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外星戦記  作者: 無名の凡夫
第2章 成長と挫折

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第167話 背後の空白

戦線は崩れかけていた。


突出した一隊は、すでに防御線から切り離されている。周囲には十分な遮蔽物がなく、敵から見れば射線を通しやすい位置だった。しかも敵は、その状況を正確に理解したうえで射撃を続けている。


「前進を維持しろ!」


要は叫びながら、なおも前へ進んでいた。前に出た以上、退けば崩れる。そう判断しているのだろう。だが、その判断が見ているのは戦場全体ではなく、自分の周囲だけだった。


少し後ろを走っていた若い隊員が、突然身体を折った。


「……っ!」


声にならない息だけが漏れ、その手が空を掴むように動く。次の瞬間には力を失い、その場へ崩れ落ちた。さらに1人が倒れた。今度は横から飛び込んだ弾丸に撃ち抜かれ、遮蔽へ到達することすらできなかった。


「待っ――」


前島の声は最後まで続かなかった。


要は振り返らない。背後で隊員たちが恐怖に怯えながら倒れていくことも、そこにどれだけの犠牲が積み重なっているのかも、今の要の視界には入っていなかった。


「行ける……押せる……!」


視野は狭まり、敵の一部と、自分が進もうとしている方向だけが認識の中心になっている。その外側で何が起きているのかは、すでに意識から切り離されていた。




一方、別方向では、東野 千花の班が防御線の一角を守っていた。


「千花さん! 下がってください!」


奈都が叫ぶ。


千花は腹部を撃ち抜かれ、出血を続けていた。それでも立ったまま銃を構え、照準を維持している。


「まだです」


声は静かだった。


「ここで引けば、線が崩れます」


自分が退けば、そこに空白が生まれる。その空白が周囲へ波及すれば、防御線そのものが崩れる。千花はそう判断していた。


「アンジェ……うっ……前を抑えます。はぁはぁ…奈都はそのまま火線を維持して……」


苦痛で呼吸が乱れながらも、指示だけは途切れない。


「……了解!」


アンジェリカが応じる。


「……了解」


奈都の声はわずかに震えていた。それでも射撃を止めることはなかった。


班の火線は維持されている。だが、敵側の射線もまた、徐々に一点へ集約されていた。


突出した一隊。その援護に出た位置。そして、その中心に立つ千花。敵は、それらを1つの流れとして捉えていた。


「突出部、処理進行中」


キャタロックの視線は冷静だった。


実際に引き金を引いているのは兵士たちだ。しかし、戦場を「処理」しているのはキャタロックだった。突出した部隊を撃てば、そこを救うために援護が出る。その援護をさらに撃てば、次の動きが生まれる。


