第196話 沈黙する砲座
カラーノです。
照準の先で、敵兵が弾薬箱を抱えたまま岩陰へ滑り込みます。補給路はまだ生きています。対空火器も沈黙していません。私は、ガーツさんと共に敵の補給路を断つべく動き出しました。
「お前は右側の搬送役を討て!」(ガーツ)
「了解。3秒後、合わせます」(カラーノ)
私は呼吸を整えます。敵の砲座は強固です。護衛もいる。ですが、動かしているのは結局“人”です。弾薬を運び、冷却材を交換し、射撃位置を維持する個体がいる限り、砲は止まりません。ならば、その流れを止めます。
パァン!
ガーツさんの狙撃と、私の射撃がほぼ同時に響きました。
弾薬箱を抱えていた敵兵が崩れ落ちます。直後、後方の別個体が駆け寄ろうとした瞬間、再びガーツさんが撃ち抜きました。
「止まった?」(エルメス)
「いや、止まってないわねぇ」(フロリアン)
フロリアンさんの言う通りでした。敵はすぐ次を出してきます。ですが、先ほどまでとは違います。動きに迷いがあります。補給役と護衛役の連携が崩れ始めています。
「効いてます」(カラーノ)
「当然だ。砲なんざ、弾を運ぶ奴が死ねば止まる」(BJ)
その瞬間、対空火器が再び発砲しました。ですが、先ほどまでより明らかに間隔が長い。岩肌を削る高初速弾も、微妙に着弾が流れています。
「冷却交換が遅れてるな」(秋口)
秋口曹長が即座に見抜きました。
「連射落ちたな。回ってねぇぞ」(秋口)
私は再びスコープを覗き込みます。
砲座後方、冷却ユニット横、護衛射手のさらに奥。怒鳴っている個体がいました。
「止めるな! 前へ運べ!」
護衛兵へ指示を飛ばし、自ら補給路へ人員を回している。後方へ下がっていません。前線を維持するため、自分で立て直そうとしている。
「……指揮官でしょうか」(カラーノ)
「さあな」(ガーツ)
その直後です。海側から銃声が重なりました。
タタタン!
「右だ!」(蛭子)
「海側、接近!」(壱岐)
濡れた岩肌を使い、敵兵が低姿勢で接近してきます。人魚でした。その先頭にいた個体が、岩陰から身を乗り出しました。
「101、止めろ! 砲座へ近付かせるな!」(トリネイカ)
疲労が滲んだ声でした。ですが、崩れてはいません。消耗しながらも、まだ前へ出てくる。
秋口曹長が低く吐き捨てます。
「しつこい連中だ」(秋口)
「でも限界は近いわ!」(フロリアン)
実際、敵の射撃密度は落ちています。補給が詰まり始めている。対空火器も連射できていない。敵はまだ戦っています。ですが、“維持”が崩れ始めていました。
その時でした。対空火器後方で、突然爆発が起きます。弾薬箱が吹き飛び、周囲の敵兵が岩場へ叩き付けられました。
「ヒット!」(ガーツ)
軽い声とは裏腹に、狙撃は正確でした。補給路が止まった。その瞬間、対空火器の発砲も、完全に途切れます。
BJ班長が即座に前へ出ました。
「押すぞ! 今だ!」(BJ)
水機団も同時に動きます。止まれば撃たれる。だから、止まらない。岩場全体の流れが、一気にこちら側へ傾き始めていました。
「少尉! 砲座が――!」(ゲレンスキ)
対空火器の発砲が止まっていた。岩場に、不自然な静寂が落ちる。トリネイカは一瞬だけ目を細めた。
「……後退準備だ」(トリネイカ)
「少尉!」(ゲレンスキ)
「戦線はもう保たん。だが、まだ時間は稼げる」(トリネイカ)
彼はライフルを構え直した。岩陰の向こうでは、既に敵が前へ出ている。止まらない。あの動きは、勝つ側の前進だった。
補給線が切られた。砲座は沈黙した。岩場の制圧火力は消えた。なら、この戦線はもう保たない。
「後退しろ、ゲレンスキ」(トリネイカ)
「ですが少尉――」(ゲレンスキ)
「行け!」(トリネイカ)
短く言って、彼は再びライフルを構えた。岩陰の向こうでは、既に敵が前へ出ている。――止まらない。
あの動きは、勝つ側の前進だった。トリネイカは照準を合わせる。そして引き金を引いた。
タタタタン!
