第162話 終点
距離は、もはや銃のためのものではなかった。
十数メートルまで縮まった互いの間合いでは、相手の動きは視界だけで捉えるものではない。銃口の向き、足の運び、身体の重心、その僅かな変化を感覚で読み取り、次の動きを予測しなければならない距離だった。
メンキは踏み込んだ。迷いはない。最短距離を選び、一直線にタイガー班へ向かっていく。
「来るぞ!」
フランキーが叫ぶ。
「散開を維持しろ。止まるな」
教授は即座に指示を飛ばした。
タイガー班は崩れなかった。しかし、間合いが詰まるにつれて、これまで彼らが利用していた角度の優位は失われていく。複数方向から射線を通すために取っていた距離が、逆に互いの動きを制限し始めていた。
その隙を、メンキは見逃さない。銃声が連続して響いた。
近距離での速射だった。精度を追求するのではなく、撃つ速度そのものを優先した弾丸が、狭くなった空間を支配する。
「ぐっ……!」
ジーナの肩口が抉られた。致命傷ではない。しかし、衝撃で体勢が崩れ、その場で動きが止まる。
「前を空けるな!」
教授の声に応じ、フランキーが前へ出た。射撃で止めるのではない。自分自身を使って進路を遮り、メンキの前進を阻もうとする。
だが、メンキは止まらなかった。銃口が動く。至近距離から放たれた弾丸が、フランキーの装甲の隙間を正確に撃ち抜いた。
「……っ!」
フランキーの膝が折れる。メンキはその横をすり抜けた。
(速い……!)
チェールは追おうとした。しかし、追いつけない。
判断も動作も、メンキの方が一歩先を行っている。接近戦になったことで、これまで以上にその差がはっきりと表れていた。
だが、その進路へ横合いから射撃が入った。
カンだった。視界を失っているにもかかわらず、音と位置情報だけを頼りに射線を維持している。
「射線、維持」
弾丸そのものはメンキに当たらない。しかし、それで十分だった。射撃によってメンキの動線が限定され、進める方向が僅かに絞られる。
「そこだ!」
教授が叫ぶ。ティムールが銃を構えた。狙いはメンキではない。崩落しかけた構造物を支える支柱へ照準を合わせ、正確に撃ち抜く。
「!!」
メンキの視線が動いた。
直後、支えを失った構造物が崩れ、瓦礫が一気に落下する。進路が塞がれた。
後退すれば、背後にはすでにタイガー班の射線が通っている。横へ逸れれば、崩れた構造物の下へ巻き込まれる危険がある。
残されたのは、正面だけだった。その正面へ、チェール、ジーナ、教授の三方向から射線が集まる。
メンキは身を捻った。2発を避ける。しかし、3発目が胸部を捉えた。傷は浅い。それでも、メンキの動きが止まった。
息がわずかに乱れる。
「もう……ここまでだな」
メンキは周囲を見渡すことなく、教授へ視線を向けた。
これは戦況の問題ではなく、選択の問題だった。
ここで引けば、生き延びる可能性は残されている。だが、それは敗北を先へ持ち越すだけに過ぎない。
メンキはその判断を終えていた。
「悪くない戦術だ」
「評価は要らん。落ちろ」
教授の返答は即座だった。
メンキは、わずかに笑った。
「そうか」
そして、最後の一歩を踏み込む。
距離は3メートル。三方向から伸びる射線が交差する。
その瞬間、誰も引き金を引かなかった。狙っているのは、ただ当てることではない。三方向の射線が、最も確実に同じ位置へ重なる瞬間を待っている。
メンキもまた、最後の一撃を狙っていた。
銃声が響く。
メンキの放った弾丸が、教授の頬を掠めた。同時に、三方向から射撃が放たれる。射線が完全に収束した。
胴体、関節、中心線……複数の弾丸が、同じ瞬間にメンキの身体へ重なる。身体がわずかに浮いた。それは反動によるものではなかった。複数の衝撃が同時に加わった結果だった。
そして、メンキの身体が崩れる。倒れた音が響くまでには、ほんの僅かな時間差があった。誰もすぐには動かなかった。
煙がゆっくりと流れていく。
ティムールが確認する。
「……対象、沈黙」
「確認する」
教授は銃を構えたまま、ゆっくりとメンキへ近づいていった。
メンキは動かない。呼吸もない。教授はその場で確認を終えると、静かに告げた。
「終了だ」
その一言を境に、戦場の意味が変わった。弾薬庫の炎は、なお燃え続けている。周囲では爆発も銃声も続いている。
しかし、この戦場を支えていた指揮は消えた。統制を失った戦線が、いつまで同じ形を保てるのか。それは、もはや時間の問題だった。
長く続いた戦いの中で、ここが一つの終点になった。
登場人物紹介
GASTタイガー班
教授:班長
ティムール
フランキー
チェール
ビトー
カン
ジーナ
アレレスチャ・メンキ……テリムト立川基地の司令官




