第155話 崩せない前進
滑走路の奥で、漂っていた煙の層がゆっくりと割れた。その向こうから姿を現した部隊は、それまで僕らが交戦してきた敵とは明らかに異質だった。
先頭に立っているのは、全身を重装甲で覆った兵士たちだった。関節部だけがわずかに露出しているものの、そこにも簡易的な防護が施されている。歩みは決して速くない。だが、こちらからの射撃を受けても止まることなく、一定の速度で前進を続けていた。
被弾することを前提にした進撃。その後方と左右には通常歩兵が展開し、さらに後方には軽車両が二両。搭載された機関銃座が、こちらへ向けられている。
和田三佐が敵の編成を見渡した。
「……編成されているな」
一目見れば分かる。寄せ集めではない。それぞれの兵が独立して動いているのではなく、互いの役割を理解した戦術単位として配置されている。
「小隊規模。ただし、質が違いますね。」
ソブラウさんの視線は、中央に並ぶ重装歩兵へ固定されていた。
「中央の重装が軸です。あれが前に出て、周りが崩す形ですね」
その重装歩兵の中央に、1人だけ装備の異なる男が立っていた。
重装兵ではない。しかし、周囲の兵たちはその男の周囲だけ、わずかに距離を取っている。和戸一尉が目を細めた。
「……あれが指揮官か」
「ええ。前に出るタイプですね」
指揮官のその男――ペーリ・アイトンダ中佐は戦場を一瞥した。
滑走路へ侵入してきた自衛隊部隊、そして、まだ各所で戦闘を続けている味方の戦線。状況は決して良くない。それでも、崩壊しているわけではなかった。
アイトンダは、周囲の状況を確認すると、落ち着いた声で命令を下した。
「第3小隊、前進。重装班を軸に押し上げる。側面は遅れるな」
短く、無駄のない命令だった。その瞬間、重装歩兵が一斉に動き始める。
「来るぞ!」
和戸一尉の声が響いた。僕らは迎撃のために射撃を開始した。
弾丸が重装歩兵へ次々と命中する。装甲を叩いた弾が火花を散らし、鈍い音が連続して響いた。それでも――
「……止まらない」
僕の口から、思わず声が漏れた。確かに当たっている。それなのに、敵の前進速度はほとんど変わらない。
「関節を狙え!」
和戸一尉の指示で、僕らは狙いを切り替えた。しかし、簡単には射線を取らせてもらえない。
重装歩兵は正面をこちらへ向けたまま、弱点を晒さないように身体の角度を細かく変えている。装甲で受けられる射撃は受け、危険な射線だけを避けながら前進していた。
「34普連、火力を上げる!」
和田三佐の指示とともに、さらに重い制圧射撃が叩き込まれる。それでも、重装歩兵は止まらなかった。むしろ――
「押してきてる……!」
一歩ずつ、確実に距離を詰めてくる。その間に、側面の通常歩兵が展開した。建物の影を利用しながら位置を変え、こちらの射線をずらしていく。
「挟まれるぞ!」
「くっ……!」
僕は地面へ伏せた。弾丸が頭上を抜けていく。その直後、後方から重い機銃音が響いた。軽車両の機銃座が火を噴いたのだ。
「車両も出てきたか!」
和田三佐が叫ぶ。射線が増えたことで、僕らの動ける範囲がさらに狭まっていく。
ソブラウさんが、敵部隊を見ながら呟いた。
「……完成されてる」
その声には、いつもの軽さがなかった。
「重装で押し、側面で崩し、後方で固定する。教本通りですが、精度が高い」
敵はただ正面から突っ込んでいるわけではない。重装歩兵がこちらの火力を受け止め、その隙に通常歩兵が側面から射線を作り、後方の車両が僕らの移動を制限している。一つ一つの動きが、別々ではなく繋がっていた。
「段場!」
和戸一尉の声が飛んできた。
「はい!」
「右の重装、足元を見ろ。踏み込みの瞬間を狙え」
「はい!」
僕は照準を落とした。狙うのは重装歩兵の足元。装甲に覆われていても、完全には隠せない部分だ。だが――
「……速い」
重装甲を身に着けているとは思えないほど、踏み込みのタイミングが読めない。単純に一定の速度で進んでいるわけではない。こちらの射撃を見ながら、わずかに歩調を変えている。
(読まれてる……?)
そう思った瞬間、和戸一尉の声が響いた。
「運天、撃て! 支援に徹しろ!」
「……っ!」
要がトリガーを引いた。厚い弾幕が敵へ向かって伸びていく。だが、狙いは甘い。
「無駄撃ちはするな!」
和戸一尉が叱責する。
「分かってますよ!」
要の声には、明らかな苛立ちが混じっていた。
その瞬間だった。1人の重装歩兵が、弾幕の隙間を縫うようにして一気に距離を詰めた。
「――!」
速い。そのまま銃口が持ち上がる。
「ぐっ……!」
味方の1人が撃たれ、地面へ倒れ込んだ。
「渡辺!」
和戸一尉が叫ぶ。そして、即座に判断を下した。
「下がれ! 一度ラインを引く!」
「ここで!?」
誰かが声を上げる。
「押し切られる!」
その判断に迷いはなかった。この敵を相手に、今の位置で撃ち合い続ければ戦線そのものが崩れる。
「後退しつつ射撃! 崩れるな!」
和田三佐の指示が続く。僕らは射撃を継続しながら、わずかに後方へ下がった。それでも、敵の前進は止まらない。
「……初見で勝てる相手じゃないですね」
ソブラウさんが呟く。その間にも、敵兵は前進を止めていない。自分たちの部隊が押し込んでいることを確認すると、淡々と命じた。
「いい。崩れている。押し込め」
その声に感情はなかった。ただ、目の前の状況を処理しているだけだった。
(強い……)
僕は敵を見つめた。一人一人の強さだけではない。重装歩兵が前を押さえ、通常歩兵が側面を取り、車両が後方から戦場を固定する。その全てが噛み合うことで生まれる、部隊として完成した強さだった。だが――。
「……止め方はあるはずだ。それを考えろ…」
僕はそう呟きながら、改めて戦場を見渡した。
重装、側面、車両――それぞれ単体で見ても強い。しかし、互いが繋がっているからこそ、この強さを維持できている。
(なら――どこかを切ればいい)
そう考えたところで、和戸一尉が僕へ声をかけた。
「段場、何か見えたのか?」
「……まだ、断定はできません。でも――」
僕は一度、息を整えた。
「ふうっ」
激しい銃声の中で、呼吸を落ち着かせる。そして、正面から押し寄せてくる重装歩兵を見据えた。
「このまま正面から撃ち合うのは無理です」
和戸一尉は短く頷いた。
「そうだな。なら、崩し方を考える」
戦線は、まだ押されている。それでも、完全に崩れたわけではない。
後退しながらも、僕らは射撃を続けていた。敵もまた、無理に速度を上げることなく、隊形を維持したまま前進している。互いに相手の出方を窺いながら、次の一手を探っている。
「次で、流れを変える」
和戸一尉の声が、重い銃声の中へ消えていった。押されている。それでも、崩れてはいない。次の一手を打つために、僕らは戦線を維持し続けていた。
登場人物紹介
段場 隼人……本編の主人公
和田 友延……34普連1中隊の中隊長
ソブラウ……GASTアルバトロス班の隊員
和戸 一暁……35普連4中隊の中隊長
運天 要……隼人の同期、一等陸士




