は、ただ「はい!」と力強く答えることしかできなかった。
「(グーリエ星人、舐めるなよ。俺たちは、いつまでも2年前の亡霊に頼ってはいない。それを分からせてやる。)」(桐谷)
登場人物紹介
大脇 和夫
生年月日:1980年8月23日 / 出身:東京都出身
階級:一等陸曹 / 所属:31普連隊1中隊
備考:2年前の道志山塊攻防戦で戦果を挙げる。
飛鳥 知子
生年月日:1984年7月31日 / 出身:大阪府
階級:三等陸尉 / 所属:31普連2中隊
備考:2年前の道志山塊攻防戦で戦果を挙げた。
原口 すず
生年月日:1997年4月20日 / 出身:兵庫県
階級:三等陸曹 / 所属:31普連2中隊
備考:飛鳥に鍛えられた成長株。女性
赤松 つらら
生年月日:2001年3月3日 / 出身:奈良県
階級:一等陸士 / 所属:31普連隊2中隊
備考:自候生時代から優秀と言われていた期待の若手隊員。飛鳥の下で急成長。
タウリー・ミントゥ
種族・性別:ゴブリン族の男性
所属・階級:陸軍上等兵、特殊作戦部隊
備考:木原を殺害し変装し、自衛隊内部に潜入するが、飛鳥に見破られる。
グーリエ星に存在する種族
ゴブリン族……ファンタジー物で有名なモンスター。モンスターの中では知性があり、会話が可能。帝国内では市民権がある。手先が器用で、昔は森や洞窟での生活を好んだ。その特性から、自然を相手にする仕事をする者が多い。経験を積み、スキルを上げることで、ホブゴブリン(中位種)、ゴブリンキング(上位種)と進化をする。
※帝国特殊作戦部隊…帝国陸軍により編成されている特殊部隊で、要人暗殺やスパイ行為等を行う。おそらく3人一組で動く。本物の皮膚と遜色ない特殊メイク技術で変装し、少ない情報で本人の声色や癖を真似ることができる。ただし、体格が違いすぎる相手には変装しない。バレるから。殉職した木原や吉森は、ミントゥ他と近い体格だったので狙われた。




