第183話 後発
―某訓練場―
苫米地杏南です。無事、怪我も癒え、今日から訓練に復帰します。とは言っても、それは35普連ではなく、GAST。私は今日からGASTの一員となりました。
GASTでの初めての訓練とは言っても、顔ぶれは統一されていません。私のように、新しく加入した者と、負傷から戻ってきた者達。共通しているのは、1度戦場から外れた、という点だけです。
私の隣には、諏訪陸士長、少し離れて万代一士に伝川陸士長と、共にレンジャー試験を受けた仲間がいます。また、多摩で重傷を負っていた、クラウスレイさんも復帰できたようです。
「本日から、お前たちは混成で動く」
教官が仰ります。周囲の空気が張り詰めました。
「主力は既に山口入りしている。お前たちは“後から追う側”だ」(茶頭)
わずかに間を置き、続けます。
「間に合わなければ――置いていかれるだけだ」(茶頭)
説明はそれだけでした。
編成が読み上げられ、私の班には、諏訪陸士長、万代一士、クラウスレイさん、カンさんが入りました。経験も性格も揃っていない、即席の構成です。
「前に出るのは誰だ?」
クラウスレイさんが低い声で問いかけます。いや、これは問いというより確認ですね。私は少し考え、名乗り出ました。
「私が取ります」
クラウスレイさんは一度だけ頷きますが、それ以上は何も言いません。
「俺は後ろから見る。無理はするな」(クラウスレイ)
言葉は淡々としていますが、その意味は軽くありません。“無理をするな”は、“余計なことはするな”に近い。私はそう受け取りました。
訓練は、開始と同時に制限が告げられました。
「通信制限。小隊内のみ有効。支援なし」(茶頭)
ざわつきは起きず、誰も驚きません。あり得る状況だからです。
「目標は前方建造物の制圧。内部に敵役配置済み。弾数制限あり」(茶頭)
合図と同時に、小隊が動きます。
私は前に出ますが、速度を上げすぎないように注意します。全員の位置を視界の端で拾いながら、間合いを調整します。
「万代、左警戒。諏訪、後方確認」(杏南)
「了解」(万代、諏訪)
万代一士の声はやや硬い気がします。クラウスレイさんは何も言わず、後方に回ります。カンさんは無言のまま、位置を少しずらしました。
建造物の手前で、一度停止します。
「……どう見ます?」(杏南)
諏訪陸士長に問います。諏訪陸士長は一瞬だけ視線を動かし、入口と窓、遮蔽物の位置を確認します。
「正面は誘導の可能性が高い。右側面に回るべき」(諏訪)
理屈としては正しいと思います。しかし、それだと時間がかかる。
私は思考を巡らします。視線の端で、クラウスレイさんがこちらを見ています。評価ではなく、“判断を見ている目”でした。
「正面から入る」(杏南)
結論を出します。
「陽動に乗る。その代わり、速度で抜く」(杏南)
諏訪陸士長が一瞬だけ言葉を飲み込みます。
「……了解」(諏訪)
諏訪陸士長に違和感が残っているのでしょう。渋々従っている感じがします。
突入は一気に行きました。躊躇いなく距離を詰め、遮蔽物を使いながら内部へ入ります。敵役の射撃が来ますが、弾数は限られているので、撃ち返しは最小限に抑えます。
万代一士が一瞬遅れます。
「前だけ見て!」(杏南)
私の声に反応した万代一士は、動きが戻りました。
制圧は、結果として成功した。でも、完璧ではない。被弾判定が2つ。無駄弾も出ました。
息を整えながら、装備を外すと、クラウスレイさんが口を開きます。
「判断は悪くない。ただし、再現性がない」
淡々とした評価でした。
「諏訪の案の方が安全だった」(クラウスレイ)
クラウスレイさんが、諏訪陸士長の方を向きます。
「でも、遅い」(クラウスレイ)
「……分かっています」(諏訪)
「分かってるならいい」(クラウスレイ)
会話はそれだけでした。
カンさんは、少し離れた場所で装備を拭いていました。サングラスを外すと、目元にうっすらと残る傷が見えます。
「見えてるんですか?」(万代)
万代一士が質問しています。いきなりその質問は失礼では……。
「見えてる。ただ、前よりは見えん」(カン)
その時、遠くで無線が入ります。
「――山口方面、接敵」
一瞬だけ、全員の動きが止まります。
「止まるな。次行くぞ!」(茶頭)
教官の激が飛びます。誰も文句は言いません。
同じ空の下で、既に戦っている仲間がいます。ですが、今の私はまだ”そちら側”にはいません。向こうへ行くには、追いつくしかありません。私は銃を取り、次の訓練へ向かうのでした。
登場人物紹介
苫米地 杏南……本編のヒロイン
諏訪 明登……35普連からGASTへ異動した
万代 佑大……31普連からGASTへ異動した
クラウスレイ……元GASTバイパー班で唯一の生き残り
カン……GASTタイガー班所属。オペレーション・ミネルヴァで両目を負傷する




