第188話 成功率3割の意味
カラーノです。まだこのコードネームには慣れません。ですがそれよりも、私はGASTの判断の速さに着いて行けていない事を痛感しました。
目の前では、アイアン班と第7施設群が連携し、橋の残骸に足場を組み上げています。ここは単なる通路ではありません。この退路が機能することで、橋ルートから侵入した部隊は初めて戻ることができます。逆に言えば、ここが崩れれば、前に出た部隊は帰れなくなります。
「これをあと3箇所」(タハ)
「了解!」
「7施(第7施設群)から援軍が来ている。予定よりも早く済みそうだよ。」(タハ)
予定より早い――それは好材料のはずですが、同時に、敵に気取られる可能性も上がります。私は周囲の構造物と視線の通り方を確認しました。遮蔽物は不十分で、完全に隠れることはできません。
「次は、アマゾネス班が警護に向かうわ。」(ビービ)
「しくじるなよ。」(BJ)
「善処する。」(ビービ)
そう言うと、アマゾネス班は陰に消えていきました。動きに無駄がありません。ですが、その分、ここに残る戦力は限られています。
「私達は、ここの護衛?」(エルメス)
「そうだ。ただ、仰々しく控えてたら敵に感づかれる。陰に徹しろ」(BJ)
「了解。」
私は頷きながら、立ち位置を調整しました。前に出すぎれば発見される。引きすぎれば対応が遅れる。その中間を探るしかありません。
「ここは、俺の腕の見せ所だ。」(ガーツ)
ガーツさんが低く呟き、崩れた鉄骨の隙間に姿勢を落としました。ですが、すぐに小さく舌打ちします。
「……射線が通りにくいな。撃てるが、撃った瞬間に位置が割れる」(ガーツ)
その言葉で、この場所の厄介さがはっきりしました。こちらは先に撃てない。撃てば、位置が露見する。それでも撃たなければ、主導権は握れません。
海風が強く吹き抜け、軋む金属音が耳に残ります。視界の端で、固定作業はまだ続いていました。あとどれくらいかかるのか――その時間を、私達が稼がなければなりません。
固定作業は夜通し行われました。照明は最小限に抑えられ、手元灯の光だけが鉄骨の上を移動しています。暗闇の中で、工具の音と短い指示だけが断続的に響いていました。その時でした。
「――っ、うわっ!」(今来駿介:一等陸士)
鈍い音と共に、誰かの姿が視界から消えました。
「落ちた!」
「ロープ出せ、早く!」
「まだ繋がってる、引け!」
一瞬で空気が張り詰めます。海面を叩く音は聞こえませんでしたが、足場の縁に取り付いた隊員が、必死に腕を伸ばしていました。
「……す、すみません……足、滑らせて……」(今来)
引き上げられたのは、380施設中隊の若い隊員でした。命綱に助けられた形です。全身を震わせながらも、すぐに立ち上がろうとしています。
「馬鹿野郎、下見て歩け!」
「でも落ちてから気づいても遅いんだよなぁ!」
周囲から小さな笑いが漏れました。強がりに近いものですが、それでも空気がわずかに緩みます。
「大丈夫か?」(タハ)
「はい、問題ありません。作業に戻ります」(今来)
「(死ぬかと思った……)」(今来)
短く答え、彼は再び鉄骨の上に戻っていきました。手元の動きはまだ固く、緊張が抜けきっていないのが分かります。それでも、作業は止まりません。
私はその様子を見ながら、改めて足場の細さを実感しました。ここは戦場であると同時に、ほんの一歩で命を落とす場所でもあります。
それからしばらくの間、作業と警戒が繰り返されました。時間の感覚は曖昧になり、空の色だけがゆっくりと変わっていきます。東の水平線がわずかに白み始めた頃、私は無意識に息を整えていました。夜が明ければ、隠れていたものは全て露わになります。
「総員、突撃用意」(桂蘭次郎:陸将)※九州奪還作戦最高司令
「(ごくっ…)」(カラーノ)
「敵は?」(シルビア)
「在来線、敵影有り。目視で5体…」(ネイマン)
「関門トンネル、敵影なし。視線も感じない」(アイブル)
「山陽新幹線、水面にて動きあり」(テレル)
「関門橋、接触前。だが視線は感じる」(カバナー)