「援護に出た。予測通りです」


わずかな間を置き、キャタロックは続けた。


「……撒き餌に食いついた。続けろ」


その頃には、要へ向けられていた敵の射撃は、すでに周囲の日本側部隊を誘い出すためのものへ変わっていた。


『止まれ、運天!』


和戸の声が無線から響く。しかし、要は応じなかった。その直後、千花の身体に2発目の衝撃が走った。


「……っ」


身体がわずかに後ろへ引かれ、膝が崩れる。それでも、銃だけは手放さなかった。


「まだ……」


そこから先の言葉は続かなかった。千花の身体が静かに地面へ倒れる。


その瞬間、奈都の中から音が消えた。銃声は続いているはずだった。敵の射撃も、味方の射撃も、周囲では途切れていない。それなのに、奈都には何も聞こえなかった。


視界の中心に、倒れた千花の背中だけがある。


動かない。


「……え」


ようやく漏れた声は、あまりにも小さかった。その背後では、要がなおも前を向いている。


「行ける……まだ押せる……!」


千花が倒れたことも、その周囲で何が失われたのかも知らないまま、要は進み続けていた。


「千花さん!」


奈都が駆け出そうとする。


「起きてください!……千花さん!……」


返事はなかった。


アンジェリカも一歩前へ出る。状況は理解している。それでも、目の前にあるものを認識することができない。


「うわあああああ!」


2人が千花のもとへ向かおうとした、その時だった。


「待ちなさい!」


横から伸びた腕が、2人を止めた。


GASTピットブル班が援軍として到着していた。


「離してください! 千花さんを、千花さんを助けなきゃ!」


奈都が叫ぶ。


「まだ生きているかもしれない、行かせて下さい!」


アンジェリカも必死に訴えた。


「行かせてあげたいけど……無理ね」


フロリアンが2人を抑えながら答える。


その隣から、BJの鋭く冷徹な声が届いた。


「現実を見ろ。」


2人が振り向く。


「あの状況では生きていまい。それに、貴様らが向かった所で犠牲が増えるだけだ。それは千花(あいつ)が望むことなのか?」


「何てことを…!」


奈都の顔が歪む。


「パルヴァーちゃん…」


フロリアンはパルヴァーへ視線を向けた。パルヴァーは視力の良さに定評がある。だからこそ、フロリアンもその確認を求めた。


「実際どうなの? 彼女は生きてる?」


パルヴァーは倒れている千花へ視線を向けた。そして、静かに首を横へ振った。


「瞳孔が開き、瞬きもしていません。おそらくもう……」


奈都とアンジェリカには聞こえないよう、声を落として答える。2人の視線は、ただ倒れた千花へ向けられていた。


「それで…この原因を作った奴は今どこに?」


エルメスが周囲を見回す。


「あれじゃない?」


シャークが指を向けた。その先では、要がなおも前線へ突っ込んでいる。


「だいぶ深い所まで行きましたね。」


ガーツが呟いた。


「あいつが…あいつのせいで……」


奈都の声には、怒りと悲しみが入り混じっていた。


その時、パルヴァーが周囲を確認して声を上げる。


「班長、敵増援! 連隊規模で来ています!」


BJが舌打ちした。


「ちっ…物量で押す気か。……撤退の準備だ。陸将に伝えろ! リスターとパルヴァーは俺について来い! あのバカを連れ戻す!」


「了解!」


リスターとパルヴァーが応じる。


BJはすぐには動かなかった。倒れた千花へ視線を向ける。その近くには、猪狩と矢作の遺体もあった。BJの目には、この惨状がどのように映っていたのか。その表情から読み取ることはできなかった。


「千花さん、千花さん!」


奈都がなおも呼び続ける。


「今は、それどころじゃないわ! 撤退よ!」


フロリアンが奈都とアンジェリカを抱えるようにして後退を始める。2人は抵抗しようとしたが、戦場はすでに彼女たちの感情を待ってはくれなかった。




その頃、要はなおも前進していた。


「……行ける。まだ崩れてない。押せば――」


言葉がわずかに途切れた。視界の端に、動かない影が映った。伏せたまま、動いていない。


「……立て。何やってる?」


反射的に声が出た。返答はない。要はさらに数歩戻った。


そこには、もう1人倒れていた。今度は仰向けになっている。目は開いたままだったが、焦点が合っていない。


「……おい!」


足が止まる。要はさらに後ろを見た。さっきまで続いていたはずの気配がない。足音も、呼吸も、装備が擦れる音も聞こえない。何もない。


「……?」


初めて、要の中に違和感が入り込んだ。


「……どこ行った…?」


答える者はいなかった。


無線へ手を伸ばしかける。しかし、その手が途中で止まる。その瞬間、すぐ横のコンクリートが弾けた。


「……っ!」


要は反射的に身を伏せる。今までなら、ここで援護射撃が入るはずだった。だが、来ない。


「……なんで」


もう一度、後ろを見る。倒れている影が増えている。その中に、見覚えのある装備が混じっていた。さっきまで自分の後ろにいたはずの隊員だ。


名前は――出てこない。


「……」


喉が詰まる。それでも、要は首を振った。


「違う……まだ押せる……ここで止まったら――」


自分に言い聞かせるように呟いた。その時だった。


「伍長、いました! こちらです!」


敵兵の声がした。


グーリエ星人の兵が3人、要のいる場所へ近づいてくる。その先頭にいたキャタロックが、要を見据えた。


「貴様は、良い撒き餌だった」


あえて、日本語で告げる。


「……撒き餌?」


要の顔が僅かに歪んだ。


「突出した部隊には必ず援護が来る。そういうものだ」


キャタロックの声には、感情がなかった。


「だから撃った。来た順に落とした。それだけだ」


「な…」


要の視線が周囲を彷徨う。


「違う……そんなはずない……」


小さく呟く。だが、視線を逸らした先にも倒れている影があった。


「俺は……押せると思って……」


言葉が続かない。何が間違っていたのか、まだ分からない。ただ、自分が信じていたものの中に、何か決定的な間違いがあったことだけは感じていた。


キャタロックが銃口を要へ向ける。


「……なんでだ」


要の口から、小さな声が漏れた。誰も答えない。


「……俺が、出たから……?」


そこで思考が止まった。要は初めて、自分の死を覚悟した。


(ここで死ぬのか、そんなの嫌だ…嫌だ嫌だ……俺は英雄になるんだ…)


その時だった。


視界の端で、敵兵の身体が崩れた。続けざまに、もう2人が倒れる。要が何かを理解するより先に、3人の敵兵は全員地面へ伏していた。


「何だ、お前。生きてたのか」


低い声がした。要が振り向く。そこに立っていたのは、日本刀を携えた男だった。


「いっその事、死んでた方が良かったんだが」


要は言葉を失ったまま、その場に立ち尽くしていた。何が起きたのか、まだ理解できていない。ただ、自分が正しいと信じていたものが、決定的に崩れたことだけは分かっていた。

登場人物紹介

運天うんてん かなめ……歪んだ英雄思想が悲劇を巻き起こした

前島まえしま 泉琉いずる……要の突出に釣られて動き出してしまう。享年21歳

東野あずまの 千花せんか……元社長令嬢で人望も厚い。

青山あおやま 奈都なつ……千花の部下。千花を尊敬している。

神梨かみなし アンジェリカ……千花の部下で、奈都とは幼馴染

BJ……GASTピットブル班の班長で、日本刀で戦う変わり者

フロリアン……GASTピットブル班の隊員。2m近い長身で筋骨隆々のオネエ

パルヴァー……GASTピットブル班の隊員。視力の良さには定評あり

エルメス……GASTピットブル班の隊員。

シャーク……GASTピットブル班の副班長。やや破天荒な正確

リスター……GASTピットブル班の隊員

ガーツ……GASTピットブル班の隊員、狙撃の腕に定評あり

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ミリタリー SF ファンタジー 自衛隊 戦争
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