第164話 崩れなかった理由
弾薬庫の火災もようやく収まり、負傷者の搬送と戦死者の回収もひと通り終わっていた。気が付けば夜はすでに深く、銃声の消えた基地は、戦闘中とはまるで別の場所のような静けさに包まれている。
僕は遅めの夕食を取っていた。場所は、立川広域防災基地の一角にある部屋だった。先ほどまでグーリエ星人が通信室として使用していた場所である。
首都圏が占領されてから約9年。その間に、駐屯地もこの施設もグーリエ星人によって大きく改築されている。戦闘が終わった今も罠の存在は疑っていたが、少なくとも、この部屋は比較的安全らしい。
「GAST電子戦隊のお墨付きですよ」
ソブラウさんはそう言い残すと、糧食を平らげ、そのまま横になって眠ってしまった。状況に対する順応が早すぎる。
もっとも、僕も人のことは言えない。戦闘の緊張が抜けた途端、眠気が一気に押し寄せてきていた。身体はすでに休息を求めている。
そんな時だった。
「段場さん」
声を掛けられて顔を上げる。そこに立っていたのは、35普連3中隊の東野 千花二曹だった。
「このような時間に失礼いたします。本来であれば、もっと早く申し上げるべきでしたが――私、あなた様にお礼を申し上げたく参りましたの」
東野二曹は丁寧に一礼する。
「お礼……ですか?」
僕が尋ねると、東野二曹は静かに頷いた。
「先の戦闘において、我々の班は窮地に陥りました。その際、あなた様のご判断によって援護をいただきましたこと、心より感謝申し上げます」
形式ばった言葉ではあった。けれど、そこに嘘がないことは分かった。
「あの時は、たまたま見えていただけです。それより、東野二曹の方こそ、陣形を立て直して火線を維持していたじゃないですか」
僕がそう言うと、東野二曹はわずかに目を伏せた。
「過分なお言葉ですわ。あれは班員が持ち堪えてくれた結果に過ぎません。私一人の力ではございませんもの」
その時だった。
「そう、その通り!」
背後から、勢いのある声が飛んできた。
振り向くと、神梨アンジェリカ陸士長が胸を張って立っていた。その隣には、青山 奈都陸士長もいる。
「あれは千花さんだからこそ持ち直せたんです! 判断も指示も正確でしたし、あの状況で崩れなかったのは本当にすごいんですから!」
「なんであんたがドヤってるのよ」
青山陸士長が呆れたように言う。ただ、その口調は柔らかかった。
「だって事実じゃないですか! 千花さんがいなかったら、あの場は持ちませんでしたよ?」
神梨陸士長はそう言い切った。
「……言い過ぎです」
東野三曹はすぐに否定する。けれど、その声音は強くなかった。
「いいえ、言い過ぎではございません。“班長として当然のことをなさったまで” と仰るのでしょうけれど……あの場で“当然”をやり切れる方が、どれほどいらっしゃいますか」
「ほんと、それはそう! あれは千花さんだからこそ、切り抜けられたんです!」
青山陸士長も同意する。
3人のやり取りを見ているうちに、僕は少しだけ納得した。先ほどの戦闘で、彼女たちの班が崩れなかった理由が分かる気がした。
誰か1人だけが突出しているわけではない。班長の判断を班員が理解し、その判断を支えるように動いている。その積み重ねが、あの戦場で陣形を維持させていたのだろう。
「……いい班ですね。崩れない理由が、分かる気がします」
思わず口に出していた。東野二曹は一瞬だけ僕を見ると、わずかに微笑んだ。
「ありがとうございます。まだ至らぬ点も多い班ではございますが――これからも、務めを果たしてまいりますわ」
静かな言葉だった。けれど、そこには確かなものがあった。
外からは、まだ車両のエンジン音が聞こえている。基地の復旧や警戒は続いているのだろう。戦闘が終わったとはいえ、すべてが元通りになったわけではない。
それでも、少なくとも今は撃ち合いがない。
「では、これで失礼いたします。また改めてご挨拶を」
東野二曹が頭を下げる。
神梨陸士長も青山陸士長もそれに続き、3人は揃って部屋を後にした。
扉が閉じると、残された部屋には再び静けさが戻った。
「……すごいな」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。無駄な言葉があるわけではない。それなのに、全員の動きは揃っていた。
結果だけを見れば、彼女たちは戦場を生き残った。それだけなのかもしれない。けれど、その結果を生み出したものの重さが、今になって少しだけ分かった気がした。
その時、無線が入った。
『段場、聞こえるか?』
和戸一尉の声だった。
「はい」
『運天を見たか?』
一瞬、言葉に詰まる。そういえば、戦闘が終わってから要の姿を見ていない。
「いえ、見ていません」
『そうか。見つけたら伝えろ。今すぐ来いと』
「……了解です」
通信が切れる。ほんの少しだけ、部屋の空気が変わった気がした。僕は立ち上がり、外へ出る。夏なのに夜気が冷たい。
基地の灯りに照らされながら、あちこちで人影が動いている。戦闘の後始末をする者、警戒に立つ者、車両を移動させる者。そのどこかに、要がいるはずだった。
僕は周囲を見渡した。そして、まだ姿の見えない要を探し始める。
この呼び出しが、要にとって――従う理由のない命令であることを、僕はまだ知らなかった。
登場人物紹介
段場 隼人……本編の主人公
東野 千花……元社長令嬢の二等陸曹
青山 奈都……千花の班に所属し、千花を尊敬している
神梨 アンジェリカ……奈都と同じく、千花を尊敬している。奈都とは幼馴染
和戸 一暁……35普連4中隊の中隊長




