第172話 炎上
画面は、すでに切り取られていた。同じ映像、同じ瞬間。だが、そこに付けられている言葉が違う。
『自衛隊、非戦闘員を射殺』
『日本人も犠牲に』
『これは防衛か、虐殺か』
短い文が、次々と流れていく。拡散速度は異常だった。
―大阪府内、報道フロアー
「例の動画、再生数が一時間で100万を超えました」
「早いな……」
モニターには、複数の画面が並んでいる。ニュースサイト、SNS、動画配信、海外メディア。どれも同じ映像を扱っていた。
「裏は?」
「現在確認中です。ただ、映像自体は加工の痕跡なし。位置も多摩地区で一致しています」
「……否定は難しいか」
空気が重くなる。
「コメントは?」
「防衛省は“事実関係を確認中”の一点張りです」
「それじゃ足りないな」
誰もが分かっていた。この速度では、“確認中”は無力だ。
別のスタジオ ※名古屋
『これは明確な国際法違反です』
『非戦闘員への攻撃は、いかなる理由でも許されません』
専門家と呼ばれる人間が、断定的に語る。
『しかも、日本人が含まれている可能性がある』
『これは極めて重大です』
テロップが重なる。
――自衛隊、説明責任は?
―街頭―
スマートフォンを見つめる人々、足を止める者、誰かに見せる者。
「これ……本当なの?」
「いや、でも映ってるし……」
「日本人って言ってなかった?」
断片的な言葉だけが交わされる。確かめる術はない。だが、否定もできない。
―国会―
「防衛大臣、説明を求めます!」(市ヶ崎)
激が飛ぶ。
「当該映像について、現在詳細を確認中であり――」(湯場)
「確認中では済まされないでしょう!」(市ヶ崎)
議場がざわつく。
「非戦闘員、さらに日本人が含まれている可能性がある!」(市ヶ崎)
「事実であれば重大な問題です!」(市ヶ崎)
言葉は、すでに“仮定”ではなかった。
―別室―
「世論の反応は?」
「急激に悪化しています。特に若年層と名古屋で顕著です」
「デモの呼びかけも出始めています」
「早いな……」
机に置かれた端末には、同じ映像が繰り返し再生されている。
撃つ、倒れる、悲鳴。
それだけで十分だった。
―路上―
人が集まり始めていた。
プラカード、スマートフォン、拡声器。
「戦争反対!」
「自衛隊は説明しろ!」
「これは防衛じゃない!」
声はまだ小さい。だが、確実に増えている。
―臨時拠点―
同じ映像が、ここにもある。だが、誰も再生しようとはしなかった。
「……見たか?」
「ああ」
それだけで終わる。外では、車両の音が続いている。再編は止まらない。だが、何かが確実に変わっていた。
「上から、何か来たか?」
「いや、まだだ」
短い会話。判断は、まだ降りてきていない。
少し離れた場所で、要は一人で装備を整えていた。
動きに迷いはない。無駄もない。だが、その手は止まる。ほんの一瞬だけ。
――撃つ。
映像の中の光景が重なる。要は目を閉じる。すぐに開く。そして、再び手を動かす。止まらない。
僕は、その様子を見ていた。
外では、戦争が続いている。中では、別の戦いが始まっている。どちらも、もう止まらない。
「……」
言葉は出なかった。
―同時刻、テリムトー
整った街並み、点灯する街灯、人の往来。その一角で、同じ映像が再生されている。だが、反応は違った。
「ほらな」
「だから言っただろ」
静かな声。
「外は、ああいう場所だ」
誰かが言う。否定する者はいない。
戦場の外で、戦争が始まる。それは、弾も、銃も使わない。
だが――止める術は、もっと少なかった。
登場人物紹介
段場 隼人……本編の主人公
運天 要……隼人の同期
湯場 雅人……防衛大臣
市ヶ崎 儀郎……野党・社会一新党党首




