第177話 綾瀬 彩乃
私の名前は綾瀬彩乃、今年、防衛大を卒業した1年目の隊員です。
私は毒親に育てられ、搾取されてきました。高校時代は部活に入れてもらえず、アルバイトを強制され、給料を家に入れていました。大学へ行きたいと相談すると、学生手当が支給されるからと、防大への進学を強要されました。
自衛官になろうだなんて1ミリも思った事はありません。絶対に嫌だと訴えたのですが、防大生がもらえる学生手当の額に目がくらんだ両親の圧は、私のノミの心臓ではかいくぐることなど出来ず、言われるがままに進学しました。あの倍率をよく受かったと我ながら思います。
しかし、当然ながら学生生活は地獄でした。整理整頓の少しのズレで荷物を蹴っ飛ばされ、ベッドメイキングでの僅かなズレで怒鳴られ、プレスでの僅かなズレも怒鳴られ、何度も何度も何度も何度も怒鳴られて、半年足らずで私の心は折れました。
それでも、4年間やり抜いたのは、親を見返すとか、在学中に国防への想いが芽生えたとか、そんな崇高なものではなく、ただ脱走する度胸がなかっただけでした。一度だけ、「辞めたい」と両親に漏らしたことがありましたが、当然「帰って来るな」でした。学生手当をほぼ搾取されていたので、外出なんて殆どしていません。「華の大学生活」なんてものは、私には無縁です。
私は現在、幹部候補学校で学んでいる……はずでしたが、突如、呼び出され、特戦群の群長と向かい合っています。
「あ、あの…私にどのようなご用件でしょうか?」(綾瀬)
「貴様をGASTの電子戦隊に迎え入れる。すぐに荷物をまとめ、守山駐屯地へ来い。」(浅原)
「私は現在、幹部候補学校に籍を…」(綾瀬)
「貴様は自衛官の仕事にやりがいを感じていない。ならば、我々GASTが、その”やりがい”を作ってやる。」(浅原)
「え、いや、今は幹部候補学校で…」(綾瀬)
「貴様は幹部には向かん。時間の無駄だ。その特技をGASTで活かせ。」(浅原)
特技――思い当たるものは一つだけあります。高校時代、空いた時間で触っていたパソコン。ネカフェで独学していたプログラミング。しかし、「幹部には向かん」ってはっきり言わなくても…。
「……電子戦、ですか」(綾瀬)
「そうだ。」(浅原)
「適性は確認済みだ。」(浅原)
確認済み……いつの間に、そんなことまで。
「断ることは…」(綾瀬)
最後まで言い切る前に、遮られます。
「出来ると思うか?」(浅原)
「……申し訳ございません」(綾瀬)
反射でした。考えるより先に、謝罪が出ます。
「(……無理だ)」(綾瀬)
一瞬で理解します。この人に目を付けられた時点で、選択肢はありません。
「準備が出来次第、守山駐屯地に来い。以上だ。」(浅原)
それだけ言って、群長は席を立ちました。
私はその日のうちに、荷物をまとめることになりました。幹部候補学校の手続きも、すでに進んでいるようでした。早い、早すぎる…。
何もかもが、私の意思とは関係なく進みます。
「(……ああ)」(綾瀬)
分かっていました。これまでも、ずっとそうだったので。行き先が変わっただけです。
守山駐屯地、GAST、最前線……
「(うん……無理)」(綾瀬)
思考だけが、遅れて追いついてきます。それでも、足は止まりません。止め方を、知らないからです。
「……行くしか、ないか。はぁ……」(綾瀬)
小さく呟きます。それは決意ではなく、確認でした。
登場人物紹介
綾瀬 彩乃
生年月日:1998年6月28日 / 出身:愛知県
階級:陸曹長 / 所属:幹部候補生学校→GASTファルコン班(電子戦隊)
備考:毒親に搾取される日々を送っている。
浅原 充……特戦群の群長




