第180話 正しい行動
病室の天井は白かった。無機質で、清潔で、何も残らない色だ。
「……暇だな」
益子武朗は、そう呟いた。腕には包帯、脇腹にも固定具。動けないわけではないが、戦場には戻れない。それだけの状態だった。
扉の前には、腕章を付けた隊員が一人立っていた。見慣れない装備。だが、立ち方で分かる。警務隊だ。
軽いノックが一度。
間を置かずに、扉が開いた。
「失礼する」
先に入ってきたのは、腕章の男だった。廊下に立っていた隊員とは別だ。階級章が目に入る。三等陸佐。その後ろから、もう1人。見慣れた顔だった。
「……連隊長」
益子は上半身を少しだけ起こす。空間は、特に表情を変えないまま、ベッドの横に置かれた椅子に腰を下ろした。
もう1人――月城駈門三等陸佐は、立ったままだった。手元の端末に一度だけ視線を落とし、それから益子を見る。
「第103地区警務隊、月城だ」
名乗りは簡潔だった。
「これより、オペレーション・ミネルヴァにおける行動について、確認を行う」(月城)
事務的な声。感情は乗っていない。
「……はい」(益子)
返事は軽い。いつもと変わらない調子だった。月城は一歩だけ距離を詰める。
「貴様は、指定された補給拠点において、武装勢力への攻撃を実施した。間違いないな?」
「はい」(益子)
「同地点に、我々が守るべき日本国民が含まれていた可能性がある」(月城)
「それを認識していたか?」(月城)
益子は、少しだけ考えるように視線を上げる。
「……いたかもしれません」(益子)
曖昧な言い方だった。
「思う、ではなく事実で答えろ」(益子)
即座に返される。
「確認したか、していないか」(月城)
「事実かと聞かれたら、分かりません。」(益子)
「それに確認なんて、あの状況じゃ出来ませんよ」(益子)
「グーリエ星人と日本人が共存してるなんて、誰が想像出来ましたか? あれは想定外の事でしょう?」(益子)
月城は一度だけ益子の顔を見てから、端末に視線を落とした。
「では次だ」
視線を上げる。
「貴様は、その攻撃の最中、笑っていたという証言がある」(月城)
空気が、わずかに変わる。益子は一瞬だけ眉を動かした。
「……そうなんですか?」(益子)
本気で分からない、という顔だった。
「自覚はないか?」(月城)
「ないですね」(益子)
あっさりと返す。
「そんな余裕、なかったと思いますけど?」(益子)
月城はしばらく益子を見ていたが、追及はしない。
「了解した」(月城)
短く言って、視線を横へ流す。空間連隊長が、初めて口を開いた。
「益子士長」
声は低いが、よく通る。
「はい」
「貴官は、あの場で何をしていた?」
問いは単純だった。益子は迷わない。
「任務の遂行です」
即答だった。
「補給線の破壊と、抵抗勢力の排除」(益子)
言葉を並べる。教範通りの答え。空間はそれを否定しない。
「結果は?」(空間)
「達成しています」(益子)
「過程は?」(空間)
「必要な行動でした。」(益子)
即答だった。空間はそれ以上踏み込まない。
「そう…」(空間)
それだけだった。否定も、肯定もない。沈黙が落ちる。月城が端末を閉じる。
「本日の確認は以上とする」(月城)
事務的に告げる。
「今後、追加の聴取を行う可能性がある。指示には従え」(月城)
「了解」(益子)
益子は軽く返事をする。緊張はない。2人は立ち上がり、そのまま扉へ向かう。開ける直前、空間が足を止めた。振り返らないまま、言う。
「益子士長」
「はい」
「貴官は、“正しいことをした”と思っているか?」(空間)
ほんの一瞬、初めて言葉に詰まる。確かに間があった。
「……はい」(益子)
それでも、答えは変わらなかった。空間は何も言わず、扉を開けた。2人が出ていく。扉が閉まり、再び、静寂が戻る。
足音が遠ざかり、完全に音が消えた後、益子はゆっくりと息を吐いた。
「……」
天井は、相変わらず白い。何も映らない。さっきの問いだけが、わずかに残っている。
――正しかったか?
「……」
少しだけ考える。だが、すぐに終わる。
「……まあ、いいか」
小さく呟く。
「結果は出してるしな」
それだけで十分だった。視線を天井に戻す。
「……やっぱ、暇だな」
同じ言葉が、もう一度落ちた。
登場人物紹介
月城 駈門
生年月日:1969年3月20日 / 出身:佐賀県
階級:三等陸佐 / 所属:第103地区警務隊
益子 武朗……35普連2中隊の問題児
空間 瑠衣……35普連の連隊長




