第207話 包囲戦
敵増援の中、数的不利を強いられるリッチ班、そしてスパイダー班。特に、4名で戦わねばならないリッチ班は、既に複数方向から包囲を受け始めていた。
立体駐車場周辺へ展開した機械化歩兵が、瓦礫帯を利用しながら少しずつ包囲圏を狭めていく。探照灯の白色光が崩落ビル群を舐めるように走り、熱源探知用ドローンが低空を旋回していた。さらに後方では、迫撃砲の再装填音が断続的に響いている。敵側も、既に単なる警戒戦闘ではなく、市街地掃討戦へ移行していた。
遠方で砲撃音が連続して響く。浪城大隊による前進砲撃だった。しかし、この位置へ到達するまでには、まだ時間が掛かる。アイブルは短く無線を確認した後、静かに言った。
「浪城大隊が動いた。それまで時間を稼ぐぞ」(アイブル)
「この人数でどうやって?」(ヒューム)
迫撃砲弾が近距離へ着弾し、瓦礫と粉塵が周囲へ吹き荒れる。敵歩兵達も、既に左右両方向から接近を開始していた。逃げ場は、確実に狭まっている。それでもアイブルは、照準器を覗いたまま低く言い切った。
「やるんだよ。ここ抜かれたら、浪城大隊が前へ出られん」(アイブル)
「っ……了解」(ヒューム)
「いいか、絶対に死ぬな。ここは死に場所じゃない」(アイブル)
「了解!」
一方、立体駐車場下では、第16機械科歩兵中隊側も包囲網完成へ動き始めていた。
マケマナは、タブレット端末上へ表示された熱源反応を見ながら、低く笑う。4つ。敵は少数。しかし、その少数が中隊規模の行動を乱している。だからこそ、確実に潰さなければならなかった。
「クーヨ、敵は何匹だ?」(ペイテル・マケマナ少尉)
―第16機械化歩兵中隊 第3小隊長―
「4匹かと」(クーヨ)
「4匹なら丁度良い。カラカボンよ、情報偵察支隊で敵4匹を屠れ。1人1匹ずつだ。ハウリーは、後方の敵を探れ。」(マケマナ)
「了解」(シミィ・カラカボン伍長)
―第16機械化歩兵中隊・第3小隊・情報偵察支隊長―
「了解!」(ニーデル・ハウリー上等兵)
―第16機械化歩兵中隊・第3小隊・情報偵察支隊所属―
暗闇の中で、数名の兵士が即座に動き始める。彼らは通常歩兵ではない。熱源探知装置と短機関銃を装備した、対特殊部隊に相当するの索敵兵だった。
マケマナは再び前方廃墟群へ視線を向ける。
「クーヨ、お前達は砲撃を続けろ。あそこに民はおらん。外れても威嚇になる。」(マケマナ)
クーヨは即座に振り返った。
「了解。砲撃再開!」(クーヨ)
その直後、再び迫撃砲の射出音が、南区の旧住宅街へ響き始めた。
迫撃砲弾の着弾音が遠方で響く中、カラカボンは崩落した商業ビル外壁へ身体を寄せながら、静かに周囲を観察していた。暗視装置には、熱源反応が断続的に映る。しかし敵は移動を止めない。撃った直後には既に別位置へ移っている。
「……慣れてるな」(カラカボン)
「普通の歩兵じゃありませんね」(マーク・ムーア兵士長)
「だから俺達が出てる」(カラカボン)
カラカボンは瓦礫地帯へ視線を向ける。
敵は4匹。だが、その4匹だけで中隊行動を遅延させている。だからこそ危険だった。
「…来る!」(アイブル)
「総員、散開!」(アイブル)
只ならぬ気配に気づいたアイブルは、即座に命令を下した。そこに現れたのは4体の影。種族はバラバラだったが、相当な手練れである事は分かった。
上空から羽ばたき音に、ヒュームが頭上を見上げる。暗闇の中を、2つの熱源反応が滑空していた。
「上だ!」(ヒューム)
次の瞬間、天使族2体が瓦礫地帯へ降下射撃を開始する。自動小銃の曳光弾が斜め上方から降り注ぎ、ヒュームの左腕を捕えた。
「ぐわあああああ」(ヒューム)
ヒュームの左肘から下が千切れ、ヒュームは激痛に顔を歪める。
「ヒューム!」(アイブル)
「(急いで止血を…)」(ヒューム)
「やっほう! まずは1匹!」(ケン・ウガーリッヒ一等兵)
隻腕となったヒュームにとどめを刺すべく銃口を向ける。
「させるかよ!」(ハレック)
タタタタン!
