第226話 援軍は来ない
――壇之浦――
「妙だな……」(ゼムブラ)
第3領海警備隊第10上陸小隊長、ゼンピー・ゼムブラ海軍少尉は眉をひそめた。先ほどから司令部との通信が不安定になっている。補給船も来ない。後方砲兵からの射撃支援も止まったままだ。偶然にしては重なり過ぎていた。
「少尉殿、やはり通信が繋がりません」(ファリウス)
観測手のデミアン・ファリウス海軍軍曹が報告する。
「妨害かもしれん」(ゼムブラ)
そう答えながらも、自分でも苦しい言い訳だと分かっていた。壇之浦の戦況は決して良くない。それでも佐賀関基地が健在なら、いずれ増援が来る。アオシ・アオトポヴォジュズという男がいる限り、第3領海警備隊は簡単には崩れない。ゼムブラはそう信じていた。その時だった。
「ゼムブラ少尉殿!」
背後から叫び声が飛ぶ。振り返ると、一人の兵士が血相を変えて駆けて来ていた。肩には応急処置の跡。佐賀関方面から撤退してきた兵だった。
「何だ」(ゼムブラ)
兵士は息を整える暇もなく叫んだ。
「佐賀関基地陥落!」
ゼムブラの表情が固まる。
「……何だと?」(ゼムブラ)
「アオトポヴォジュズ隊長戦死!」
「ラックス副隊長も戦死!」
「司令区画突破!」
「基地機能停止!」
言葉が続く度に周囲の兵士達の顔色が変わっていく。
「馬鹿な……」
誰かが呟いた。ゼムブラも同じ気持ちだった。アオトポヴォジュズが死ぬ。その発想自体がなかった。
「確認は取れているのか?」(ゼムブラ)
「取れています!」
兵士は震える声で答えた。
「生存者は各自撤退中! 第3領海警備隊は事実上壊滅です!」
その瞬間だった。壇之浦の戦場に響いていた砲撃音が、妙に遠く聞こえた。ゼムブラは理解する。もう援軍は来ない。待ち続けていた後方支援も、不足していた弾薬も、疲弊した兵の交代要員も、何も来ない。佐賀関は堕ちたのだ。
ガジです。
「爆薬設置完了!」(ルース)
ルースが叫ぶ。私は起爆装置を握ったまま、敵陣地を睨んでいた。壇之浦の戦いは長引いている。敵も必死だ。こちらも必死だった。本来なら、ここは普通科部隊に託したいのだが、状況が許してくれない。もっとも、そんな時に戦えるように訓練されているのがGASTだ。
「ガジ副班長、どうします?」(ガレシック)
「決まってるだろ」(ガジ)
私は短く答えた。
「吹き飛ばす」(ガジ)
起爆装置を押し込む。直後。
ドォォォン!!
敵が利用していた防壁が吹き飛んだ。土砂と瓦礫が宙を舞う。
「突破口だ! 前へ出ろ!」(コーカー)
特戦群第2中隊が前に出る。その時だった。
「ガジ副班長!」(細川 拓海:陸士長)
※第312基地通信中隊 山口派遣隊
通信兵が血相を変えて駆け寄ってくる。
「何だ!」(ガジ)
「佐賀関基地陥落!」(細川)
思わず動きが止まった。
「……何だって?」(ガジ)
「佐賀関にある敵海軍基地を制圧しました!」(細川)
「敵司令官も討ち取っています!」(細川)
周囲の隊員達も顔を見合わせる。私は数秒だけ黙った。そして笑った。
「なるほどな」(ガジ)
だから敵の砲撃が弱くなったのか。だから補給が来なくなったのか。だから敵が焦り始めたのか。全部繋がった。
「タハ班長なら喜んだだろうな」
小さく呟く。
あの人はいつも言っていた。
「施設科は地味だが、戦争を動かせる」と。佐賀関を落とした連中が、本当に戦争を動かしたのだ。私は無線機を掴む。
「アイアン班全員聞け」(ガジ)
隊員達が振り向く。
「敵の援軍は来ない。奴らの基地は堕ちた。もう奴らは孤立している」(ガジ)
「ここで終わりだ」(ガジ)
歓声が上がる。だが私は続けた。
「だが、まだ終わってない」(ガジ)
前方では、まだ敵兵達が戦っていた。
「ここで逃がせば、また誰かが死ぬ」
私は前を指差す。
「アイアン班、前進! 壇之浦を終わらせるぞ!」(ガジ)
「了解!」
アイアン班が一斉に駆け出した。爆破された防壁の隙間から突入し、敵陣地へ制圧射撃を浴びせる。
タタタタン! タタタタン!
