第156話 連携遮断
重装歩兵の前進は、依然として止まらなかった。
滑走路上で一定の間隔を保ちながら、彼らは射撃を受けても歩みを崩さない。装甲に弾丸が食い込み、乾いた衝撃音とともに火花が散る。それでも隊列は乱れず、正面を維持したまま、こちらとの距離を少しずつ詰めてくる。
側面では通常歩兵が展開し、射線を広げていた。さらに後方では軽車両が機関銃を撃ち続けており、こちらの動きを抑え込んでいる。
「このままでは押し切られるな」
和田三佐が言った。
「正面から削り切るのは無理です」
ソブラウさんの判断も同じだった。
事実、こちらは重装歩兵の関節部を狙い続けている。しかし、敵は正面を維持し、弱点を隠すように身体の角度を変えながら前進している。こちらが狙いを定める前に、装甲の陰へと関節を隠されてしまう。
「なら、止めるしかない」
和戸一尉が言った。
「止める、ですか?」
僕が聞き返す。
「壊すんじゃない。前進を止める」
そのとき、無線に割り込みが入った。
『フォックス01、状況は見えている』
低い声だった。コルガンさんだ。
『中央の重装は捨てろ。撃っても時間の無駄だ。足を止めて、周りを切り離せ』
「分断しろ、ということですね」
ソブラウさんが確認する。
『その通りだ。あの小隊は連携で強い。繋がりを切れば、ただの硬い的になる』
ソブラウさんは短く頷いた。
重装歩兵そのものを倒すことに固執するのではなく、その周囲にいる通常歩兵と車両との連携を断つ。そうすれば、いくら装甲が厚くても、単独でできることには限界がある。
「和戸一尉、重装の前進を止めるために、足元と進路を狙います。完全に止める必要はありません。速度を落とせばいい」
「了解だ。35普連、射撃を足元に集中。踏み込みを崩せ」
「34普連は側面を抑える。展開させるな」
「了解!」
各隊から応答が返る。
「段場、見えるか?」
「……はい。進路が一定です」
照準越しに重装歩兵を見る。
彼らは完全な直線を進んでいるわけではない。射撃を避けるために微妙に進路を変え、互いの位置も調整している。それでも、踏み込みには一定の軸があった。
そこへ射撃を置けばいい。
(当てるんじゃない。踏ませない)
僕は重装歩兵そのものではなく、その前方の地面を狙った。
弾丸が滑走路を削り、足元に破片を跳ね上げる。
重装歩兵の1人が、踏み込もうとした足をわずかにずらした。
ほんの小さな変化だった。しかし、次の一歩が遅れる。その遅れによって、後続との間隔がわずかに広がった。
「いい、そのまま続けろ」
和戸一尉の声が飛ぶ。僕は同じ要領で射撃を続けた。
側面では、34普連の射撃がさらに密度を増している。通常歩兵は遮蔽物に張り付いたまま、こちらへ展開することができなくなっていた。重装歩兵の前進に合わせて側面から圧力を加えるはずだった部隊が、動きを封じられている。
「出てこられなくなってる!」
僕が叫ぶ。
「連携が遅れ始めていますね」
ソブラウさんが答えた。
その瞬間だった。滑走路に、乾いた一発の銃声が響いた。
「うぐっ……」
重装歩兵の1人が、わずかに体勢を崩した。
「……関節に入ったか」
和戸一尉が言う。
「いえ、違いますね。バランスを崩しただけです」
ソブラウさんが視線を上げる。屋上付近に、人影が見えた。重装歩兵の足元に残っていた、わずかな露出部分を正確に撃ち抜いた。重装歩兵の動きが止まる。
「今のは……」
僕が呟く。
「ジミーさんですね。あのタイミングは、再現できるものではありません」
ソブラウさんは淡々と答えた。それでも、重装歩兵は倒れない。だが、それで十分だった。
「止まった……!」
僕は思わず声を上げた。
重装歩兵の列が、明確に足を止めていた。装甲同士が擦れる音が途切れ、それまで滑走路に規則的に響いていた足音も消える。先ほどまで押し続けていた敵側のリズムが、初めて崩れた。
「今だ、押し返すな。止め続けろ!」
和戸一尉が指示する。
こちらから無理に前へ出る必要はない。今は、この状態を維持することが重要だった。その変化を、敵も見逃さなかった。
「速度が落ちたか」
アイトンダが冷静に分析する。そして、すぐに次の命令を出した。
「側面、前に出ろ。遅れるな。重装の“間”を埋めろ」
「隊長、しかしそれでは……」
マーモ・サラマッカス曹長が応じる。だが、その命令に従うべき側面の通常歩兵が動かない。34普連の射撃が、彼らの展開を完全に抑えていた。
重装歩兵と通常歩兵の間に生じたわずかな隙間。それを埋めるはずだった部隊が、そこへ入れない。
「……分断されたか」
アイトンダが短く呟いた。
「効いてますね」
ソブラウさんが言った。
「だが、まだ崩れてはいない」
和田三佐が続ける。その通りだった。
重装歩兵は依然として立っている。数も減っていない。装甲にも大きな損傷は見えない。ただ、前進が止まった。それだけだ。
(これだけじゃ足りない……)
僕は照準越しに敵を見続ける。何をすれば、この小隊を本当に崩せるのか。
少しずつ見えてきた。だが、まだ届いていない。
再び狙撃音が響いた。重装歩兵の1人が、またわずかに体勢を崩す。僕はその動きを追って照準を合わせた。
照準そのものは合っている。距離も問題ない。角度も取れている。それでも、引き金を引く決断が遅れた。撃つべき瞬間が分からない。
「……まだか」
和戸一尉の声が聞こえた。
「すみません、もう少しで……」
「焦るな。止められているだけで十分だ」
その言葉に、僕は一度だけ息を整えた。今は倒せなくてもいい。押し返されてはいない。だが、こちらも勝っているわけではない。重装歩兵は、再び動き出そうとしていた。
「ここから先が本番ですね」
ソブラウさんが静かに言う。
重装歩兵の足が、ゆっくりと前へ出ようとする。先ほどまでとは違う。わずかに遅い。踏み込みにも乱れがある。それでも、止めただけでは足りない。
和戸一尉が敵を見据えた。
「次は、崩す」
重装歩兵が再び前へ出ようとする。だが、その足取りは、最初とは明らかに違っていた。
完全ではない。それでも、一度止まったという事実だけは消えない。こちらには、そのわずかな変化を利用する余地が生まれていた。
登場人物紹介
段場 隼人……本編の主人公
ソブラウ……GASTアルバトロス班の隊員
和戸 一暁……35普連4中隊の中隊長
和田 友延……34普連1中隊の中隊長
コルガン……GASTフォックス班の班長
ジミー……GASTフォックス班で、GASTナンバー2の狙撃手
ペーリ・アイトンダ……赤鬼型鬼人族の男性で、陸軍中佐。即応打撃小隊の指揮官
マーモ・サラマッカス……陸軍曹長で、ダークエルフの女性。第3即応打撃小隊の支援歩兵を束ねる




