第159話 崩れない中心
多摩の空に、低く重い爆音が幾重にも重なっていた。立川駐屯地の各所では火の手が上がり、立ち上った黒煙が風に流されている。滑走路の一部はすでに友軍が押さえていたものの、弾薬庫周辺では断続的な爆発が続いていた。
戦線は一本ではない。複数の交戦が同時に進み、それぞれの戦況が別の場所へ影響を及ぼしている。どこか一つを制圧しただけでは、この戦場全体を動かすことはできない。
その状況を、小菅村の指揮所から見つめている者たちがいた。
「2高、状況を報告しろ」
簡易に設置された作戦卓の前で、有朋 繁陸将が短く問いかける。
「はい。滑走路正面は友軍が一部確保。しかし弾薬庫付近で敵が粘っています。誘爆の危険あり」
第2高射特科群長の恩嶋景利が報告する。
「対空状況は?」
「敵航空戦力の明確な投入は確認されていません。ただし、上空監視を継続中です」
有朋は一度だけ頷いた。
「地上戦力を優先する。滑走路を押さえた以上、補給線は細っているはずだ」
「了解」
指揮所内では通信が絶え間なく飛び交っていた。第10通信大隊が各地から戦況を集約し、その情報を必要とする部隊へ送り続けている。
「10通、全体の更新を回せ」
大隊長の後谷 真輔が指示を出す。
「はい。各部隊へ状況更新を送信中」
二等陸曹の高見 朱羅が応答した。
戦場は広い。それでも、情報が繋がっている限り統制は崩れない。
その一角――弾薬庫付近では、別の戦いが続いていた。
「48普連、前へ出るな! 射撃で抑えろ!」
コンクリート壁の陰から、西泉 一平三等陸佐が声を飛ばす。
弾薬庫周辺ではすでに火の手が上がり、熱気が戦場へ流れ出していた。内部では保管されていた弾薬が不規則に誘爆しているらしく、鈍い爆発音が一定の間隔を置かずに響いている。
「近づきすぎるな! 巻き込まれるぞ!」
西泉が再び警告する。
第48普通科連隊は、この戦場では第2高射特科群から対空火器の支援を受けていた。その火器の一部は敵航空戦力への対処ではなく、仰角を落として地上目標へ転用されている。今は、その火力が弾薬庫周辺で敵の進出を抑えるために使われていた。
「照準下げろ! 車両の脚を狙え!」
第48普通科連隊第2中隊の三等陸尉、朝本 健太が指示を飛ばす。
支援を受けた対空火器が重い射撃を叩き込む。帝国軍の車両は遮蔽物として利用されているが、完全な防壁ではない。履帯や車輪、下部装甲には射撃の通る箇所が残されている。
「効いている……止まった!」
朝本が声を上げる。一台の敵車両が動きを止めた。しかし、敵もそこで止まるつもりはなかった。
「代替ルートを取ってくるぞ!」
第2中隊の三等陸曹、葛師 史太が叫ぶ。
別方向から敵が展開を試みている。
「……しつこいな」
西泉は吐き捨てるように言ったが、その視線に焦りはなかった。これまで幾度も、押し切れない戦いを経験してきた指揮官の目だった。
「崩れてはいない。だが、押し切る余力もないか」
状況は拮抗している。こちらにも決定打はない。しかし、相手も同じだった。
「各員、焦るな。前に出るな、崩される」
「了解!」
応答が返り、射撃が維持される。
進ませない。それが、この地点での任務だった。
その背後から通信が入る。
「こちら10通。滑走路方面、敵主力が後退を開始。友軍が一部制圧に成功」
後谷の報告を聞き、西泉が短く呟いた。
「……やったか」
だが、すぐに視線を弾薬庫へ戻す。
「だが、こっちはまだだな」
弾薬庫の炎は勢いを増していた。
内部では誘爆が連鎖している。保管されていた対空弾と燃料が混ざり、次にどれほどの規模の爆発が起きるのか、誰にも読めない。
「近づきすぎるな! 巻き込まれるぞ!」
西泉が叫んだ直後、これまでとは明らかに規模の大きい爆発が弾薬庫内部で起きた。建物の一部が崩れ、火の粉が高く舞い上がる。