ハレックの銃撃がケン・ウガーリッヒの羽を捉えた。
「ふん、これくらいなんだってんだ!」(ケン・ウガーリッヒ)
「馬鹿、距離を取れ!」(カズ・ウガーリッヒ一等兵)
双子の兄、カズ・ウガーリッヒがケンの腕を掴み、上空へ引き上げる。ヒュームは瓦礫の陰に隠れ、止血を急ぐ。
アイブルは瓦礫越しにヒュームを一瞥する。左腕は既に肘から先を失っていた。止血帯を巻いてはいるが、まともに小銃を扱える状態ではない。実質、戦闘可能人数は3人。しかも敵は、有翼種を含めた立体包囲を完成させつつあった。
「よそ見してるなよ!」(カラカボン)
カラカボンは軍刀を抜き、アイブルに飛び掛かる。アイブルは、それを銃剣で受け止めた。
「部下の心配ぐらいさせろや…」(アイブル)
「戦場で仲間を気にした瞬間、死ぬぞ」(カラカボン)
金属同士が激突する高音が響く。カラカボンの軍刀が、アイブルの銃剣を押し込むように斬り下ろされた。ヒョウ型獣人特有の瞬発力は凄まじく、一撃毎に体勢を崩されそうになる。アイブルは瓦礫を蹴りながら後退し、無理に打ち合わず距離を取った。その頭上を、再び羽ばたき音が通過する。
「上だ!」(ハレック)
直後、双子の天使族が再度降下を開始した。空中からの斜角射撃が瓦礫帯へ降り注ぎ、コンクリート片が周囲へ弾け飛ぶ。ハウフは咄嗟に物陰へ滑り込みながら、短く舌打ちした。
「くそっ、撃つ瞬間しか止まらない……」(ハウフ)
有翼種相手の夜戦は厄介だった。特に天使族は、飛行速度も旋回性能も高い。発砲時こそ速度が落ちるものの、その瞬間を夜間戦闘で正確に捉えるのは容易ではなかった。その間にも、ムーアが瓦礫帯を回り込み始める。
「右へ回る! 挟み込め!」(ムーア)
「ハレック、右を止めろ!」(アイブル)
「了解!」
ハレックの射撃が瓦礫を砕く。しかしムーアは身を低くしたまま接近を止めない。完全に連携されていた。
空から天使族が圧力を掛け、地上部隊が包囲を縮める。しかも後方では、迫撃砲が断続的に着弾を続けている。逃げ場は、確実に消えつつあった。
瓦礫陰では、ヒュームが歯を食いしばりながら止血帯を締め上げていた。左腕の激痛で視界が霞む。それでも、右手だけで拳銃を握り直す。その時だった。
瓦礫の隙間から、ムーアの姿が見えた。
「1匹潰したと思ったが、まだ生きて――」(ムーア)
ムーアが言い終わる前に、ヒュームは拳銃の引き金を引いていた。
バンッ――。
9mm弾がムーアの喉元を撃ち抜く。
ムーアは何が起きたのか理解できないまま後退し、そのまま瓦礫上へ崩れ落ちた。
「ムーア!」(カラカボン)
一瞬だけ、敵側の動きが止まる。ヒュームは荒い呼吸のまま、血塗れの拳銃を握り続けていた。
「……まだ、終わってねぇぞ」(ヒューム)
しかし、状況そのものは好転していない。上空では、双子の天使族が再び旋回へ入っていた。
「まだ2枚飛んでる……」(ハウフ)
「地上は3対3。だが、空を押さえられてる限り不利だ」(アイブル)
カラカボンは倒れたムーアを一瞥した後、静かに軍刀を構え直す。
「……舐めたな。あの負傷兵、まだ戦意を失っていない」(カラカボン)
その直後だった。
バシュッ――。
乾いた消音射撃音が、市街地上空へ響く。
旋回していたケン・ウガーリッヒの身体が、不自然に傾いた。
「なっ――」
右翼を7.62mm弾が貫通し、鮮血が夜空へ散る。ケンは慌てて姿勢を立て直そうとするが、高度維持が追い付かない。
「狙撃だ! 高度を取れ!」(カズ)
カズが叫ぶ。しかし次弾は、それより早かった。
バシュッ――。
今度は後方監視ドローンが空中で火花を散らし、そのまま崩落ビル群へ墜落する。
アイブルは瓦礫陰から遠方を見た。敵ではない。この距離、この精度、この射線管理。見間違えるはずがなかった。
「……セイレーン班か」(アイブル)
数百メートル後方の高層廃墟群。ここは既に、複数の狙撃発射炎が断続的に瞬いていた。有翼種を落とせる狙撃手が到着したことで、ようやく戦場の均衡が崩れ始める。
登場人物紹介
第16機械化歩兵中隊・第3小隊・情報偵察支隊
シミィ・カラカボン伍長……ヒョウ型獣人族の男性
マーク・ムーア兵士長……ヒト族の男性。ヒュームに討たれる
ニーデル・ハウリー上等兵……鷹型鳥人族の男性、別行動
カズ・ウガーリッヒ一等兵……天使族の男性、双子の兄
ケン・ウガーリッヒ一等兵……天使族の男性、双子の弟
GASTリッチ班
アイブル……副班長
ヒューム……ケンの砲撃を受け、隻腕になってしまう
ハレック
ハウフ
ペイテル・マケマナ……第16機械化歩兵中隊・第3小隊長、エルフの男性
アラファル・クーヨ……第16機械科歩兵中隊・中隊火器支援分隊長




