第17話 軍議
地球の皆さん、ごきげんよう。レイ・カラウスキだ。
本当なら自己紹介の続きをしたいところだが、残念ながらそれどころではない。私は今、重傷の偵察兵3名を搬送している。
彼女たちの呼吸は浅い。翼が、いつになく重い。
「ブル、デム、ベイル、3人の状態は?」(カラウスキ)
「ヴィシャラ一等兵、呼吸が弱まる一方です。」(デム)
「同じくアルフット一等兵も、呼吸が弱まっています。」(ベイル)
「んっ……ここは?」(メッテ)
「曹長、メッテ兵士長が目を覚ましました。」(ティテズ)
「カラウスキ曹長殿、今はどういう状況で、うっ……」(メッテ)
「無理はなさらないで下さい兵長、かなり重傷なのですから。」(ティテズ)
メッテ兵士長の意識は戻ったとはいえ、怪我の具合は芳しくない。急ぎたいところだが…。
「曹長殿、スピードを上げますか?」(デム)
「いや、これ以上スピードを出すと、彼女らの傷に響く。」(カラウスキ)
「しかし、ヴィシャラ一等兵とアルフット一等兵は、急がないと危険です!」(パチェコ)
ヴィシャラ一等兵の口元から、かすかに血泡が漏れている。翼を動かすたび、彼女の体が揺れた。
急がなければならない。だが、急げば死ぬ。それは私も分かっている。しかし…クソ、どうする、どうすれば……。
「曹長、あれは!」(パチェコ)
パチェコの指す方向を見ると、ヘリがこちらへ向かっていた。アボイ少尉殿が操縦するヘリだった。助かった。少尉殿が駆けつけてくれなかったら、2人は確実に持たなかった。無線から、アボイ少尉殿のぶきらぼうな声が聞こえる。
「カラウスキ、アボイだ。着地地点を指示しろ。」(アボイ)
アボイ少尉殿に着地地点を伝え、負傷した3人をヘリに乗せる。あとは、軍医の元へ搬送するだけだ。頼む、それまで持ってくれよ…。
「曹長、我々はどうしましょう?」(パチェコ)
「少し休憩をしよう。そしたら、また湯河原へ向かう。命令の変更はされていないからな。」(カラウスキ)
「しかし、我々だけで大丈夫でしょうか?」(パチェコ)
「連中は警戒を強めるでしょうし、我々5人だけでは…。」(ティテズ)
「命令の変更はされていないと言っただろ! 続けるぞ!」(カラウスキ)
「その必要はない。お前等の支隊は戻ってこい。次の作戦に必要だ。」
その時、無線からアンネ・ミルキーウッド大佐の声が響いた。彼女の声には一切の焦りはなく、それがこの上なく恐ろしいと私は感じた。
「心配ない。偵察隊は別の者をよこす。すぐに戻れ。」(ミルキーウッド)
「了解しました。」(カラウスキ)
陸上自衛隊 座間基地――現在は、アステリム帝国属領「テリムト」の参謀支部となっている
「カラウスキよ、任務の急な変更、すまないな。新たな作戦で貴様の力が必要になるだろうと、作戦参謀部より要請があったのだ。」(ミルキーウッド)
「承知致しました。そのように評価して頂き、光栄であります。」(カラウスキ)
「あ、いたいた~。アン姐さん、情報の解析が終わったよ~」
情報参謀長、エレナ・ポートレミ中佐が、小走りで近づいて来る。ポートレミ中佐殿は、若い容姿と言動も相まって、幼く見えるのだが、ハイエルフだけあって長寿でもある。レディの年齢をここで公表するのは野暮というものなので、私より年上だとだけ言っておこう。
「アン姐さん、昨日取集したデータを、多次元空間モデルで再構築してプロットしたの。これで、敵の戦術パターンと、個々の能力値を予測できるはずだにゃ~」(ポートレミ)
「そうか、思っていたより早かったな。流石はエレナだ。」(ミルキーウッド)
「えへへ…」(ポートレミ)
ミルキーウッド大佐殿に褒められ、嬉しそうにするポートレミ中佐殿。私が上官でかつ、御2人よりも年上ならば、このやり取りを微笑ましく感じられたのだろうか。
「カラウスキよ、早速で悪いが、軍議を始める。」(ミルキーウッド)
「了解しました。」(カラウスキ)
本来なら、今も湯河原で哨戒任務だったのだ。それと比べれば、軍議の出席など苦ではない。ブリーフィング室では、既に待機中の上官や下士官たちが集結していた。
