第203話 焼け残った名札
「知ってる場所ですか?」(カラーノ)
私が小声で尋ねると、BJ班長は視線を外さないまま答えました。
「何でもない…」(BJ)
そう答える班長ですが、その声は、いつもより少し低かった。浪城二佐達は既に前へ進んでいます。ですがBJ班長だけは、その場から動こうとしません。
瓦礫の隙間、焼け残った遊具、崩れた窓枠。その全部を確認するように、BJ班長は静かに目を動かしていました。
「……班長?」(カラーノ)
「進もう」(BJ)
「いや、もう夜だ。ここで野営をする。総員、周囲に敵がいないか警戒!」(ビービ)
「建物の中に敵がいないか見てくる。ハウフ、着いて来い」(アイブル)
「了解」(ハウフ)
第一空挺団側も周囲警戒へ散開し始めました。既に日没が近い。小倉市街地は、赤黒い夕闇へ沈み始めています。
「夜間戦闘になるかもねぇ」(フロリアン)
「むしろ、向こうの方が慣れてるだろ」(秋口)
秋口曹長が崩れた建物群を睨みました。確かに、この街はもう敵の縄張りです。監視塔、巡回灯、異星文字の警報表示。昼間ですら監視網が張り巡らされていた以上、夜になれば、更に敵有利になる可能性があります。私は改めて周囲を見回しました。
ひまわり園。
古びた看板は半分焼け落ち、外壁には弾痕が残っています。ですが、完全に崩壊している訳ではありませんでした。中庭らしき場所には、倒れた滑り台や、焦げたブランコも残っています。
「……子どもの施設、だったんでしょうか」(カラーノ)
私が呟くと、BJ班長は短く答えました。
「児童養護施設だ」(BJ)
その言葉に、私は思わず班長を見ます。ですがBJ班長は、それ以上何も言いませんでした。
その時です。
「クリア。少なくとも一階に敵影なし」(ハウフ)
建物内を確認していたアイブルさんとハウフさんが戻ってきます。
「地下室のようなものがあった。途中で崩落しているが、奥に生活痕みたいなのがあった。最近のではないな。」(アイブル)
BJ班長の目が僅かに動きました。
「案内しろ」(BJ)
私達は、崩れた廊下を進みます。
「奥の階段は崩れてる。右側から回れ」(BJ)
「……知ってるの?」(シャーク)
「昔の建物は、大体こういう造りだ」(BJ)
壁には、色褪せた動物の絵、焼け焦げた掲示板、天井には黒い煤跡。戦争の痕跡だけが、そこに残っていました。その途中、BJ班長が不意に足を止めます。
崩れた部屋の片隅、焼け残った木箱の中に、小さな名札が落ちていました。泥と煤で汚れていましたが、文字だけは辛うじて読めます。
ハウフさんが屈み込み、それを拾い上げます。
「……子どもの名札か?」
煤を指で払う。そこに刻まれていた文字は、半分焦げながらも辛うじて読めました。
――鯉頭 颯馬
「誰かの名前ですね」(カラーノ)
私が呟くと、その瞬間だけ、BJ班長の動きが止まりました。ですが班長は、すぐ無表情へ戻ります。
「放っておけ」(BJ)
短く言い捨て、そのまま奥へ進もうとする。けれど私は見逃しませんでした。名札を見た時、BJ班長の右手が、僅かに震えていたことを。
「地下室というよりは、開いた穴を利用したという感じだったね。」(シャーク)
「ああ……避難場所代わりに使われていたのかもしれん」(BJ)
「でも、人の気配はしなかった。逃げたか、殺されたか…」(シャーク)
BJ班長は何も言いません。ですが、なんとなく感じ取ることが出来ます。BJ班長は、この場所と何か関係があるのだと。
「周辺に敵はいねぇ。俺達が夜間の哨戒をする。お前等は休め」(浪城)
「そうさせて貰うわ」(ビービ)
「私達はドローンを警戒するわ。ここから少し離れる。」(ローレライ)
「了解」(ビービ)
セイレーン班の皆さんは、闇に消えていきました。
野営準備が始まると、各班もそれぞれ持ち場へ散っていきました。
「ビービ班長、また隊員口説いてる……」(スライス)
「違うわよ。私は“将来の旦那候補”を探してるだけ」(ビービ)
「四十路でそれ言うと重いんですよ……」(スライス)
ビービ班長は何をしているのでしょうか…。
フロリアンさんは瓦礫へ腰掛けながら携行食を齧り、秋口曹長は暗視装置を調整しています。そんな中、カバナー班長だけは妙に落ち着いていました。
「キーラ、少し付き合え」(カバナー)
「……また?」(キーラ)
「嫌なら断れ」(BJ)
「別に嫌じゃないです」(キーラ)
そう言って、キーラさんはカバナー班長の後を追います。キーラさんとは、久しぶりだったので少しお話をしたかったのですが…。私は何となく気になってしまい、その後を追いかけました。
そして――。
私は思わず足を止めました。暗がりの中、カバナー班長とキーラさんが密着しています。その距離感は、どう見ても普通ではありませんでした。
「(チウじゃぁあああ! おなご同士でチウをしておるぞー!)」(カラーノ)
すみません、取り乱しました。
キーラさん、男性が好きと言っていたじゃないですか。やっぱり、女性が好きなのでしょうか。2人とも情熱的に貪り合っています。
「あ、あわわわ…」(カラーノ)
思わず声が出てしまいました。2人に気付かれます。
「何だお前、女同士のS○Xに興味あるのか?」(カバナー)
カバナー班長に壁ドン、顎クイをされる私。ついに貞操の危機が迫ってきました。
「ななななな、ないですぅ~、私は男の子が好きです…」(カラーノ)
「そうか、それは残念だ」(カバナー)
そう言ってカバナー班長は去っていきました。
「あの人、レズビアンなのよ。相手を探すのが大変だってね」(キーラ)
キーラさんが教えてくれいました。カバナー班長にそんな一面が。そこで理解のあるキーラさんがお相手にと……キーラさんも自由な人ですよね。
ふと、隼人の事を思い出しました。今頃何しているんだろう…久しぶりに会いたくなりました。ですが、そんな感傷に浸っている暇はありません。
市街地奥で、低い駆動音が響きます。重機とも違う、装甲車両のような低音。
「……来る」(カラーノ)
私達は急いで装備を整えました。
登場人物紹介
カラーノ……本編のヒロイン
BJ……GASTピットブル班の班長
フロリアン……GASTピットブル班所属
ビービ……GASTアマゾネス班の班長
スライス……GASTアマゾネス班の副班長
アイブル……GASTリッチ班の副班長
ハウフ……GASTリッチ班所属
秋口 将光……第1水陸機動連隊第1中隊所属
カバナー……GASTスパイダー班の班長。実はレズビアン
キーラ……GASTアマゾネス班所属