その視線は、ばらつきがありませんでした。複数ではなく、一点に集約されたような、意図を持った視線です。
私は短く息を吐き、頭の中で配置を整理します。今回の侵入は4つのルートに分散されています。関門橋はカバナーさん率いるスパイダー班、在来線はネイマンさんのリッチ班。関門トンネルはアイブルさん、新幹線は狙撃班とテレルさんが抑えています。それぞれが先行し、後続の突入部隊――ピットブル班とタイガー班を通すための道を切り開く役目です。
成功率3割という数字は、この分散配置そのものに内包されているのだと理解しました。つまり、どこか一つが崩れれば、その時点で残りの全てが意味を失うということです。
関門橋ルートは4つの中で最も露出が大きい。つまり、最も敵の視線を引きやすい場所です。ここが主軸である以上、接触は避けられない――そう考えるのが自然でした。
「……来ます」(カラーノ)
言い切るよりも早く、乾いた衝撃音が響きました。
金属を弾く音。遅れて、弾丸の通過音が耳に届きます。
「接触!」(BJ)
「我々が先陣を切る!」(カバナー)
スパイダー班と47普連の合同部隊が先陣を切ります。隠密は破綻しているので、ここからは速度です。私は前進しながら射線を探ります。敵の位置はまだ曖昧ですが、撃ってきた以上、どこかに必ずいるはずです。
「敵を確認!2体!」(プラングリー)
「我々が相手する!」(蛭子覚司:一等陸曹)
「俺達はこのまま進む!」(BJ)
「了解!」(ピットブル班)
「うぐっ…」
背後で鈍い衝撃音が響きました。振り返ると、47普連の隊員が膝をついています。胸部を押さえた手の隙間から、血が滲んでいました。
「皆さん…」(カラーノ)
「奴らの死を無駄にするな!」(BJ)
BJ班長の激が飛び、私達は進みます。最初に橋を踏み越えたのはスパイダー班でした。続いて、私達ピットブル班がその後に続きます。足場は不安定で、足を置くたびに金属が軋みましたが、止まるわけにはいきません。
「ピットブル、前へ!」(カバナー)
その声に押されるように、私は対岸へ踏み込みます。視界が開けた瞬間、空気が変わりました。ここから先は、もう“戻る側”ではありません。敵地です。
「ピットブル上陸!」
その報告が、ようやく意味を持ちました。
「セイレーン上陸!」
「フォックス上陸!」
「アマゾネス上陸!」
「タイガー上陸!」
GASTの精鋭が次々と上陸していきます。
「お前達は次の作戦に移行! 47普連は退路の警護を行え!」(桂)
「了解」
「連中、無事に上陸しましたね。」(ルース)
「ああ、俺達も次の任務だ。行くぞ。」(タハ)
タハが一歩前に出て、足場の状態を確認した時だった。構造物の端、最も視界が開ける位置。次の瞬間でした。乾いた一発が、空気を裂く。
パァン!
タハの身体がわずかに揺れ、次の瞬間、膝をつく。
「班長?」(ルース)
「狙撃だ!伏せろ!」
「班長が撃たれた!」
退路は完成していたが、それを維持する人間が倒れた。この作戦は、”通れるかどうか“ だけではない。 ”通した後、維持できるかどうか” そこまで含めて成功率3割だったのだ。
登場人物紹介
今来 駿介
生年月日:2000年10月26日 / 出身:京都府
階級:一等陸士 / 所属:380施設中隊
備考:作業中に海へ転落してしまった。
桂 蘭次郎
生年月日:1961年11月27日 / 出身:長崎県
階級:陸将 / 役職:九州奪還作戦の最高司令
蛭子 覚司
生年月日:1989年12月4日 / 出身:広島県
階級:一等陸曹 / 所属:47普連2中隊
カラーノ……本作のヒロイン。GASTピットブル班所属
タハ……GASTアイアン班の班長
BJ……GASTピットブル班の班長
エルメス……GASTピットブル班の隊員
ガーツ……GASTピットブル班の隊員
ビービ……GASTアマゾネス班の班長
カバナー……GASTスパイダー班の班長
テレル……GASTスパイダー班の副班長
プラングリー……GASTスパイダー班の隊員
ネイマン……GASTリッチ班の班長
アイブル……GASTリッチ班の副班長
シルビア……GAST中隊長




