第171話 再編
夜は、すでに明けていた。
戦闘の音は遠のき、代わって臨時の後退拠点には車両のエンジン音と、資材を打ち付ける乾いた金属音が響いている。戦いが終わったわけではない。ただ、戦場の中心が移ったことで、ここでは別の作業が始まっていた。
臨時の後退拠点では、補給線を維持するために疲労を隠しきれない隊員たちが動き続けている。必要な指示だけが飛び交い、それに応じて弾薬や資材が運ばれていく。
「弾薬、そっちに回せ!」
「担架、追加だ!」
怒号というほどではない。作業を止めないために必要な声だった。
僕は銃の整備を続けながら、その光景を横目で捉えていた。手は動いている。分解した部品を確認し、汚れを取り除いて組み直していく。しかし、意識の方は手の動きについてきていなかった。
ここにも白布の列がある。数は見ないようにした。見れば、何かが変わってしまう気がした。
「……段場」
呼ばれて顔を上げると、輪床三曹が立っていた。
「再編が入る。34と35は後方に下がる。31と49が前に出る」
「……了解です」
想定通りだった。
ここまで損耗すれば、34普連と35普連だけで前線を維持することはできない。部隊を入れ替え、戦力を整え直す必要がある。
輪床三曹は、こちらの返事を確認すると続けた。
「補充が来るまで持ち場を離れるな」
それだけを伝えると、すぐに別の場所へ向かった。立ち止まって話をする余裕は、誰にも残されていない。
僕は再び銃へ視線を戻した。その途中で、資材の陰に要の姿を見た。
箱を運んでいる。動きは硬かった。それでも止まらない。箱を所定の場所へ下ろすと、すぐに次の箱を持ち上げる。その作業を繰り返していた。誰も声をかけない。
理由を知っている者もいれば、知らない者もいる。それでも、要の周囲には不自然なほど一定の距離が空いていた。
僕は立ち上がりかけて、やめた。あいつは、自分で立とうとしている。なら、今は触れない方がいい。そう思った。
少し離れた場所には、青山陸士長の姿があった。その隣には神梨陸士長が立っている。2人とも同じ場所にいるのに、会話はない。青山陸士長の視線は定まっていなかった。ここにいることは分かっている。それでも、心だけはまだ戦場から戻ってきていないように見える。
同じ場所に立っている。なのに、立っている場所が違う。その差だけが、はっきりと見えていた。
「……」
何か言うべきなのかもしれない。だが、何も言えなかった。その時、無線が入った。
『各隊に通達。オペレーション・ミネルヴァは継続する』
有朋司令の声だった。周囲で動いていた隊員たちの動きが、一瞬だけ鈍る。
『本日中に再編を完了。順次、再投入を行う』
それだけだった。
終わらない。終わらせない。
戦場で多くの仲間を失っても、作戦そのものが止まることはない。戦力を組み直し、次の戦線へ送り出す。それが今、ここで行われていることだった。
「……やるしかないな」
誰かが小さく呟いた。その言葉に、否定する者はいなかった。
要の手が、一瞬だけ止まった。だが、すぐに箱を持ち上げ直す。今度は、さっきよりも動きが安定していた。
僕は、その姿を黙って見ていた。責めることはできない。かつて、僕も同じことをした。
軽率な判断で、仲間を死なせたことがある。あの時の後悔は、今でも消えていない。それでも、立ち止まったままでいることはできなかった。死んだ仲間を取り戻すことはできなくても、生き残った自分たちは次へ進まなければならなかった。だから、今も言わない。
僕は視線を銃へ戻し、最後の部品を組み上げた。次に撃つために。
遠くで車両が動き出す。エンジン音が次第に大きくなり、臨時の後退拠点を離れていく。
再編は終わっていない。それでも、戦線は待ってくれない。再び、戦いが動き始めていた。
登場人物紹介
段場 隼人……本編の主人公
運天 要……隼人の同期
輪床 圭慎……急遽、隼人とバディを組んだ
青山 奈都……千花を失った悲しみに暮れる
神梨 アンジェリカ(かみなし)……奈都と同じく千花を失った悲しみに暮れる
有朋 繁……オペレーション・ミネルヴァの最高司令