遮蔽物へ隠れていたグーリエ星人士官が倒れた。その直後だった。無線が飛び込む。
『こちら第2中隊! 敵右翼を突破した!』
コーカーの声だった。
『逃がすな! 押し込め!』
特戦群の高速艇が海面を切り裂く。機銃掃射が敵陣へ降り注いだ。壇之浦全域で、帝国軍の防衛線が崩れ始める。
「少尉殿! 左翼が壊滅しました!」(ファリウス)
「右翼陣地壊滅!」
「101小隊の残存兵が到着しました!」
ゲレンスキ達だった。本来なら上陸阻止大隊の兵士達である。だが防衛線が崩壊した今、その区別に意味は無かった。
「ゲレンスキ軍曹、貴官らは、我が指揮下に入れ」(ゼムブラ)
「了解しました。」(ゲレンスキ)
ゼムブラは戦況図を見つめていた。赤い表示が次々と消えていく。援軍は来ない、補給も来ない。後退路も失われた。だが――
「全隊へ伝達」(ゼムブラ)
周囲の兵達が振り向く。
「ここが最期の戦場だ」(ゼムブラ)
静かな声だった。
「第3領海警備隊の名に恥じぬ戦いをしろ」(ゼムブラ)
兵達は頷いた。誰も助からない事を理解していた。それでも武器を捨てなかった。
「少尉殿、弾薬が尽きます!」
「構わん」(ゼムブラ)
ゼムブラは軍刀を抜いた。
「我らは第3領海警備隊だ。隊長は死んだ。基地も失った。だが最後まで戦う」(ゼムブラ)
ファリウスが苦笑する。
「隊長らしいですね」(ファリウス)
「今さら逃げても行く場所がない」(ゼムブラ)
ゲレンスキも武器を握り直した。
「なら最後まで付き合いますよ」(ゲレンスキ)
ノーヴァも無言で頷いた。
――数分後――
壇之浦最後の防衛陣地。
パァン!
ファリウスが倒れる。
タタタタン!
ゲレンスキが胸を撃ち抜かれた。ノーヴァも続いて崩れ落ちる。残されたゼムブラは、血に濡れた軍刀を握ったまま立っていた。
遠くからコーカー達が迫る。ガジ達も見える。ゼムブラは小さく笑った。
「隊長」
アオトポヴォジュズの顔が脳裏を過る。
「申し訳ありません」
そう呟いた直後。銃声が響いた。
壇之浦海峡、燃え続ける残骸の向こうで、銃声は完全に途絶えていた。
「終わったな」(コーカー)
ガジは海峡を見つめた。多くの仲間が死んだ。タハもまだ生死不明だ。失ったものは大きい。だが――
「勝ったんだな……」(ガジ)
「さて、作業に戻るか…」(ガジ)
誰に言うでもなく呟く。潮風だけが返事をした。こうして、長く続いた壇之浦の戦いは終結した。
登場人物紹介
ガジ……GASTアイアン班副班長。
ルース……GASTアイアン班所属
ガレシック……GASTアイアン班所属
コーカー……特戦群第2中隊長
ゼンピー・ゼムブラ……マコンベリムト第3領海警備隊第10上陸小隊小隊長
デミアン・ファリウス……マコンベリムト第3領海警備隊第10上陸小隊・観測手
ティオ・ゲレンスキ……マコンベリムト第3領海警備隊上陸阻止大隊 101小隊所属
エイルゲ・ノーヴァ……マコンベリムト第3領海警備隊上陸阻止大隊 101小隊所属




