第219話 まだ、生きている
カラーノです。
佐賀関海軍基地内部は、さらに混乱を深めていました。先程まで激しかった敵の射撃は、確かに弱くなっています。ですが、それは敵が諦めた訳ではありません。むしろ逆でした。崩れ始めた戦線を無理矢理繋ぎ止めようとして、各所で小規模な抵抗が乱発しているのです。湿った通路の奥から、また敵の怒声が響きました。
「また何か叫んでるねぇ」(エルメス)
「今度は分かる?」(シャーク)
「いや、“通信”と“司令”と言っているのは分かった。」(BJ)
その時でした。パパッ――と、基地照明が数回点滅します。
「停電?」(カラーノ)
「違うな。電源系統が死に始めてる」(BJ)
その直後、無線へ別部隊から通信が飛び込みました。
『こちらスパーダ―班。通信棟外縁部へ到達』(ユノラフ)
『内部、かなり混乱してる。警備配置も穴だらけだ』(ユノラフ)
「来たか」(BJ)
シャークが小さく口笛を吹きました。
「敵さん、完全に手が回ってないねぇ」(シャーク)
『通信棟内部へ侵入する。以後、短通信へ移行』(カバナー)
通信が切れました。
「短いねぇ」(エルメス)
「長話する暇はないわ」(フロリアン)
その頃――基地通信管制室では、怒号が飛び交っていた。
「第七中継回線、完全断線!」
「西区画との通信繋がりません!」
「沿岸砲指揮所、応答消失!」
ステフェン・ブナ海軍少尉は、苛立ちを隠さず端末を叩いた。
「復旧を急げ! 司令区画との回線だけでも維持しろ!」(ブナ)
だが、通信兵達の顔には既に焦燥が浮かんでいた。モニターには大量のエラー表示。基地内各所の味方識別信号も、次々と消えていく。そして、その隣では、アルシャーイ・テルム曹長が静かに端末を見つめていた。
「……もう駄目です」(テルム)
「何だと?」(ブナ)
「敵は通信網の構造そのものを理解しています。応急復旧では追いつきません」(テルム)
テルムは、崩れ続ける認証ログを見つめたまま呟いた。
回線遮断、識別信号消失、内部認証の書き換え。どれも場当たり的な妨害ではない。こちらの通信構造を理解した上で、中枢から切り裂いている。
「敵電子戦部隊、相当高度です。こちらの認証網を逆利用しています」(テルム)
他の通信兵達の顔からも、既に余裕は消えていた。
誰もが理解し始めている。この基地は、“外から破壊されている”のではない。内部から、順番に殺されているのだと。
テルムは冷静だった。だからこそ、その声には絶望が混じっていた。
「敵電子戦部隊、相当高度です。こちらの認証網を逆利用しています」(テルム)
脳裏に浮かぶのは、先程から断続的に侵入を繰り返してくる“不気味な電子痕跡”。姿も見えない敵。だが確実に、自分達の中枢へ喰い込んできている。
「……後退を進言します」(テルム)
「馬鹿を言うな!」(ブナ)
ブナは怒鳴った。
「通信棟を失えば基地全体が死ぬ! ここを放棄する気か!?」(ブナ)
「既に半分死んでいます」(テルム)
空気が凍った。ブナの顔が引き攣る。その瞬間だった。照明が落ちた。
「っ!?」(ブナ)
一瞬の暗闇。次の瞬間――
パシュッ。
乾いた消音射撃音。
「が……っ」
通信兵の一人が、額から血を流して倒れた。
「敵襲! 敵襲!」(ブナ)
だが、敵は見えない。暗闇の奥。湿った通路の向こう。そこから、黒装備の隊員達が静かに現れた。
「制圧開始」(テレル)
パシュッ。
また一人倒れる。
「照明を戻せ! 防衛線を――」(ブナ)
ブナが叫びかけた瞬間。背後から伸びた腕が、その喉を掴んだ。
「……っ!?」(ブナ)
短刀が、一瞬で首筋を裂く。血飛沫が制御盤へ散った。ブナは声も出せないまま崩れ落ちる。
「班長、管制室制圧完了」(タック)
テルムは、小さく息を吐いた。
「……やはり来た…」(テルム)
逃げなかった。いや、逃げられないと理解していた。ハイエルフ特有の長耳が、小さく震える。
「でも、最期まで足掻く。……通信兵は、最後まで回線を守るものだから…」(テルム)
テルムは拳銃に手を伸ばす。その瞬間。
パシュッ。
消音弾が、テルムの胸を撃ち抜いた。彼女は端末へ寄り掛かるように崩れ落ちる。そして――基地通信網は、完全に沈黙した。
基地司令区画では、沈黙する端末が増え続けていた。
「第2沿岸重砲大隊、応答途絶!」
「通信管制班、西区画との回線断絶!」
怒号が飛び交う中でも、第3領海警備隊司令、アオシ・アオトポヴォジュズ海軍大佐は、椅子へ深く腰掛けたまま動かなかった。彼は、ゆっくりと作戦盤を見上げる。赤色表示ばかりだった。
沿岸砲兵大隊、海中即応隊、通信管制班etc…
既に複数区画が制圧されている。
「……予想以上だな」(アオトポヴォジュズ)
静かな声だった。だが、側近達の顔には焦燥が浮かんでいる。
「大佐、司令区画防衛隊を下げますか!?」(ロザ・ラックス海軍中佐)
「海中側へ撤退すべきです!」(ハル・ハッジ海軍中尉)
だが、アオトポヴォジュズは首を横へ振った。
「退けば、この基地は終わる」(アオトポヴォジュズ)
短い言葉だった。だが、その場にいた誰も反論できなかった。
既に沿岸砲兵大隊との連絡は途絶。海中即応隊も沈黙。通信管制班からの応答も弱まり始めている。それでも、司令区画だけは辛うじて機能していた。だからこそ、アオトポヴォジュズは席を立たない。司令官が退けば、その瞬間、第3領海警備隊は完全に瓦解する。それを、彼自身が誰より理解していた。
短い言葉だった。しかし、その一言で司令室は静まり返る。彼は理解していた。既に戦況は、防衛戦ではない。“基地機能を何分維持できるか”の段階へ入っている。
「まだ、私は生きている」(アオトポヴォジュズ)
副官のラックスが言葉を失う。アオトポヴォジュズは、ゆっくりと海図から視線を上げた。
「第3領海警備隊は、私が沈むまで終わらん」(アオトポヴォジュズ)
その瞳だけが、静かに燃えていた。
登場人物紹介
アオシ・アオトポヴォジュズ
種族・性別:人魚族の男性
所属・階級:海軍大佐、第3領海警備隊隊長
ロザ・ラックス
種族・性別:人魚族の女性
所属・階級:海軍中佐、第3領海警備隊副隊長
ハル・ハッジ
種族・性別:リザードマンの男性
所属・階級:海軍中尉、第3領海警備隊司令部所属
カラーノ……本作のヒロイン、GASTピットブル班所属
BJ……GASTピットブル班の班長
シャーク……GASTピットブル班の副班長
エルメス……GASTピットブル班所属、アメリカ人とのハーフ
フロリアン……GASTピットブル班所属、大柄で筋骨隆々な体格をしたオネェ
カバナー……GASTスパイダー班の班長
テレル……GASTスパイダー班の副班長
ユノラフ……GASTスパイダー班所属
タック……GASTスパイダー班所属
ステフェン・ブナ……第3領海警備隊・基地通信管制班長
アルシャーイ・テルム……基地通信管制班所属




