第182話 命令違反者
俺は運天要だ。今現在、オペレーション・ミネルヴァ(第8次首都圏奪還作戦)で命令違反を行ったとして、無期限謹慎中だ。
オペレーション・ミネルヴァでは散々な目に遭った。俺は多くの仲間を死なせ、自分も死ぬかもしれない、そんな窮地に陥った。あの時、GASTに助けて貰わなければ、俺も死んでいただろう。
しかし、自分の行動が全て間違っているとは思っていない。どうも、上官連中の命令は消極的すぎる。あのまま指示通りに動いていたら、状況はもっと悪くなっていたはずだ。俺はそう思っている。
もっと前に出るべきだった。もっと強く踏み込むべきだった。……最後の判断で、ミスはしたかもしれない。だが、それまでは――
「……」
そこで、言葉が止まる。
結果?
そういえば、俺は何を残した?
頭の中を探っても、はっきりしたものが出てこない。
「……」
何もしていないのか?
いや、違う。そんなはずはない。
あの時、前に出たからこそ繋がった場面もあった。あれがなければ、もっと早く崩れていた可能性だってある。ただ――それを、結果として示せなかっただけだ。だったら、次は形にする。
―別日―
「失礼します。」(要)
俺は連隊長室へ呼ばれた。連隊長執務室は静かだった。無駄なものがない。机と書類、最低限の調度品だけが整然と並んでいる。
俺は一歩踏み込み、正面を向いた。机の向こうに、空間連隊長。横には、腕章を付けた男が一人。
「座りなさい」(空間)
「はい」(要)
連隊長に言われ、俺は椅子に腰を下ろす。
「第103地区警務隊、月城だ」
横の男が名乗る。まるで機械のようで、表情は動かない。
「本件については、既に記録と照合が済んでいる」(月城)
端末を一度だけ操作する。
「運天一士。貴様はオペレーション・ミネルヴァにおいて、命令を逸脱し、独断で前進行動を実施した。相違ないな?」(月城)
「……はい」(要)
「結果として、部隊は孤立。損耗が発生している」(月城)
「……はい」
否定はしない。
「以上の事実に間違いはないな?」(月城)
「ありません」(要)
月城三佐は小さく頷き、入力を終える。
「確認した(月城)
それだけ言って、視線を横へ流す。空間連隊長が口を開く。
「運天一士」(空間)
「はい」(要)
「なぜ、命令に従わなかった?」(空間)
問いは単純だった。俺は、少しだけ言葉に詰まった。
「……前に出る必要があると判断しました」(要)
「必要?」(空間)
「はい。あのままでは、状況は悪化すると考えました」(要)
空間連隊長は表情を変えない。
「その判断で、結果は出た?」(空間)
「……」(要)
言葉が詰まる。痛いところを突かれた。
「出ていません」(要)
「そうだね」(空間)
否定も肯定もない、事実確認だけの声だった。
「貴官の行動は、命令違反だ。結果として戦力を損耗させている」(空間)
「……はい」(要)
「よって――無期限謹慎、併せて昇任停止とする」(空間)
「了解しました」(要)
反射的に返す。
「前線復帰については、再評価とする」(空間)
そこで一度、言葉が切れる。空間はわずかに視線を細める。
「……1つだけいい?」(空間)
「はい」(要)
「同じ状況になった場合、どうする?」(空間)
言葉に詰まる。ほんの数秒。
「……命令には従います」(要)
形式としては、正しい答えなのだろう。だが、連隊長は何も言わず、ただ見ている。沈黙が、わずかに長くなる。
「……ただし、状況が同じであれば、前に出る判断自体は、間違いではなかったと考えています」(要)
空気が変わった。月城三佐の指が止まる。
「問題は――結果を出せなかったことです」(要)
「次は、同じ判断でも、結果を出します」(要)
俺は信念を曲げるつもりはない。しかし、連隊長室の空気が、わずかに張り詰める。連隊長は、しばらく何も言わなかった。やがて、短く息を吐く。
「……そう」(空間)
それだけだった。
「下がりなさい」(空間)
「はい」(要)
椅子から立ち上がる。敬礼し、踵を返して、扉へ向かう。ドアノブに手をかけたところで――
「運天一士」(空間)
足が止まる。振り返らないまま、返す。
「はい」(空間)
「結果を出す前に、組織を壊すな」(空間)
「……」(要)
一瞬だけ、言葉に詰まる。
「……了解しました」(要)
命令には従う。それは、当然だ。だが――それで終わるつもりはない。
廊下は静かだった。
さっきまでの空気が、嘘みたいに薄い。
「……」
無期限謹慎。昇任停止。頭では理解している。だが――
「……まだ、終わってない」(要)
命令には従う。次は崩さない。それでも――前には出る。結果を出す。それ以外に、俺がここにいる意味はない。
歩き出す。行き先は決まっていない。だが、足は迷わなかった。
登場人物紹介
運天 要……オペレーション・ミネルヴァで命令違反を繰り返す
空間 瑠衣……35普連の連隊長
月城 駈門……第103地区警務隊所属




