第163話 終息
滑走路周辺の戦闘は終息していた。
しかし、戦場そのものが静まったわけではない。弾薬庫の火災は完全には鎮まらず、内部では断続的に小規模な爆発が起きている。爆ぜるたびに黒煙が低く押し出され、滑走路の上を這うように流れていった。煙と粉塵のため視界も依然として安定せず、戦闘が終わったという実感だけが、現実から取り残されたように薄かった。
『各隊、前進は抑制。確保範囲の維持を優先』
有朋繁陸将の指示が無線を通じて各部隊へ伝わる。勝利の直後であっても、隊員たちの行動は制限されていた。敵が完全に消えたわけではなく、散発的な抵抗が残っている。それ以上に、弾薬庫周辺では誘爆の危険が続いていた。
『弾薬、残量報告しろ』
長岡一佐からの通信が入る。
『1中隊、残り三割』
瀬戸一等が答えた。続いて、別の回線から報告が入る。
『2中隊、二割を切っています』
五十嵐毅三佐の声だった。
『……補給を急がせろ。撃てなくなる方が早い』
『了解!』
応答が返り、再び通信が行き交い始める。
滑走路の端では、戦闘を終えた部隊の横を死傷者の搬送が続いていた。担架が何度も往復し、救護班の声が途切れない。血の匂いに焼けた金属の臭いが混じり、煙の残る空気をさらに重くしている。
「う、ううう……」
「いてぇ、いてぇよ……」
負傷者の呻き声が聞こえる。
僕は銃を下げたまま、その光景を見ていた。撃ち合いは終わったはずなのに、身体はまだ緊張を解いていない。指先には銃を握っていた感覚が残り、耳の奥には先ほどまでの銃声がこびりついているようだった。
「段場、ぼさっとするな。周囲警戒だ」
和戸一尉の声で我に返る。
「はい」
すぐに銃を構え直し、周囲へ視線を戻した。終わったという実感はない。ただ、撃ち合いが止まっただけだった。
その時、無線が割り込んだ。
『こちら10通。2高方面、敵小隊の接触あり。13普連、31普連がこれを撃退。現在は鎮圧済み』
10通の高見二曹からの報告だった。
「……あっちもやってたか」
和田三佐が呟く。
「全域で同時に来ていたようですね」
ソブラウさんが周囲を見渡しながら答えた。
この駐屯地や広域防災基地だけが戦場だったわけではない。近隣の街も、山中も、同じように戦場になっていたのだ。僕らが戦っていた場所は、その一部に過ぎない。
遠方から、別の担架が運ばれてくる。
装備には焼けた痕が残っていた。先ほどまで自分たちが見ていた負傷者とは、損傷の仕方が違う。
「高射の方か……近かったな」
近くにいた隊員の1人が呟いた。誰も答えなかった。ただ、その担架へ一瞬だけ視線が集まった。
弾薬庫方面では、別の動きが始まっていた。
「……戻ってきたな」
西泉一佐が煙の向こうを見ながら言った。数名の影が、こちらへ向かって歩いてくる。規則的な間隔を保ちながら、無駄のない動きで進んでいた。
GASTタイガー班だった。ただし、その数は少なくなっている。全員が揃っているわけではなかった。
「状況は?」
西泉一佐が問いかける。先頭にいた班長が足を止めた。
「対象は排除済み。指揮系統は沈黙させました」
簡潔な報告だった。それ以上の説明はない。西泉一佐は一度だけ班長を見る。
「損害は?」
「1名喪失、1名戦闘不能」
それだけだった。西泉一佐は短く頷いた。
「了解した。後送を手配する」
事務的な言葉だった。だが、その一言で十分だった。すぐに担架が運ばれてくる。
その上には、覆われたままの一体が横たわっている。その隣では、別の隊員が目を覆ったまま座らされていた。視線を上げようとはしない。
僕は、その横を通り過ぎていくタイガー班を見ていた。何があったのか、僕には分からない。ただ、何かが終わったことだけは理解できた。
「……あれで、終わらせるのか」
思わず漏れた言葉に、ソブラウさんが小さく首を振る。
「結果だけを見れば、そうでしょうね」
それ以上は続けなかった。ソブラウさんが向いた方向では、別の担架が運ばれてきている。街中で戦っていたアマゾネス班や特戦群の負傷者だった。
戦場のどこかで誰かが戦い、誰かが倒れ、その結果だけがこうして一つの場所へ集まってくる。
その時、再び無線が全体へ開いた。
『各隊に通達。主要抵抗は排除済み。戦闘行動を終了する』
有朋陸将の声だった。一瞬、周囲の空気が止まったように感じた。
『残敵は掃討済みと判断。以後は警戒および処理に移行。無闇な交戦は行うな』
短い宣言だった。
「……終わったな」
和田三佐が呟く。その言葉に、ソブラウさんが静かに返した。
「“撃ち合いは”、ですね」
滑走路に、わずかな静寂が戻った。銃声は、もう聞こえない。
それでも完全な静けさにはならなかった。弾薬庫の方からは時折、爆ぜる音が響き、遠くからは負傷者の呻き声が聞こえてくる。戦闘が終わっても、戦場が消えたわけではない。
『各隊に通達。弾薬庫周辺の火災は依然継続中。延焼の可能性あり。無闇に近づくな』
有朋陸将の通信が続く。
戦いは終わった。だが、作業は終わっていない。僕はゆっくりと息を吐いた。
(勝った……のか?)
そう思いかけて、やめた。周囲には、まだ負傷者がいる。弾薬も足りない。煙も消えていない。
そして、今まで戦っていた場所には、戦いが残したものがあまりにも多く残されていた。
「段場、次の配置に移るぞ」
和戸一尉の声がする。
「はい」
僕は銃を持ち直した。考える時間はなかった。指定された方向へ向かって歩き出す。
立川駐屯地は奪還した。交戦は終わった。
それでも――戦場は、まだ終わっていなかった。
登場人物紹介
段場 隼人……本編の主人公
有朋 繁……オペレーション・ミネルヴァの最高司令
長岡 徳人……第34普通科連隊長
瀬戸 大明……34普連1中隊のベテラン
五十嵐 弘毅……34普連2中隊長
和戸 一暁……35普連4中隊の中隊長
高見 朱羅……第10通信大隊第1通信中隊所属
和田 友延……34普連1中隊長
ソブラウ……GASTアルバトロス班の隊員
西泉 一平……第48普通科連隊長
教授……GASTタイガー班の班長




