第178話 綾瀬 彩乃の憂鬱
引き続き、綾瀬綾乃です。
群長の圧に屈した翌日、早速私はGASTへ合流しました。私には、「シシリア」というコードネームが与えられ、ファルコン班に配属されました。
配属先を見て、驚きました。ファルコン班は2人しかいません。そして、私を見て喜ぶ御2人…。ファルコン班はGAST随一の人手不足の班なんだそうです。快く迎えてくれたのは嬉しいのですが、この業務量は、私1人が加わったとて、人手不足は解消しない気がします。
その事を聞いてみたら……ピート班長はお花摘みに行きました。
とはいえ、早速任務を…と思いきや、私は普通科の皆さんと一緒に訓練だそうです。どうして??
というわけで、訓練場に連行じゃなかった、連れていかれた私は、GASTの皆さんと一緒に訓練をしました。その前に…GASTって変わり者の集まりなんですか?
私を見て、いきなり連絡先を聞いてきた人、殺気がダダ洩れな人(BJ)――その殺気はグーリエ星人に向けて下さいよ、怖いです――オネエ口調の大柄なおじさん(フロリアン)、休憩時間に男性隊員へエッチなお誘いをしているお姉さん(ビービ)などなど。
そんな個性的な皆さんと、今日は訓練に勤しむとの事…。
「今日は軽めだ。安心しろ」(茶頭)
教官はそう仰いましたが、私はランニングにも、腕立てや腹筋、懸垂も全然ついて行けませんでした。特にきつかったのは、グラップル・ワイヤーを使って立体物に登りながら、ドローンを撃ち落とす訓練です。私は、このグラップル・ワイヤーの操作が苦手で、普通に登ることで精いっぱいでした。何度も、ドローンからの攻撃を受けてしまいました。
「ぜぇぜぇ、はぁはぁ…」(シシリア)
立つこともままならない私に、先輩方は厳しい目を向けます。確かに私は、体力に自信はありません。ですが、4年間厳しい訓練を行った自負はあります。その4年間が無駄だったのかと思う程、GASTの訓練はハードで、隊員の皆さんの能力の高さにただただ驚くばかりです。
「お前は電子戦担当だから、気を落とさなくていい。」(茶頭)
「ただ、前線で命を張っている連中の覚悟を見せたかっただけだ。」(茶頭)
教官はそう言って、私を咎めることはしませんでした。
その日の夜、私の歓迎会を開いてくれました。場所は、駐屯地内にある居酒屋です。
「新人だ、潰すなよー」(コルガン)
コルガン班長が笑いながら言いますが、誰も守る気はなさそうです。
「シシリアさん、連絡先いいですか?」(ソブラウ)
「今じゃないですよね?」(シシリア)
「今でしょ!」(ソブラウ)
即答でした。何なんですかこの人。
「ちょっとアンタ、空気読みなさいよ」(フロリアン)
横から太い腕が伸びて、ソブラウの頭を軽く叩く。軽くのはずなのに、いい音がしました。
「歓迎会なんだから、まずは乾杯よ」(フロリアン)
「いいこと言うじゃないか、フロリアン!」(ビービ)
「当たり前でしょ、こういうのは順番が大事なの」(フロリアン)
グラスが配られる。私の前にも置かれる。
「じゃあ――新入りの無事な配属と、」(シャーク)
シャークさんが一拍置きます。
「明後日からの出撃の成功を祈って」(シャーク)
その言葉で、空気が一瞬だけ静まった。
「――乾杯!!」(シャーク)
「乾杯!」
グラスが触れ合う音が、妙に大きく聞こえました。私は、その言葉を頭の中で繰り返していました。
明後日、出撃。
「九州だっけ?」(シシリア)
思わず口に出してしまう。
「ああ」(茶頭)
短い返答。
「沿岸部の制圧支援。電子戦は、最初からフル稼働だ」(シルビア)
説明はそれだけでした。
「……最初から?」(シシリア)
「上陸前からだ」(シルビア)
それ以上は言わない。誰かが笑っていたはずなのに、気づけばその声は消えていました。ソブラウも、BJ班長も、誰も喋っていない。グラスを持ったまま、動かない。
「まあ、いつも通りだよ」(シャーク)
シャークさんが軽く言う。
「違うだろ」(BJ)
低い声。BJ班長でした。
「今回は数が違う」(BJ)
それだけ言って黙る。その一言で、場の温度が完全に変わりました。
私は、ようやく理解します。この人たちは――本当に行くんだ。そして、何人かは戻ってこない前提で話しています。
「皆で飲めるのは今日で最後かもしれん。たくさん食ってたくさん飲め。」(BJ)
冗談の形をしているが、冗談ではありません。
私はグラスを口に運びます。味がしない――いや、違う。喉が上手く動かない。飲み込むまでに、少し時間がかかりました。
「……」(シシリア)
手の中のグラスが、少しだけ震えていました。怖い、というよりも、実感が追いついてきません。
「シシリア」
呼ばれて顔を上げます。茶頭教官でした。
「お前は後方だ。だが、関係ない」(茶頭)
視線が真っ直ぐ刺さります。
「戦場は全部、繋がってる」(茶頭)
それだけ言って、視線を外す。
会話が再開しますが、ビービ班長は、相変わらず男性隊員を誘惑しています。平時なら、「あの艶やかな身体に飛びつかない人はいないだろう」と、そんな事を思いました。
遺書を声に出して読む人、「死にたくない」と涙ぐむ人、無理に戻したような笑い声。その様子を切なそうに見るモンソン…。
私は再びグラスを口に運びます。やっぱり味は、よく分かりませんでした。
宴は続いています。笑い声も、会話もある。けれど、もうさっきまでのそれとは違っていました。誰もが知っています。明後日、自分たちがどこへ行くのかを。そして、その先に何があるのかを。
私は、グラスを持ったまま動けずにいました。逃げたい――と思います。でも、それ以上に、ここから逃げても、行き先がないことも分かっています。
「……」
視線を上げても、誰もこちらを見ていません。それでも、この場所にいる限り、私はその一員です。まだ実感はないけれど――もう、無関係ではいられません。
登場人物紹介
綾瀬 彩乃……GASTファルコン班に配属。コードネームは「シシリア」
ピート……GASTファルコン班班長
モンソン……GASTファルコン班所属。優秀なホワイトハッカー
ソブラウ……GASTアルバトロス班所属。カッコいいお姉さんが大好き
BJ……GASTピットブル班の班長、GASTでも最強の実力者
フロリアン……GASTピットブル班所属、大柄で筋骨隆々ながら、オネエ口調で話す
ビービ……GASTアマゾネス班班長、普段は性に奔放なところがある
茶頭 恋美瑞……特戦群教育隊所属、GASTの教官
コルガン……GASTフォックス班の班長
シャーク……GASTピットブル班の副班長
シルビア……GASTの中隊長




