第193話 崩れた阻止戦
銃声の質が、変わっています。先ほどまでは押し返される音でした。ですが今聞こえているのは違います。間を詰めた制圧射撃。敵が立て直しに入っています。ただし、統制は揃っていません。私は照準を前方に固定したまま、周囲の動きを拾います。
水機団はすでに右側面に展開しています。負傷者を含んでいるはずですが、配置に遅れはありません。射線の取り方も、間合いの詰め方も、無駄がない。
「敵、射界を再構築中です」(カラーノ)
「遅いな。いや、噛み合ってないんだな。命令が下りきってない」(BJ)
その言葉で、状況が整理されました。敵は崩れてはいません。ただ、統制が取れていない。
「スパイダー班、前へ。敵配置を洗い出せ。セイレーンとフォックスは上を押さえろ。ピットブルと水機団は予定通り右から対空を叩く」(ビービ)
「了解」(カバナー)
「了解した」(BJ)
「問題ない」(秋口)
私は地図と現実のズレを再確認します。構造は不完全です。ですが、通路は生きています。このまま押し込めば、対空装備の射界に入れる。
「維持可能時間、延びています」(カラーノ)
「なら押す。ここで止まる理由はない」(ビービ)
全員が動き出します。その瞬間、前方の射撃が一段階、密度を上げました。
ジャッパー・サプデイビス海軍少佐は、双眼鏡を下ろした。苛立ちを隠していない。上陸を――許した。それが全てだった。
「どこで抜かれた」
問いではない。確認でもない。責任の所在を探るための言葉だった。副官は即答できない。沈黙が、現場の崩れをそのまま示していた。
「海上の阻止線は機能していたはずです。ですが、敵は……」(シュノン・メンケント海軍大尉)
「“はず”で話すな!」(サプデイビス)
「機能していないから、こうなっている!」(サプデイビス)
「……誰だ、通したのは?」(サプデイビス)
副官は答えられない。誰か1人の責任ではないからだ。
視線の先では、既に敵が陸上に散開している。点ではない。線になりつつあった。それが何を意味するか、サプデイビスは理解している。一度作られた“線”は、簡単には消えない。
ピオトル・トリネイカ少尉は、岩陰に身体を押し付けたまま、呼吸を整えていた。潮ではない。血の匂いが混じっている。
「第101小隊、残存は?」(トリネイカ)
「……半数以下です」(ティオ・ゲレンスキ海軍軍曹)
短い報告だった。言い換えれば、それ以上は数えたくないということだ。トリネイカは舌打ちを飲み込んだ。海はもう、守る場所ではない。突破された。押し切られた。事実はそれだけだ。それでも上からは“阻止しろ”と来る。
「少尉、陸に上がった敵が――」(ゲレンスキ)
「分かってる」(トリネイカ)
言葉を被せる。
「見えてる」(トリネイカ)
岩場の上、既に敵が展開している。無駄がない。迷いもない。あれは、ただの上陸部隊ではない。
「……精鋭だな」(トリネイカ)
誰に言うでもなく呟く。部下が、わずかに沈黙した。
「本部は、こちらの対応遅延を問題視しています」(エイルゲ・ノーヴァ海軍上等兵)
「だろうな」(トリネイカ)
乾いた声で返す。
「遅れてるんじゃない。潰されてるんだ」(トリネイカ)
彼は一瞬だけ照準を外し、陸の展開を見た。
「……あれは“押してる側”の動きだ」(トリネイカ)
その違いを、上は理解しない。トリネイカはライフルを持ち直した。
「いいか。阻止はもう無理だ」(トリネイカ)
誰も反論しない。
「だが、削ることはできる。上に“やっている”と思わせる程度にはな」(トリネイカ)
それは命令だった。同時に、現実的な線引きでもあった。
トリネイカは濡れた岩肌へ身体を押し付けた。数分前まで海上阻止線にいた部隊は、今や自分達自身が岩場へ上がっている。海はもう、守る場所ではない。突破された。押し切られた。事実はそれだけだ。
カラーノです。敵の射撃は正確ではありません。ですが、意図は明確です。敵の射撃は粗い。しかし、止まりません。意図は明確です。統制は崩れているが、前線は粘っている。
「削りに来ています」(カラーノ)
「止める気はない。時間を奪う気だ」(ビービ)
「だが、その分“穴”も増える」(BJ)
私は一度だけ呼吸を整えます。構造は不完全です。人員も欠けています。ですが、繋がっています。水機団が加わったことで、線は維持されています。
ならば、押せます。
「進行、可能です」(カラーノ)
「進め。対空を潰す」(ビービ)
私は照準を固定します。岩陰の縁、わずかに露出した肩。引き金を引きました。乾いた反動、標的が崩れます。ですが、すぐに次が出てきます。位置が甘く、連携もない。統制が取れていない証拠です。
敵は崩れていません。ですが、揃ってもいません。上と前線が、噛み合っていない。だからこそ――押せます。
私は照準を一段上へ移しました。敵の射線の外側。――そこが、突破口です。
タタタン!
銃声が重なります。今度の音は、明確でした。私達が押し込む音です。
登場人物紹介
ジャッパー・サプデイビス
種族・性別:ラミア族の男性
所属・階級:海軍少佐、第3領海警備隊上陸阻止大隊長
シュノン・メンケント
種族・性別:ハーフエルフの女性
所属・階級:海軍大尉、第3領海警備隊上陸阻止大隊
備考:サプデイビスの副官。他責思考のサプデイビスにウンザリしている
ピオトル・トリネイカ
種族・性別:人魚族の男性
所属・階級:海軍少尉、第3領海警備隊上陸阻止大隊、第101小隊長
ティオ・ゲレンスキ
種族・性別:リザードマンの男性
所属・階級:海軍軍曹、第3領海警備隊上陸阻止大隊 第101小隊
エイルゲ・ノーヴァ
種族・性別:人魚族の男性
所属・階級:海軍上等兵、第3領海警備隊上陸阻止大隊 第101小隊
カラーノ……本作のヒロイン
BJ……GASTピットブル班班長
ビービ……GASTアマゾネス班班長
カバナー……GASTスパイダー班班長
秋口 将光……水陸機動連隊第1中隊所属




