第195話 射線再構築
カラーノです。岩場の空気が変わっています。先ほどまでは、敵の射撃を避けながら前へ出る戦闘でした。ですが今は違います。敵はこちらを止める位置を理解し始めています。射線が整理され、対空火器の砲撃も、こちらの移動に合わせてずれてくる。
「射撃統制が戻っています」(カラーノ)
前方の岩肌が抉れました。爆発ではありません。高初速弾が岩そのものを削り飛ばしています。砕けた破片が、散弾のように周囲へ降り注ぎました。
「頭下げろ!」(秋口)
直後、私の頭上を破片が通過します。岩陰へ伏せたエルメスさんの肩を、小さな破片が掠めました。
「っいったぁ……!」(エルメス)
「掠っただけよ。動けるでしょ?」(フロリアン)
「優しくないなぁ……」(エルメス)
ですが、その声に余裕は残っています。止まってはいません。BJ班長は岩場の縁から一瞬だけ顔を出し、即座に引っ込めました。次の瞬間、その位置へ敵弾が集中します。
「見られてる。射線管理まで戻してきたか」(BJ)
「観測役が生きています」(カラーノ)
「だろうな。連携を戻してきた。厄介な流れだ」(BJ)
敵は学習しています。こちらの移動を見て、火力を流している。場当たり的な迎撃ではありません。
その時です。岩場右側を進んでいた47普連の1人が、低く叫びました。
「後方、突破された!」(壱岐巽:三等陸曹)
直後、銃声が近距離で重なります。
タタタン!
乾いた音でした。距離が近い。
「海側だ!」(楽)
「回り込んできてる!」(堂ヶ原炉有:三等陸曹)
私は照準を右へ振りました。岩陰の向こう、濡れた岩肌を使って接近してくる敵影が見えます。海水で装備を濡らしたまま、低姿勢で移動している。
「……っ」(カラーノ)
それと同時に、岩陰へ伏せていた47普連隊員の一人が、首元から血を流したまま動かない。さらに奥でも、別の隊員が岩へ崩れ落ちていました。
秋口曹長が小さく舌打ちしました。
「背後を突きに来たか。諦めてなかったな」(秋口)
敵先頭の人魚族が、岩陰へ身体を滑り込ませます。その動きに無駄がありません。消耗している。ですが、崩れてはいない。
「101小隊、前へ出ろ! 岩場に張り付かせるな!」(トリネイカ)
怒鳴り声が響きました。
「少尉、左が抜かれます!」(ゲレンスキ)
「抜かせるな! 一秒でも止めろ!」(トリネイカ)
その声に、私は思わず照準を向けます。
岩場中央。人魚族の敵兵が、自ら前へ出ていました。後方ではなく、前線にいる。部下を押し出しているのではありません。自分で射線を管理しています。
「……現場指揮型ですね」(カラーノ)
「だから厄介なんだよ」(秋口)
その瞬間、対空火器が再び発砲しました。轟音より先に、岩が消えます。
「伏せろ!」(BJ)
高初速弾が岩壁を削り取り、シャークさんが腕を引き戻しました。
「チッ、引っ掛け先が消えた!」(シャーク)
砕けた岩盤が崩れ落ちます。数秒前まで、グラップル・ワイヤーを撃ち込んでいた場所でした。
「迂回する!」(秋口)
秋口曹長は即座に怒鳴りました。
「だが長くは持たん! 行くぞ!」(秋口)
BJ班長が低く笑います。
「いい判断だ、水機団」
そして前へ出ました。岩陰から岩陰へ。敵の射線が流れるより先に移動する。止まれば削られる。だから止まらない。
「ガーツ、カラーノ!」(BJ)
「はい!」(ガーツ、カラーノ)
「補給路を撃て。砲座は後だ。まず“動かしてる奴”を止める」(BJ)
「了解」(ガーツ、カラーノ)
私は照準を下げます。砲座右下。弾薬搬送路。冷却ユニット交換要員。そこだけ、人の流れが途切れていません。敵も理解しています。この砲を止めれば、こちらが押し込んでくる。だから守っている。ならば――そこを断ちます。
私は呼吸を整え、引き金へ指をかけました。
登場人物紹介
壱岐 巽
生年月日:1996年2月21日 / 出身:広島県
階級:三等陸曹 / 所属:47普連2中隊
堂ヶ原 炉有
生年月日:1991年3月11日 / 出身:香川県
階級:三等陸曹 / 所属:第1水陸機動連隊第1中隊
カラーノ……本作のヒロイン
BJ……GASTピットブル班班長
シャーク……GASTピットブル班の副班長
フロリアン……GASTピットブル班所属
エルメス……GASTピットブル班所属
ガーツ……GASTピットブル班所属
秋口 将光……第1水陸機動連隊第1中隊所属
楽 慎司……第1水陸機動連隊第1中隊所属
ピオトル・トリネイカ……第3領海警備隊上陸阻止大隊101小隊長
ティオ・ゲレンスキ……トリネイカを支える軍曹




