第158話 分断の完成
滑走路上の均衡は、すでに崩れ始めていた。
重装歩兵の一体が膝をついたことで、隊列の前後にわずかな遅れが生じている。後続は前の個体に詰まり、先に出ていた重装歩兵は周囲との距離を広げられた。ほんの数秒にも満たない歪みだったが、戦場では、それだけの時間があれば十分だった。射線が通り、これまで互いを支えていた連携が途切れていく。
「押し込めるぞ」
和田三佐の号令を受け、34普連の射撃が一段と強まった。
側面に展開していた支援歩兵は遮蔽物に張り付いたまま、前へ出ることができない。重装歩兵は厚い装甲によって射撃を耐えているものの、肝心の前進が止められている。装甲で身を守れても、動けなければ、その巨体はただの壁と変わらない。
「前に出れない……このままでは重装が孤立する……!」
焦燥した声が、敵側から聞こえてきた。
「止まっている間に削れ。動かすな」
和戸一尉の指示に、周囲から「了解!」と応答が返る。
射撃の狙いは、引き続き足元へ集中していた。装甲を抜こうとするのではなく、接地する場所と進路を狙い、踏み込ませない。重装歩兵の身体そのものではなく、前進という行為を封じるための射撃だった。僕も照準を落とす。
(当てるんじゃない。遅らせる)
引き金を引く。弾丸は装甲を抜けず、硬い表面を叩いて火花を散らした。それでも意味はある。着地の位置がわずかにずれれば、次の踏み込みが遅れる。その遅れが隣の個体へ伝われば、隊列全体の動きも鈍っていく。
「いい、そのまま続けろ」
和戸一尉の声が飛ぶ。戦線は、わずかではあるが確実に前へ動き始めていた。
その変化を、アイトンダは冷静に見ていた。
「……一体欠けたことで、全体が鈍ったか」
そこに怒りも焦りもない。目の前で起きている現象を、ただ戦況として受け止めている。
「パリュム、現状を報告しろ!」
「はい。重装一体が戦闘不能。側面は完全に抑え込まれています。このままでは、分断が固定されます」
パリュムは即座に答えた。
「復帰は可能か?」
「困難です。押し返すには、側面の展開が必要ですが……それができません」
短い沈黙が落ちた。その間にも、滑走路では弾着と銃撃の衝撃が途切れず続いている。重装歩兵たちは依然として立っている。装甲も健在で、数も大きく減ってはいない。それでも、前へ出ることができず、かといって後方へ下がることも難しい。
「……これ以上は損耗の方が大きいか」
アイトンダは一歩だけ前へ出た。視線は、崩れ始めた隊列へ向けられている。
「連携を切られた状態で前進を続けても、損耗が増えるだけだ」
「では……」
パリュムが言葉を続けようとする。
「ここまでだ。撤退する」
判断は早かった。
「重装は後退。動ける個体から順に下がれ。支援歩兵は重力霧を展開、退路を確保する。車両は後退射撃に切り替えろ」
「了解!」
命令が各所へ伝わっていく。
それまで前進を続けていた敵部隊の動きが、明確に変わった。次の瞬間、白煙が滑走路へ広がった。
「これは……まただ……」
僕には見覚えがあった。
この霧の中では重力が重くなり、思うように身体を動かせなくなる。視界が削られ、射撃精度が落ちるだけではない。身体そのものが重くなり、僕らは身動きを取ることさえ難しくなっていく。
「身体が……重い……」
誰かの声が聞こえる。
「これでは、何も出来ん……」
周囲でも同じような声が上がった。
「なら、俺が!」
要が声を上げる。
しかし、霧の向こうから遠方への射撃は続いているものの、こちらも無理に前へ出ようとはしなかった。この状態で煙の中へ突っ込めば、追撃する側が逆に損害を受ける。
白煙の向こうでは、重装歩兵がゆっくりと後退を始めていた。
「追うな。今は押し返すだけでいい」
和戸一尉の命令に、僕は息を整えながら答える。
「……了解です」
(これ以上は、追えない)
和戸一尉も、そう判断しているのだろう。
戦力も、現在の位置も、追撃を続けるには十分ではない。ここで無理に踏み込めば、せっかく崩した戦線を逆に崩される可能性がある。
だから、止める。止めて、押し返す。それが今の僕らにできる限界だった。
煙の向こうから、重い足音が少しずつ遠ざかっていく。
その最後尾で、アイトンダが一度だけ振り返った。
「……覚えておこう」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
「次は、同じ手は通じん」
それだけ言うと、アイトンダは白煙の中へ姿を消した。
銃声は次第に間引かれるように減っていき、やがて完全に途切れた。
「……止まったか」
和田三佐が周囲を確認しながら呟く。
「ええ。完全に引きましたね」
ソブラウさんも周囲へ視線を巡らせながら答えた。敵が撤退したからといって、警戒を解いているわけではない。それでも、戦線が明確にこちら側へ傾いたことは間違いなかった。
「滑走路、確保しました」
和戸一尉の報告に、和田三佐が頷く。
「よし。次に移る」
短いやり取りだったが、それで十分だった。
僕はその場に立ったまま、銃を下ろさなかった。
(やれた……)
そう思いかけて、すぐに自分で否定する。
(いや、違う)
自分が撃った弾は、決定打にはなっていない。タイミングも、狙う位置も、まだ甘かった。敵の動きを止めることには参加できたが、隊列を崩したわけではない。
(まだだ。まだ、決め手になれていない)
それでも、僕らは前へ進んでいる。ほんの少しだけだったとしても、その変化は確かに存在していた。
「段場、次に行くぞ」
和戸一尉の声で、僕は顔を上げる。
「はい!」
滑走路の奥では、まだ煙が上がっていた。弾薬庫付近の火災も収まっていない。敵が撤退したからといって、立川駐屯地での戦いそのものが終わったわけではなかった。
(まだ続く……)
僕は銃を構え直した。立川の戦いは、まだ終わらない。
登場人物紹介
段場 隼人……本編の主人公
和田 友延……34普連1中隊の中隊長
和戸 一暁……35普連4中隊の中隊長
ソブラウ……GASTアルバトロス班の隊員
運天 要……隼人の同期
ペーリ・アイトンダ……第3即応打撃小隊の隊長
ニッズ・パリュム……同副隊長