「ではエレナよ、解析したデータを伝えてくれ。」(ミルキーウッド)
「はいは~い♪ お伝えするね!」(ポートレミ)
「神奈川方面、2つの部隊が横須賀目指して進行中だけど、おそらく本隊は、湯河原にいる部隊。でも、この山梨方面にいる部隊の方が、戦力としては上だにゃ。」(ポートレミ)
「2年前の戦いを覚えてるかにゃ?」(ポートレミ)
「あのウックル中佐が討たれた戦いですな。」(パウ・シュグルポッター陸軍大尉)
「そう、その時に手を焼いた処刑人級が多数いるのが、山梨方面の部隊なのよね~」(ポートレミ)
「その部隊の行き先は?」(ゾーリー・ゴア陸軍准将)
「敵精鋭部隊は相模原経由で横須賀を目指す可能性が高いにゃ。ただし、八王子経由で新宿を突く可能性もあるよ。」(ポートレミ)
「この戦力がもし関東平野に出たら厄介だにゃ。」(ポートレミ)
「……東京方面が崩れますか…」(ゴア)
「そう。山梨は天然の防壁みたいな地形だから、ここを突破されたら防衛線は一気に薄くなるよ。」(ポートレミ)
ゴア准将殿は、タブレットで地図アプリを睨みつけるようにして、即座に判断を下した。
「敵本隊は、当初の予定通り、罠へ誘導する。罠の進捗はどれくらいですか?」(ゴア)
「5割というところかの。」(アウリガ・タイタゲ陸軍少佐)
「湯河原の陸偵支隊と水偵支隊は壊滅したと聞いてますが。」(ゴア)
「指揮官メッテ兵士長は重傷、部下2名も瀕死だにゃ。」(ポートレミ)
「カラウスキ。お前は昨日、敵と接触しているな。」(ミルキーウッド)
「はっ」(カラウスキ)
「印象を言え。」(ミルキーウッド)
「恐ろしく統制が取れています。装備は劣る。しかし判断が早い。」
「正面からぶつかれば、我々でも損害は避けられません。」
「……そうか。」(ゴア)
ゴアは地図から目を離さなかった。
「では、敵は想定よりも強いですね。」(ゴア)
「ならば、湯河原や真鶴での足止めが必要ですね。予備隊から一個大隊を出しましょう。罠に誘導するまでに仕留めちゃっても構いません。指揮は、ファネッタ・イオクタン少佐で行きましょう。」(ゴア)
「任された!」(ファネッタ・イオクタン陸軍少佐)
「山梨の敵精鋭部隊はどうするおつもりで?」(ミルキーウッド)
ゴア准将殿は、地図アプリで山梨を指し、一考した。
「大月で討つ。」
ゴア准将殿は地図を指でなぞった。
「ここが甲府盆地への出口だ。」
「山岳を抜けた瞬間、敵の機動力は落ちる。そこを叩く。」
彼は一度だけ言葉を切った。
「……もっとも、相手が我々の想定通り動けばの話だが。」
「なるほど、地形と種族の特性を最大限に活かすわけですね。(ポステオ・ポズテリリ陸軍少佐)
「参謀長、それでよろしいですか?」(ゴア)
「ええ、問題ありません。明日にでも出陣出来るよう、早急に編成をお願いします。総督府へは私の方からお伝えします。」(サッサ・アイソレイテ空軍少将)
「この作戦は本国にも報告されます。失敗は許されません」(アイソレイテ)
「了解しました!」(ナザレノ・フー空軍少佐)
なるほど、私は上空からの空爆担当というわけか。新装備も支給され、使い心地も悪くなかった。私は拳を握った。殲滅爆撃。それが今回の任務だ。
今日の戦いは、ただの前座に過ぎない。明日――彼らは、本当の地獄を見る。
登場人物紹介
アンネ・ミルキーウッド……帝国陸軍大佐で、天使族の女性。テリムト参謀部の参謀次長を務める。ポートレミは同郷で、彼女からは「アン姐さん」と呼ばれている。ポートレミを妹のように可愛がっているため、彼女にだけは甘い。
エレナ・ポートレミ……帝国陸軍中佐で、ハイエルフの女性。テリムト参謀部で情報参謀長兼情報分析担当をしている。幼い雰囲気と見た目だが、ハイエルフなので実年齢は…げふんげふん。ミルキーウッドは同郷で幼馴染なので、上官でありながらため口で喋っている。かつて、それを真似してミルキーウッドにため口で話して殴られた兵士がいた。それ以降、ミルキーウッド以外の上官には、最低限のマナーで接している(?)
