第171話 露見
臨時拠点の空気は、張り詰めたまま緩まない。戦闘は止まっている。だが、それは休息ではなかった。再編のための空白でしかない。車両のエンジン音と、資材を運ぶ金属音が途切れず続いている。
僕は装備の点検を終え、銃を横に置いた。手は動いているが、頭の奥に残るものは消えていない。
「……段場」(白川)
振り返ると、白川陸士長が手招きしていた。携帯端末を持っている。
「これ、見ろ」(白川)
画面を差し出される。某動画配信サイト。登録者数の多いフリージャーナリストのチャンネルだった。配信はすでに始まっている。
『――今日は、現地から来た協力者と一緒にお届けします』(馬場庵徳:ばば あんとく)
画面に、1人の男が映る。室内、背景は簡素だ。顔は隠されていないが、照明が落とされているため細部は分かりにくい。日本語だった。
『私は、テリムトに住んでいます』
『テリムトとは、現在グーリエ星人が支配している、首都圏一都三県の事です。』
穏やかな口調だった。訛りはない。
『現在の状況を、外に伝える必要があると判断しました』
『これが、その一部です』
画面が切り替わる。固定視点、工場の出入口。人影が飛び出してくる。統制はない。ただ外へ向かって走っている。1人が振り返る。両手が上がっている。次の瞬間――銃声。1人が倒れる。続けて、もう1人。
画面の端。銃を構えた影。迷いのない射撃。
「……」(隼人)
息が止まる。見覚えがあった――あの時だ。
多摩地区の補給拠点。1中隊と2中隊で突入した、あの工場。
『数日前、自衛隊がこの施設に侵攻した際の映像です』(馬場)
『彼らは戦闘員だけでなく、非戦闘員にも発砲しました』
『グーリエ星人だけではありません』
『……』
『――日本人も、含まれています』
映像が拡大される。倒れた人間の顔、血に濡れた服。その一部に、日本語のプリントが見える。
否定できなかった。あの時、僕たちは――撃った。
『また、こちらをご覧ください』(馬場)
映像がさらに拡大される。発砲する自衛官の顔、歪んだ口元。
「あれって…」(白川)
益子陸士長だった。あの時、あの場で確かに見た表情。だが、こうして切り取られると、それは別の意味を持つ。
撃つ
撃つ
そのたびに、口元がわずかに上がる。
『これは、国防というよりも――殺戮を楽しんでいるようにしか見えません』(馬場)
――このような行為が、現在も行われています』(馬場)
『現在テリムトでは、過去のわだかまりを捨て、グーリエ星人と地球人が共生して生きています。テリムトの治安も良く、生活レベルは、以前よりも格段に向上しました。そして、何より、テリムト内は――平和そのものでした。』
『自衛隊が攻めてこなければ、このような犠牲はなかったと?』(馬場)
男は静かに頷いた。
『我々は、この事実を無視してはいけない』(馬場)
『これは、防衛ではありません、虐殺です』(馬場)
その言葉が静かに落ちる。周囲で誰かが息を呑む音がした。
「……違うだろ」
小さな声だった。だが、否定になっていない。
「状況が違う……あれは……」(隼人)
続かない。説明しようとして、言葉が見つからない。
あそこは敵拠点だった。非戦闘員だと保証するものはなかった。自爆の可能性も、偽装の可能性もあった。だから撃った。それは、間違っていない――はずだった。
だが…画面の中では、ただ逃げる人間が撃たれているだけだった。
「……」(隼人)
言い訳が頭の中で形にならない。その時、画面が再び切り替わる。
『私は、これを見てきました』
『グーリエ星人だけではありません。私たち日本人も、ここで生活しています。彼らは、それを理解せずに撃っている』
『これが、今の自衛隊です』
断定だった。余地を残さない言い方だった。
「……ふざけるな」
今度は、はっきりとした声だった。怒りなのか、否定なのか、自分でも分かっていないような声。だが、その直後に続く言葉は出ない。画面を消す者もいない。誰もが、そのまま見続けている。
「……段場」(白川)
白川陸士長が、小さく呼ぶ。僕は返事をしなかった。できなかった。その代わり、別のものが視界に入る。
少し離れた場所。要が立っていた。同じ映像を見ている。表情は、変わらない。いや――違う。変わらないように見えるだけで、明らかに力が入っている。
拳が、白くなるほど握られていた。画面の中で人が撃たれる。その度に、わずかに肩が揺れる。だが、目は逸らさない。最後まで見ている。
「……」(要)
配信が終わる。画面が暗転する。誰も、すぐには動かなかった。
「……どうする?」
答えはない。上からの指示もまだ来ない。だが、一つだけ分かることがあった。これはもう、“現場の話”では終わらない。
外に出た。知られた。そして――戻らない。
僕は銃を手に取る。さっきまで整備していたそれが、妙に重く感じる。それでも、持つしかない。
「……次も撃つのか」(隼人)
自分でも分からない声だった。その時。
要が、ゆっくりと歩き出す。誰にも何も言わない。だが、その動きには迷いがなかった。さっきまでのぎこちなさはない。
「……」
どこへ向かうのかは分からない。だが、逃げているわけではなかった。自分で、取り返しに行く。そういう動きだった。僕はそれを見ていた。止めなかった。止める理由が、なかった。
登場人物紹介
馬場 庵徳
生年月日:1971年1月5日 / 出身:愛知県
備考:フリーのジャーナリスト。現場第一主義で、徹底した取材を行うことで有名。ただし、グーリエ星人との戦闘地帯へは、国が規制しているため、まだ入ったことがない。
テリムト在住の男……帝国の差し金なのかも含め、素性は不明
段場 隼人……本編の主人公
運天 要……隼人の同期
白川 和萌……35普連3中隊の陸士長




