第210話 機械科歩兵戦
後方道路側から、エンジン音が接近してくる。一定速度を維持したまま、複数車両が統制された隊形で瓦礫地帯へ進入してくる。
ベリタテウが振り返る。
「第1小隊か……!」(ベリタテウ)
直後、先頭装甲車両のハッチが開く。第16機械科歩兵中隊長、ベン・ラキトゥス大尉が姿を見せる。暗視装置越しに戦場を一瞥したラキトゥスは、半壊した指揮通信車と横転しかけた後衛車両を見て、小さく眉を寄せる。
「……やられたな」(ラキトゥス)
しかし、その声音に焦りは無い。むしろ、ようやく敵の性質を理解したような冷静さがあった。
「全車両、探照灯を切れ。熱源探知へ切り替える。歩兵は不用意に固まるな。連中は隊列の隙間へ潜る」(ラキトゥス)
ラキトゥスの命令と同時に、第1小隊車列が即座に動き始めた。探照灯が一斉に消灯される。白色光へ頼っていた周囲の視界が消え、代わりに各車両の熱源探知装置が起動した。低い駆動音と共に、装甲車上部センサーがゆっくりと旋回を始める。
「車間距離維持! 歩兵は車両から離れるな! 熱源を単独で晒すな!」(ラキトゥス)
怒号ではない。だが、その指示は驚くほど正確だった。混乱しかけていた第2小隊歩兵達も、ラキトゥスの指示によって急速に隊形を立て直していく。瓦礫帯各所へ散っていた歩兵が、装甲車の死角を埋めるように再配置され始めた。
カバナーは高架下の暗闇から、その動きを静かに見ていた。
「……立て直してきたな」(カバナー)
「さっきまでとは動きが違う」(テレル)
「あれが隊長だな」(サカラ)
その間にも、第1小隊装甲車両は慎重に前進を続けていた。無理に突撃しない。だが、止まりもしない。熱源探知と歩兵索敵を組み合わせながら、少しずつ包囲幅を狭めてくる。ラキトゥスは半壊した指揮通信車脇へ降り立つと、ベリタテウへ短く尋ねた。
「敵規模は?」(ラキトゥス)
「推定7。特殊部隊です」(ベリタテウ)
「少ないな」(ラキトゥス)
「ですが、装甲狙いです。歩兵殺傷を優先していない」(ベリタテウ)
その報告を聞き、ラキトゥスは小さく息を吐いた。
「なるほど。機械化部隊の戦い方を理解している訳か」(ラキトゥス)
直後。
バシュッ――。
消音射撃。
最後尾車両の熱源センサーが撃ち抜かれ、火花を散らした。
「後方センサー損傷!」
「慌てるな! 車両停止させるな!」(ラキトゥス)
ラキトゥスは即座に怒鳴る。停止した瞬間、連中は履帯へ潜る。それを理解していた。停止した装甲車両は、市街地では巨大な棺桶に変わる。履帯へ爆薬を貼り付かれれば終わりだ。だからこそラキトゥスは、損傷してもなお車列を止めなかった。
だが、スパイダー班も簡単には止まらない。瓦礫陰へ伏せていたナルクンが、静かに対装甲弾を装填する。その隣では、ユノラフが周辺歩兵へ断続的な牽制射撃を続けていた。歩兵を倒すためではない。装甲車から引き離さないためだ。
「歩兵が車両へ張り付き始めた」(ユノラフ)
「厄介ですね」(サカラ)
「ああ、正しい対応だ」(カバナー)
カバナーは崩落した高架柱越しに、第1小隊先頭車両を見据える。カバナーは崩落した高架柱越しに、第1小隊先頭車両を見据える。装甲車両同士の間隔。歩兵配置。熱源探知の走査角度。どれも、市街地でGASTを狩るための動きへ変わっていた。
「少なくとも、馬鹿じゃない」(カバナー)
その瞬間、装甲車上部機銃が火を噴いた。重機関銃弾が高架支柱を削り取り、コンクリート片が爆発的に周囲へ降り注ぐ。さらに左右歩兵も同時に前進を開始し、少しずつ包囲幅を狭め始めた。
ラキトゥスは焦っていない。特殊部隊相手に無理な突撃は不要。逃げ道を削り、機動範囲を奪い、最後に押し潰す。それが機械化歩兵の戦い方だった。
「第1小隊は右翼を押し上げろ。第2小隊は左から回れ。装甲車は互いの死角を絶対に切るな」(ラキトゥス)
「了解!」
暗闇の中、複数の履帯音が再び動き始める。それを見たカバナーは、小さく笑った。
「面倒になったな。」(カバナー)
その直後だった。南側道路から、新たな銃声が響き始める。しかも一方向ではない。左右複数方向。
「増援だ!」(ベリタテウ)
瓦礫帯各所から、自衛隊側特殊部隊が同時に突入を開始する。
ピットブル班とアマゾネス班。さらに後方では、水陸機動団部隊が装甲車列へ向けて対装甲火器を展開し始めていた。
「くそっ、まだいるのか……!」(ベリタテウ)
直後、最後尾装甲車両の履帯へ対装甲弾が直撃する。爆炎が上がった。車体が大きく傾き、道路を塞ぐように停止した。それを見たラキトゥスは、静かに戦場全体を見渡す。
熱源探知は乱れ始めている。通信も不安定。さらに、市街地各所へ敵特殊部隊が浸透済み。ここで機械化歩兵を失えば、北九州基地防衛そのものへ支障が出る。
ラキトゥスは短く命じた。
「全隊後退。第1小隊は負傷車両を回収しろ。第2小隊は煙幕展開。これ以上、市街地へ戦力を拘束するな」(ラキトゥス)
「ですが――」(ベリタテウ)
「命令だ。連中の狙いは、我々をここへ縫い付ける事にある!」(ラキトゥス)
数秒後、市街地へ大量の重力霧が撃ち込まれる。霧が廃墟群を覆い隠し、その中を第16機械化歩兵中隊車列が徐々に後退し始めた。
カバナーは煙幕越しに、それを静かに見送る。追撃はしない。既に目的は達成されていた。
燃え上がる装甲車、破壊された指揮通信車、停止した進軍。ひとまず十分だった。
「さて、次だな」(カバナー)
登場人物紹介
カバナー……GASTスパイダー班の班長
テレル……GASTスパイダー班の副班長
サカラ……GASTスパイダー班所属
ユノラフ……GASTスパイダー班所属
ベン・ラキトゥス……第16機械化歩兵中隊長
ピピリ・ベリタテウ……第16機械化歩兵中隊・第2小隊長