ゾーリー・ゴア……帝国陸軍准将で、ヒト族の男性。テリムト参謀部作戦参謀長兼陸軍作戦担当。将校でありながら、ヒト族と、運動能力が他種族と比べて落ちる種族であり、ヒト族より長寿な種族も多い帝国軍内において、年上の部下も多く、かつ腕っぷしで勝てないため、部下にも敬語で喋っている。(時々、威厳を示そうと命令口調で話すことはある。)軍略に長けるものの、小心者な一面もある。
ポステオ・ポズテリリ……帝国陸軍少佐で、犬型獣人族の男性。テリムト情報参謀、陸軍情報収集担当。抜群の嗅覚を活かして、敵の懐に潜り込む。
パウ・シュグルポッター……帝国陸軍大尉で、獅子型獣人族の男性。その佇まいは、まさしく百獣の王。
ミーホ・ウックル……帝国陸軍中佐(当時)で、2年前の戦いで命を落とした。故人。
ファネッタ・イオクタン……帝国陸軍少佐で、エルフ族の女性。予備隊で編成される部隊の指揮官として、湯河原へ向かう。
アウリガ・タイタゲ……帝国陸軍少佐で、エルダードワーフの男性。工兵科で、”罠”を作成中。
サッサ・アイソレイテ……帝国空軍少将で、ハイエルフの女性。テリムト参謀長。部下にも敬語で話すタイプの人。
ナザレノ・フー……帝国空軍少佐で、ダークエルフの男性。テリムト人事参謀部の一人。
レイ・カラウスキ……帝国陸軍曹長。ナルシスト気味の天使族男性。
ブランチェスカ・パチェコ……カラウスキの部下
マドリーヌ・デム……カラウスキの部下
ブル・ティテズ……カラウスキの部下
ジャッパー・ベイル……カラウスキの部下
シモン・アボイ……陸軍少尉、ヘリの操縦士
エルノミア・メッテ……陸上偵察支隊支隊長
フィアン・ヴィシャラ……メッテの部下
レオン・アルフット……メッテの部下
グーリエ星に存在する種族
ハイエルフ……エルフ族の上位種で、他のエルフと比較しても長寿であり、様々な能力が高い。進化してなれるわけではなく、持って生まれた才能なので、他者を見下す者も少なくない。ただし、努力を怠れば、エルフより能力が劣ることも有り得る。
エルダードワーフ……ドワーフ族の上位種。エルフ同様、ドワーフ族と比較して長寿で、様々な能力が高く生まれてくる。こちらも進化種ではないが、ハイエルフのように人を見下すケースが少ない。そのため、ドワーフ族からは深く尊敬される。
ダークエルフ……エルフ族の亜種で、褐色肌が特徴。エルフやハーフエルフとの違いは、肌の色だけで、大きな差はない。




