第215話 海を失う者達
基地中央制御棟では、警報音が絶え間なく鳴り響いていた。
「第三沿岸砲塔、制御応答なし!」
「冷却循環路圧力低下!」
「通信中継塔、外部回線断続!」
怒号が飛び交う中、第3領海警備隊第2沿岸重砲大隊長、マシャーム・ンテス海軍少佐は、濡れた軍帽を乱暴に脱ぎ捨てた。河童族特有の深緑色の皮膚には煤が付着し、右頬には破片で切れた傷跡が走っている。
「沿岸砲を止めるな。海側が崩れれば、この基地は終わるぞ」(ンテス)
「ですが、管制系統が――」
「手動へ切り替えろ!」(ンテス)
ンテスは若きオペレーターに怒鳴り返す。
「海軍は陸軍とは違う。海を失えば逃げ場はない。ここで止める」(ンテス)
その頃、基地地下区画では、第12海洋整備中隊主任技師、コルカ・オウェル海軍大尉が、循環制御盤へ半ば覆い被さるように端末操作を続けていた。長い銀髪は、湿気で肌へ張り付き、人魚族用義足の関節部からは、駆動湯が僅かに漏れている。
「第3ポンプ再起動! 海水濃度を維持して!」(オウェル)
「駄目です、制御が戻りません!」
若い整備兵の悲鳴に近い声へ、オウェルは苛立ちを隠さず振り返った。
「戻らないんじゃない、戻すの! この基地は海水循環が止まったら終わるのよ!」(オウェル)
彼女は理解していた。ここは単なる港ではない。水棲種が長時間陸上活動を行うための、“生命維持施設”そのものだった。循環塔停止は、そのまま基地機能停止へ直結する。
さらに海中側では、別の混乱が起きていた。
「海中ドックへ敵侵入反応!」
「上陸部隊です!」
報告を受け、第2中隊長ダフィット・トシュク海軍中尉は、静かに牙を剥いた。鯱型獣人族特有の大型体躯。濡れた黒色戦闘装備の下では、筋肉が獣のように隆起している。
「数は?」(トシュク)
「不明。ただ、地上部隊と連携しています」
「……陸の兵隊か」(トシュク)
トシュクは小さく鼻を鳴らした。
「ならば海へ引き摺り込め。我々の庭で戦わせろ」(トシュク)
背後では、水中戦装備を着用した海中即応隊員達が、無言で銛銃と短機関銃を確認していた。
その一方、基地通信管制室。
薄青色のモニターには、大量のエラー表示が浮かび上がっている。
「また回線が飛んだ!?」(ステフェン・ブナ海軍少尉)
※基地通信管制班長
「違います、内部認証を書き換えられてます!」
通信兵達が混乱する中、アルシャーイ・テルム海軍曹長は、表示盤を睨み続けていた。ハイエルフ特有の長耳が僅かに震える。
「……外部侵入ではありません」(テルム)
「何だど?」(ブナ)
「こちらの認証網を理解した上で潜っている。相手、相当慣れていますね」(テルム)
テルムは高速で端末を操作しながら、小さく息を吐いた。
「嫌な相手ね……」(テルム)
その瞬間だった。基地西側通路で爆発が起きる。
ドゴォン!!
照明が明滅し、天井配管から火花が散った。
「西区画接敵!」
「地上部隊侵入!」
怒号が飛び交う。
そして――暗い通路奥から、自衛隊員達が突入してきた。
先頭を走るBJ班長が、低く叫ぶ。
「止まるな! 通信棟を落とせ!」
その直後、双方の銃口が一斉に火を噴いた。
基地中央通路では、既に激しい銃撃戦が始まっていた。海兵達がコンテナ陰から応戦し、特戦群隊員達が低姿勢のまま突き進む。湿った通路へ薬莢が散乱し、海水混じりの床へ血が流れていく。
その最中だった。基地全域の照明が、一瞬だけ暗転する。
「――っ!?」(オウェル)
地下制御室の表示盤へ、大量の赤色警告が浮かび上がった。
《循環補助系統停止》
《外部通信網切断》
《沿岸砲管制遅延発生》
オウェルの表情から、初めて余裕が消える。
「まさか……中枢回線まで入られたの……?」(オウェル)
その頃、通信管制室でも、テルムが静かに顔を上げていた。
「……駄目ね」(テルム)
「テルム!?」(ブナ)
「相手、通信妨害じゃない。基地そのものを殺しに来てる」(テルム)
遠くで、再び爆発音が響く。
ドゴォォン!!
揺れる基地天井から、海水が雨のように降り注いだ。その光景を見上げながら、ンテス少佐はゆっくりと歯を食い縛る。
「……海を奪われるぞ」(ンテス)
佐賀関海軍基地は今、初めて“陥落”という現実へ直面し始めていた。
登場人物紹介
マシャーム・ンテス
種族・性別:河童族の男性
所属・階級:海軍少佐、第3領海警備隊 第2沿岸重砲大隊長
コルカ・オウェル
種族・性別:人魚族の女性
所属・階級:海軍大尉、第12海洋警備隊 主任技師
ダフィット・トシュク
種族・性別:鯱族の男性
所属・階級:海軍中尉、海中即応隊 海中戦闘大隊 第2中隊長
ステフェン・ブナ
種族・性別:エルフの男性
所属・階級:海軍少尉、基地通信管制班長
アルシャーイ・テルム
種族・性別:ハイエルフの女性
所属・階級:海軍曹長、基地通信管制班所属
BJ……GASTピットブル班班長
※グーリエ星に存在する種族
鯱族……鯱のような見た目と性能がある種族。水中での動きは人魚族をも凌ぐ。陸では専用の義足が必要。陸では20時間程しか活動出来ず、動きも鈍くなる。