次の瞬間、複数の銃声が重なった。
岩場後方、第3領海警備隊上陸阻止大隊臨時指揮所。
空気は、既に敗残兵のものだった。通信卓では怒号が飛び交い、損傷した機器から断続的なノイズが漏れている。海上阻止隊との回線は途絶。対空支援分隊も沈黙したまま応答しない。
シュノン・メンケント海軍大尉は、損害報告へ静かに視線を落とした。
第100小隊、通信断。
第101小隊、戦闘継続不能。
対空支援分隊、壊滅。
数字だけ見れば、もう答えは出ている。
「……少佐」(メンケント)
彼女は顔を上げた。
「戦線は維持不能です。後続部隊へ防衛線を引き渡し、本大隊は後退するべきです」(メンケント)
ですが、サプデイビスは机を叩いた。
「撤退だと!?」(サプデイビス)
唾を飛ばす怒声が、狭い指揮所へ響く。
「まだ戦える! 海側部隊も残っている!」(サプデイビス)
「101小隊との通信は既に――」(メンケント)
「黙れ!」(サプデイビス)
メンケントの頬を叩く。彼女は尻もちをつく。
「敵は消耗している! ここで押し返せばいいだけだ!」(サプデイビス)
メンケントは反論しない。その必要がないからだ。
押し返せない。
既に敵は岩場地帯を突破しつつある。対空火器も失った。海側の阻止線も崩壊した。それでもサプデイビスは、“敗北”を認めていない。いや、認められない。
「……(また始まった。感情で当たってもどうしようもないのに…)」(メンケント)
彼女は淡々と続けた。
「現戦力では、敵前線を停止できません。このままでは大隊そのものを失います」(メンケント)
「臆病者め……!」(サプデイビス)
サプデイビスは彼女を睨み付けた。
「貴様らが止められなかったからこうなったんだ! 責任を取る気か!?」(サプデイビス)
その瞬間だった。
指揮所入口の空気が変わる。誰かが入ってきた。重い軍靴の音、それだけで、室内の兵士達が沈黙した。メンケントだけが、ゆっくり視線を向ける。
純白の軍装、濡れた外套、肩章はサプデイビスより上。サプデイビスが顔を強張らせる。
「な、何故ここに――」
男は、サプデイビスの首を軍刀で刎ねた。サプデイビスの身体が崩れ落ちた。頸部から流れた血が、床へ静かに広がっていく。上級士官は、死体を一瞥した。
「見苦しい」
低い声だった。感情はない。ただ、不要物を処分しただけの声だった。やがてその視線が、メンケントへ向く。
「状況は?」
短い問い。メンケントは即座に答えた。
「防衛線崩壊。対空支援分隊壊滅。海上阻止隊は戦闘不能と判断します」(メンケント)
「撤退可能戦力は?」
「3割以下です」(メンケント)
上級士官は数秒だけ沈黙した。そして静かに告げる。
「後退しろ。ここから先は後続へ引き継ぐ」
メンケントは短く敬礼した。その横で、サプデイビスの血だけが、まだ床を流れ続けていた。
上級士官は、ゆっくりタブレットのマップを眺めた。
岩場地帯、対空支援分隊壊滅、上陸阻止失敗。だが、視線はその先へ向いている。既に次の防衛線が表示されていた。
「上陸は想定の範囲内だ」
誰へ言うでもなく、男は呟く。
「問題は、ここから先だ」
外では、まだ銃声が続いていた。
登場人物紹介
カラーノ……本作のヒロイン
BJ……GASTピットブル班の班長
フロリアン……GASTピットブル班所属
エルメス……GASTピットブル班所属
ガーツ……GASTピットブル班所属。狙撃には自信あり
秋口 将光……水機団所属
蛭子 覚司……47普連所属
壱岐 巽……47普連所属
ピオトル・トリネイカ……第101上陸阻止小隊長
ティオ・ゲレンスキ……トリネイカを支える軍曹
ジャッパー・サプデイビス……第3領海警備隊上陸阻止大隊長
シュノン・メンケント……サプデイビスの副官