「まずい、誘爆が連鎖している!」
朝本が叫ぶ。
「距離を取れ! だが射線は切るな!」
西泉は後退と射撃維持という、相反する行動を同時に求めた。そのときだった。
煙の奥、弾薬庫の影から人影が現れた。
重装ではない。だが、明らかに周囲の兵とは違っている。
「……指揮個体か?」
西泉は双眼鏡を上げた。
炎を背にして立つその人物は、周囲の混乱とは無関係であるかのように、静かに戦場を見渡している。
(あれが……)
確証はない。それでも、指揮官としての直感が告げていた。
(ただの兵じゃない)
葛師も、煙の向こうに立つ人影から目を離さなかった。
その瞬間、乾いた一発の銃声が戦場へ割り込んだ。人影の肩がわずかに揺れる。だが、倒れない。
「……仕留めていない?」
葛師が呟く。
「違う、動きを縛っている」
西泉は即座に答えた。
急所を狙わず、行動だけを制限する射撃だった。通常の歩兵には真似できない精度である。
「あれが、GASTか……」
西泉が理解する。
「いいぞ。そのまま抑えろ。こちらも押し返す」
朝本の声に呼応するように、48普連の射撃が再び強まった。弾薬庫付近の戦線が、わずかに押し返される。しかし、決着には至らない。
戦場の各所で、同じような均衡が続いていた。押す場所があれば、止める場所もある。崩れ始める場所があれば、そこで踏みとどまる場所もある。それらすべてが同時に存在し、戦場全体の動きを複雑にしていた。
「……まだ終わらんか」
小菅村の指揮所で、有朋が低く呟いた。
「はい。各戦線とも決定打には至っていません」
後谷が答える。
「だが、敵は後退を始めている」
別当強司が口を挟む。
「局地的には、です」
後谷の返答に、短い沈黙が生まれた。
「……司令部の位置は特定できているか?」
有朋の問いに、指揮所内の空気が変わった。
「現在、解析中です。ですが、弾薬庫周辺に指揮個体らしき反応あり」
後谷が答える。
「……あの個体、周囲と動きが違います」
「確証は?」
「まだ不十分です」
有朋は目を細めた。
「……そこだな」
静かな声だった。
「戦場は分断された。ならば、残るは中枢だけだ」
その言葉は、ほとんど結論に近かった。
「各部隊に通達。弾薬庫周辺の圧を維持しろ。敵の指揮系統を断つ」
「陸将、先陣は我々、GASTタイガー班にお任せ願いたい。」
通信越しにGAST隊員の声が返ってきた。
「理由は?」
「通常部隊では損耗が嵩みます。敵司令は単独で崩すべき対象です。我々なら、それが可能です」
有朋は一度、西泉へ視線を向けた。
「西泉、聞いたか? どうする?」
問いかけを受けた西泉は、弾薬庫周辺の戦況を見渡した。
「やらせましょう。無理なら、こちらで回収します。」
「生還率は問わん、ということか」
「よし教授、GASTタイガー班が先陣を切れ!」
「了解」
教授の返答とともに通信が切れた。そして、教授はニヤリと笑う。
(正直、暴れ足りないが、仕方ねぇ)
西泉はそう感じていたが、上官の命令に従った。
戦場は、次の段階へ移行しようとしていた。
弾薬庫の炎はなお燃え続けている。銃声も、まだ止まない。滑走路では友軍が押さえた地域を足場に、次の戦線へ進もうとしていた。
それでも、この戦場を繋ぎ止めている中枢は、未だ崩れていない。だからこそ、次に狙うべき場所は明確だった。
登場人物紹介
有朋 繁……オペレーション・ミネルヴァの最高司令
恩嶋 景利……第2高射特科群の群長
後谷 真輔……第10通信大隊の大隊長
西泉 一平……第48普通科連隊の連隊長
高見 朱羅……第10通信大隊第1通信中隊のWAC
朝本 健太……第48普連普通科連隊第2中隊所属
葛師 史太……第48普通科連隊第2中隊所属
教授……GASTタイガー班の班長
GASTタイガー班……GASTの普通科部隊




