第161話 崩れない中枢②
弾薬庫周辺は、もはや戦場という言葉だけでは括れないほど、原形を失っていた。爆発によって抉られた地面には瓦礫が散乱し、傾いた構造物はいつ崩れてもおかしくない状態にある。燃え続ける残骸からは熱気と煙が絶えず流れ込み、足場を選びながら立つことさえ、ひとつの技術になっていた。
その不安定な地形の中で、両者は一定の距離を保ったまま対峙している。
「正面は切り捨てる。分散して動け」
教授の短い指示を受け、タイガー班は即座に動いた。一直線の撃ち合いをやめ、それぞれが異なる角度から射線を作るように展開していく。正面から押し込むのではなく、弾薬庫周辺の地形そのものを利用して、メンキの行動範囲を削っていく動きだった。
その一方で、メンキは動かなかった。ただ、視線だけがタイガー班の隊員たちを追っている。
(ふむ……)
相手が何を狙っているのか、メンキには見えていた。
距離を詰めることが目的ではない。敵は自分を囲もうとしているわけでもなかった。周囲の構造物と瓦礫を利用し、戦う場所そのものを変えようとしている。
「構造物を使うつもりか」
メンキが独り言のように呟いた、その直後だった。爆発音が弾薬庫周辺に響き渡る。
崩れかけていた壁が撃ち抜かれ、支えを失った構造物が大きく傾いた。次の瞬間、壁面が崩れ落ち、土煙と粉塵が周囲へ一気に広がる。視界が遮られ、先ほどまで見えていた射線がいくつも途切れた。
「視界、分断成功」
ティムールの報告が入る。
「続けろ」
教授の指示に応じ、タイガー班は間を置かずに次の行動へ移った。
別の構造物にも射撃が集中する。弱っていた壁が崩れ、さらに煙が立ち込めた。メンキの周囲には遮蔽物が増え、それに伴って死角も広がっていく。
(……なるほど)
メンキは周囲を見渡した。包囲ではない。拘束だ。
相手は自分を一気に仕留めるのではなく、逃げ道と射線を少しずつ限定している。動けば撃たれる。動かなければ、周囲を削られていく。
「理に適っている。」
わずかに口元が動いた。その瞬間、左側の煙が揺れた。
メンキの反応は速かった。銃口が煙の揺らぎへ向き、ほとんど間を置かずに発砲する。弾丸が煙の中を正確に貫き、隠れていたチェールの身体を掠めた。
「……っ」
浅い傷だった。だが、チェールの動きは止まる。
「まだ見えているか」
教授が問いかける。
「癖でな」
メンキは短く答えた。しかし、その直後には別方向から銃声が響いた。
カンだった。視界を失ったまま、それでも射撃を続けている。自らの目で敵を捉えるのではなく、得られた位置情報を頼りに銃口を向け、一定の射線を維持していた。
「射線、固定」
弾丸はメンキには当たらない。それでも十分だった。その射撃によって、メンキが動ける方向はさらに限定される。
「今だ!」
教授の声と同時に、フランキーとジーナが動いた。
2人は左右から間合いを詰め、煙と瓦礫の間を抜けながら一気に距離を縮めていく。
メンキは一歩だけ後退した。それは、この戦闘が始まってから初めて見せた明確な位置変更だった。
だが、その足元で地面が崩れた。
誘爆によって内部まで脆くなっていた地盤が、荷重に耐えきれず崩落する。メンキの足が沈み込み、ほんの一瞬だけ身体の軸が乱れた。
その一瞬を逃す者はいなかった。
複数の銃口が一斉にメンキへ向けられ、ほぼ同時に弾丸が集中する。
メンキは身を捻った。数発は紙一重でかわしたが、そのすべてを避けることはできなかった。一本の弾丸が脇腹を掠め、衝撃が身体を揺らす。
「……」
息がわずかに乱れた。ほんの一瞬だった。だが、その一瞬の遅れをメンキ自身が理解していた。
「捉えたか」
教授の声が煙の向こうから響く。それでも、傷は浅い。
メンキは崩れた足場から身体を引き起こし、体勢を立て直した。視線は先ほどまで以上に鋭くなっている。
(なるほど……ここまでか)
このまま距離を取って戦い続ければ、少しずつ削られていく。
地形は敵に利用され、射線も制限されている。こちらが動くたびに、その動きを狙われる。ならば、選択肢は一つしかない。
(先に踏み込む側になるしかない)
メンキは銃を構えたまま、前へ出た。
「来い!」
自ら間合いを詰める。
防御を捨て、射撃戦を続けるのではなく、相手の射線が十分に機能する前に距離を潰す。近接戦へ持ち込むための判断だった。
「突っ込んでくる!」
ジーナが叫ぶ。
「構うな、迎え撃て」
教授は動じない。距離が一気に縮まっていく。
銃声が重なり、周囲ではなおも爆発が続いていた。煙に覆われた弾薬庫周辺で、両者が互いの射線を潰しながら前へ出る。
もはや、引き返せない間合いだった。戦場の中心は完全に一点へ収束している。
決着は目前だった。
登場人物紹介
GASTタイガー班
教授:班長
ティムール
フランキー
チェール
ビトー
カン
ジーナ
アレレスチャ・メンキ……テリムト立川基地の司令官




