第170話 もう一つの戦争
――テリムト作戦参謀部 ※旧防衛省
照明は落とされている。机の上には、映像端末が置かれていた。
アストロは無言でそれを見ている。再制圧直後の立川の映像だ。煙、瓦礫、遺体。見慣れた光景だった。だが、その隣にもう一つ、別の映像が並ぶ。
「……これは何だ」(アストロ)
操作していた士官が、一瞬だけ言葉を選ぶ。
「多摩地区の補給拠点に設置されていた、防犯カメラの記録です」(ジンス・ファマリー陸軍少尉)
再生される。
粗い画質に固定視点。工場の出入口。そこから、数人の人間が飛び出してくる。武装は確認できない。ただ逃げているように見える。その中に、日本人の姿が混じる。
次の瞬間――銃声。
1人が崩れる。続けてもう1人。悲鳴が遅れて響く。画面の端に自衛官の影。構え、発砲する動作だけが断片的に映る。
「……」
アストロの眉がわずかに動く。
「当該拠点は、我々の補給ラインとして使用していた施設です。記録時点では、非戦闘員及び民間人の退去が完了していなかった可能性があります」(ファマリー)
言い切らない。余地を残す報告だった。アストロは映像を止める。
「武装は確認できるか?」(アストロ)
「不明です。この映像からは」(ファマリー)
「……だが、撃っているな」(アストロ)
「はい。」(ファマリー)
ヴァルナーが口を開く。
「ですが、このまま出せば“別の意味”になります」(ヴァルナー)
アストロは視線を向ける。
「どういう意味だ?」(アストロ)
「非戦闘員に対する掃討行為として受け取られます」(ヴァルナー)
淡々とした説明だった。ファマリーが操作する。映像が切り取られ、ズームされる。倒れる瞬間、悲鳴、その様子を繰り返し再生する。
「編集は既に行われています」(ファマリー)
その一言で、空気が変わる。アストロの視線がわずかに鋭くなる。
「……既に?」(アストロ)
「はい」(ファマリー)
映像が切り取られる。倒れる瞬間だけが抜き出される。悲鳴の部分が強調される。
「発信に適した形に整形されています」(ファマリー)
ヴァルナーが続ける。
「本件は、総督府主導の情報作戦として進行中です」(ヴァルナー)
明確に言い切る。
「…。」(アストロ)
「……プレヤディッチの案件か」(アストロ)
「その通りです」(ヴァルナー)
「発信は地球人を経由します。内部告発の形式を取るとのことです」(ヴァルナー)
アストロは映像を見下ろす。倒れた人間、動かない身体。
「……軍の管轄外だな」(アストロ)
確認するように言う。
「はい。作戦参謀部には共有のみです」(ファマリー)
関与は求められていない。
「こちらに求められているのは?」(アストロ)
「ありません。現状は。」(ヴァルナー)
即答だった。アストロは数秒、何も言わない。
「……勝手にやる、ということか」(アストロ)
独り言のように呟く。
「帝国の利益に資する限りは、問題ないと判断されたものと思われます」(ファマリー)
ファマリーは事務的に答える。アストロは小さく息を吐く。否定も承認もしない。ただ理解だけがある。
「……現場は、こういう判断をする。必要なら撃つし、必要なら使う」(アストロ)
それが誰の“現場”を指すのかは、明言されない。軍か総督府か、それとも、この映像を流す者たちか。
「……こちらは予定通り進める」(アストロ)
視線を上げる。
「軍は軍の仕事をする。それだけだ」
結論だった。干渉はしない、できない。端末の映像は止まったまま。その中の出来事だけが、別の戦場へ運ばれていく。
登場人物紹介
ジンス・ファマリー
種族・性別:ヒト族の男性
所属・階級:陸軍少尉で、テリムト作戦参謀部所属
ステフェン・アストロ……現テリムト作戦参謀長
コール・ヴァルナー……テリムト作戦参謀空軍作戦担当




