第160話 崩れない中枢
弾薬庫周辺の空気は、すでに通常の戦場とは異質なものになっていた。
断続的な誘爆が地面を揺らし、そのたびに爆圧と熱気が不規則に押し寄せてくる。崩れたコンクリート片や焼けた鉄片が散乱し、身を隠すための遮蔽物でさえ、いつ安全を失うか分からない。煙と粉塵が視界を削り、数十メートル先の位置関係さえ曖昧になっていた。
その危険な空間を、数名の兵士が進んでいく。
GASTタイガー班。
彼らに与えられた任務は、敵の殲滅ではない。戦場全体を支えている中枢を排除するための投入だった。
「前方、弾薬庫外周。熱源多数。ただし統制は弱い」
ティムールが報告する。
教授はその報告を聞きながらも、視線を煙の奥から外さなかった。
「指揮はまだ生きている。崩れてはいない」
銃声と爆発音が入り混じる中で、その声だけが妙に落ち着いていた。
「ここは通過する。中枢を優先する」
短い指示だったが、誰も異論を挟まなかった。タイガー班は進路を変えず、弾薬庫外周を抜けていく。
その先、崩れかけた構造物の影に2つの人影があった。
ディデア・ロッカ中尉は周囲を一瞥すると、すぐに判断を下した。
「ここは持ちません。撤退を!」
彼女が見ていたのは戦況そのものではない。その目は、目の前にいる人物――アレレスチャ・メンキ大佐へ向けられていた。
「却下する」
メンキの返答に迷いはなかった。
「戦線はすでに分断された。ここで退いても再編は間に合わん」
「ですが、あなたが残れば指揮は維持できます!」
ロッカの声に、わずかな焦りが混じる。メンキは彼女を見る。
「維持してどうする?」
一瞬の間があった。その間にも、弾薬庫の内部から鈍い爆発音が響いている。
「この戦場は終わる。だが戦争は終わらん」
メンキの視線が鋭くなる。
「だから、お前が残れ」
ロッカは一歩前へ出た。
「それは受けられません!」
静かな拒絶だった。
「戦力を残すのであれば、あなたこそ――」
言葉の途中で、銃声が割り込んだ。
「くっ……!」
乾いた一発がロッカの肩口を弾き、肉と装備を弾き飛ばす。衝撃に身体を揺らされながらも、彼女は倒れなかった。
「……来たか」
メンキが煙の向こうを見る。
そこに複数の影が浮かび上がった。
間隔に無駄がない。進む方向にも迷いがなく、それぞれの視線が互いの動きを補うように配置されている。
教授が静かに告げた。
「対象確認。指揮個体」
ビトーが続く。
「護衛あり。排除に移行」
先頭へ出たのはビトーだった。躊躇なく距離を詰める。弾薬庫周辺の不安定な地形も意に介さず、崩れた構造物の間を一直線に踏み込んでいく。その動きには迷いがなかった。
だが、メンキは撃たなかった。銃を構え、引き金に指をかけたまま、わずかに待つ。視線はビトーではなく、足元へ向けられていた。
爆圧が地面を揺らす周期。次の誘爆が起きる瞬間。そして――地面が跳ねた。
ビトーの踏み込みが、ほんの僅かに遅れる。メンキは、その一瞬を逃さなかった。
短い2発の銃声が響く。1発目が装甲の隙間をかすめ、続く2発目が確実に身体を貫いた。
「――っ」
ビトーの動きが止まる。それでも勢いまでは消えず、数歩を進んだところで身体が崩れ落ちた。教授は倒れたビトーを一瞥し、すぐに周囲へ視線を戻した。
「……正面の撃ち合いは分が悪いな」
視線が崩れた構造物へ移り、その向こうで揺らめく炎を捉える。
「環境を使う。こっちもだ」
その言葉と同時に、タイガー班の動きが変わった。
「ビトー!」
カンが倒れた仲間へ視線を向けた。その瞬間、さらに銃声が重なる。弾丸がカンのゴーグルを砕き、視界が白く弾けた。
「視界……喪失……!」
カンは体勢を崩し、その場に膝をつく。
「下がれ」
教授から即座に指示が飛ぶ。だが、カンは動かなかった。倒れたビトーの方向へ振り返ることもなく、銃口を敵のいる方向へ向け続けている。
「射線維持!」
視界を失ってなお、カンは銃口の向きと反動だけを頼りに敵の位置を把握していた。訓練で叩き込まれた手順を、感情を挟むことなく機械的に再現している。
その姿を、ロッカは見ていた。
理解する。この敵は、仲間を失っても動揺しない。彼女は煙幕弾を取り出した。
「……時間を稼ぎます」
煙幕弾が投げ込まれる。白煙が広がる直前、ロッカ自身が前へ出た。守るためではない。足を止めるための前進だった。しかし――
「重力霧を使うべきだったね。」
教授の声が響く。銃声が1発。ロッカの側頭部を弾丸が撃ち抜いた。
「……!」
身体から力が抜け、その場に崩れ落ちる。直後、煙が周囲へ広がり始めた。その向こうで、メンキは一瞬だけ視線を落とした。
(間に合わなかったか)
それだけだった。思考を切り替える。銃を構え直す。退くという選択は、すでに捨てていた。
煙の向こうから、タイガー班の輪郭が再び浮かび上がる。フランキーが状況を確認した。
「1名喪失、1名戦闘不能」
教授は即座に答える。
「作戦は継続する」
倒れた仲間へ視線を向けることもなく、銃口を前へ向けた。
「対象を落とす。止まるな」
メンキはわずかに息を吐いた。
周囲では炎が燃え続け、弾薬庫内部から新たな爆発音が響いている。煙の向こうには、なお敵がいる。それでもメンキは動かなかった。
「……来い」
その声音には焦りがなかった。確信だけがあった。対する教授も止まらない。
「止まるな。」
再び銃声が重なった。弾薬庫周辺を覆っていた煙の中で、両者の射線が交差する。
ここに至って、戦場の中心は明確になっていた。複数の戦線が入り乱れていた立川の戦場で、敵味方それぞれの中枢が、初めて真正面からぶつかろうとしていた。
登場人物紹介
GASTタイガー班の班員
教授……班長
ティムール
フランキー
チェール
カン
ジーナ
アレレスチャ・メンキ……テリムト立川基地の司令
ディデア・ロッカ……陸軍中尉で、ハイエルフの女性。メンキの腹心
殉職したGAST隊員
ビトー:本名:三衛 仁稀
生年月日:1994年4月2日 / 出身:神奈川県
階級:二等陸曹 / 所属:GASTタイガー班
享年:27歳




