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外星戦記  作者: 無名の凡夫
第3章 九州奪還へ

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第175話 次の戦場

富士病院の廊下は、妙に静かだった。


消毒液の匂いと、規則的な足音だけが残る。ここには、戦場の音がない。銃声も、爆音も、怒号もない。ただ、止まった時間のようなものがあった。受付で名前を告げると、短く案内される。


「この先、右です」


それだけだった。


扉の前で一度だけ足が止まる。ノックはしなかった。そのまま開ける。


「……よ」(隼人)


ベッドの上で、杏南がこちらを見る。上半身は起こしていた。包帯は残っているが、顔色は悪くない。


「無事でよかった」(杏南)


「お互いにね」(隼人)


「私は無事ではないよ。」(杏南)


「そのジョークは笑えない。」(隼人)


椅子を引いて座る。距離は近い。だが、何を話せばいいのかは分からない。


「動けるのか?」(隼人)


「一応。走るのはまだ無理だけど」(杏南)


軽く肩をすくめる。言い方はいつも通りだった。


「戦車に突っ込んだやつの台詞じゃないな」(隼人)


「止めるつもりだったんだけどね」(杏南)


冗談のように言う。実際には、冗談では済まない。少しだけ、沈黙が落ちる。


「そっちは?」(杏南)


「再編だ。35は3中隊まで縮小」(隼人)


「……そっか」(杏南)


短く返す。それ以上は聞かない。知っている範囲で十分だという顔だった。


「有朋陸将が退官、天津種中隊長も……辞めた」(隼人)


「……そっか」(杏南)


今度は、少し間があった。


「要は?」(杏南)


「駐屯地にいるよ。処分待ちだと思う」(隼人)


事実だけを言う。それ以上は足さない。杏南は少しだけ視線を落とし、それから戻す。


「そっか」(杏南)


それだけだった。


「はいはい、辛気臭い! ひとまず、今だけでも明るく行こう!」


そう言って病室に入ってきたのは、坂下ジュリア一等陸士。こいつは、オペレーション・ギデオン(第7次首都圏奪還作戦)以降、杏南を心酔している。


「ノックくらいしろよ。」(隼人)


「隼人もしてなかったじゃん。」(杏南)


杏南の笑顔を久しぶりに見た気がする。


「で、ちゃんと見舞いの品とか持ってきてるの?」(ジュリア)


いきなり現実的な話を振る。


「……忘れた」(隼人)


「最低かよ」(ジュリア)


「来ただけマシだと思ってよ」(隼人)


「いや、普通は果物とかあるでしょ。リンゴとか」(ジュリア)


「それ、誰が剥くんだよ」(隼人)


「そこは彼氏の仕事でしょ?」(ジュリア)


「やったことない。」(隼人)


「不器用すぎでしょ」(ジュリア)


軽口が続く。さっきまでの空気が、少しだけ軽くなる。杏南はそれを見て、小さく笑っていた。


「でもさ、実際どうなの?」(ジュリア)


「復帰できそうなの?」(ジュリア)


視線が杏南に向く。


「大丈夫だって。むしろ、回復が早いって驚いてた。」(杏南)


「それ、どのくらいだよ」(隼人)


「本来なら、まだ寝たきりでもおかしくないって」(杏南)


「……は?」(ジュリア)


「骨も筋肉も、もうほぼ繋がってるって。医者が何回も検査し直してた。数値が合わないって」(杏南)


軽く言うが、内容は軽くない。


「いや、それおかしいだろ」(隼人)


「私もそう思う」(杏南)


あっさり肯定する。


「でも、動くからね」(杏南)


そう言って、ベッドの端に足を下ろす。


「おい、やめろって」(隼人)


「平気平気」(杏南)


そのまま立ち上がる。わずかに揺れるが、すぐに踏み直す。体を庇う動きはない。数歩、歩く。無理をしている動きではなかった。


「……マジかよ」(ジュリア)


「リハビリっていうより、もう戻ってる感じだね」(杏南)


少しだけ笑う。僕は言葉が出なかった。あの戦車の前に立っていた人間と、今ここにいる人間が、同じものだとは思えない。


「……無理はするなよ」(隼人)


「するよ」(杏南)


即答だった。


「間に合わないから」(杏南)


「何にだよ」(隼人)


「次の戦場に」(杏南)


軽く言う。だが、そこに迷いはない。空気が少しだけ変わる。その時――ノックの音がした。今度は、はっきりとした、規則的な音だった。


「失礼する」


入ってきた男の一歩で、空気が切り替わる。病室の静けさとは、別の種類の圧力。制服は見慣れない。だが、ただの部外者ではないと分かる。


視線が揃う。


「苫米地杏南一等陸士。話がある」


「……はい」(杏南)


「他の者は席を外せ」


命令だった。僕は立ち上がる。ジュリアも黙って従う。扉を出る直前、もう一度だけ振り返る。


杏南は、まっすぐ前を見ていた。迷いはなかった。


「(ああ、そうか)」(隼人)


理解する。あいつはもう、次の戦場にいる。


「(……僕は、まだここだ)」(隼人)


扉が閉まる。廊下の静けさが戻る。だが、さっきまでとは違って聞こえた。


登場人物紹介

段場だんば 隼人はやと……本編の主人公

苫米地とまべち 杏南あんな……隼人の同期で恋人

坂下さかした ジュリア……杏南に憧れ、杏南の隣で戦いたいと思っている。

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ミリタリー SF ファンタジー 自衛隊 戦争
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