第154話 交戦 -立川駐屯地-
――陸上自衛隊 立川駐屯地 ※現テリムト立川基地
多摩の空に、低く重い爆音が響いていた。
立川駐屯地の各所から黒煙が立ち上り、滑走路周辺では断続的な発砲音が続いている。兵舎側では時折爆発が起こり、そのたびに建物の向こうから新たな煙が吹き上がった。上空を横切る曳光弾が、灰色の空を一瞬だけ赤く染めている。
双眼鏡を覗いていた和戸一尉が、戦場を見渡しながら呟いた。
「……やり合ってるな」
「間に合って良かったです。」
ソブラウさんは軽い口調で答えたが、その視線は戦場から一度も外れていない。和戸一尉が双眼鏡を下ろし、周囲の隊員へ指示を飛ばした。
「35普連、隊形を維持したまま前進。無駄撃ちはするな。射線管理を徹底しろ」
「了解!」
僕らは一斉に応じ、遮蔽物を利用しながら前進を開始した。すでに銃声は近い。最初の接触は、立川駐屯地の外周フェンス付近だった。
「接敵!」
声が上がった瞬間、僕は地面へ伏せて照準を合わせた。
フェンスの向こう、あるいはその周辺に設置された遮蔽物の陰から敵兵が射撃している。見た目だけなら、僕らと大きく違う装備には見えない。だが、これまで何度も思い知らされてきた。同じように見えても、性能は僕らの上を行く。
その敵を正面から押さえ込むため、和田三佐の声が響いた。
「34普連、右から圧をかける!」
「了解だ、押し込む!」
直後、重い制圧射撃が走った。複数の射線から弾幕が広がり、敵の動きを押さえ込んでいく。敵兵が遮蔽物へ身を伏せたところで、和戸一尉が前進を命じた。
「今だ、35普連、前へ!」
僕らは一気に距離を詰めた。建物の影へ滑り込み、射角を確保する。敵兵の姿が見えた瞬間、こちらの射撃が集中した。
「段場さん、左はお任せくださいませ。私が崩しますわ!」
「はい!」
東野二曹の射撃によって、左側の敵兵が崩れた。だが、それで終わりではなかった。兵舎側から、新たな敵兵が次々と流れ込んでくる。
「数が多い……!」
僕がそう呟いた直後だった。上空から、乾いた一発の銃声が落ちてきた。
敵兵が1人、倒れる。続けて、もう一発。2発目の銃声とともに、もう1体の兵士が倒れた。
「……フォックス班ですね。既に潜んでいたとは流石です。」
ソブラウさんが言う。
「助かるな」
和戸一尉も短く応じた。僕は反射的に視線を上へ向けた。屋上付近に、人影が見える。ジミーさんだ。
「く……狙撃手だ! 伏せろ!」
敵兵の動きが一瞬だけ鈍る。その隙を、僕らは逃さなかった。
「押し切るぞ!」
和戸一尉の号令に合わせ、35普連が一気に前へ出る。
外周で抵抗していた敵を突破し、そのまま基地内部へ侵入した。視界が開ける。滑走路が見えた。だが、そこにも敵が残っている。
「まだ制圧できていない……!」
滑走路周辺には車両が数台横付けされたままになっており、敵兵はそれらを遮蔽物として利用しながら粘っていた。さらに奥へ目を向けると、弾薬庫付近から火の手が上がっている。
和田三佐が状況を見渡した。
「状況は最悪ではないが、良くもないな」
「整理する必要がありますね」
ソブラウさんが一歩前へ出る。戦場全体を見渡しながら、淡々と状況を整理していった。
「現状、敵は3つに分かれています。滑走路周辺、兵舎、そして弾薬庫付近。どの戦線も決め手に欠け、膠着しています。」
和戸一尉が答える。
「全部潰すには兵力が足りない」
「ええ。なので、優先順位を決めます」
ソブラウさんが視線を滑走路へ向けた。
「滑走路を取りましょう。ここを押さえれば、敵の増援と補給を止められる」
「妥当だ」
和田三佐が同意する。和戸一尉も頷いた。
「異論はないな。35普連、滑走路正面を担当する」
続いて和田三佐が右側を指す。
「34普連は右から圧をかける。逃がさない」
「フォックス班には、指揮個体の排除を依頼します」
ソブラウさんが無線へ向かって告げる。
『まかせとけ』
コルガンさんから、まるで当然のことを引き受けるような声が返ってきた。和戸一尉がソブラウさんへ視線を向ける。
「……随分と仕切るな」
「嫌でした? なら下がりますが」
「現場判断で構わん。まとめられる奴がまとめろ」
短いやり取りだった。だが、それで十分だった。その時――
「!?」
重い爆発音が響いた。全員の視線が弾薬庫方向へ向く。黒煙が、先ほどよりも高く立ち上っていた。
「まずいな……誘爆するぞ」
和田三佐の声に、ソブラウさんが答える。
「時間がないですね」
状況を確認した和田三佐が、全員へ声を張り上げた。
「各員、任務を再確認する!」
銃声と爆発音が飛び交う中でも、その声ははっきりと届いた。
「滑走路を確保する! それが終われば、残りは崩れる!」
そして、和戸一尉が僕らの後方へ視線を向けた。
「運天!」
「はい!」
要が返事をする。
「前に出るな。射撃支援に徹しろ。無駄撃ちはするな」
「……っ!」
要の表情が僅かに強張った。
(また後ろかよ……)
それでも、今回は反論しなかった。
「……了解です」
珍しく、素直な返答だった。ただし、その指は引き金から離れていない。和戸一尉は次に僕へ視線を向けた。
「段場、右側の車両を見ろ。あそこが鍵だ」
「はい!」
僕は照準を向ける。
右側に横付けされた車両。その陰から敵兵が射撃を続けている。車両そのものを盾にしているようだが、完全に身を隠せているわけではない。
(あそこを止めれば……)
そう考えた瞬間、和戸一尉の声が飛んだ。
「行くぞ!」
戦線が、一斉に動いた。それまで各所でばらばらに続いていた戦闘が、指揮の下で一本の戦線へと収束していく。
35普連が正面から前進し、34普連が右側から圧力を加える。その間を縫うようにフォックス班が要所を潰し、ソブラウさんが全体の動きを繋いでいく。戦場が、統合されていく。
その瞬間だった。滑走路の奥から、重い足音が響いた。
「……何だ?」
誰かが呟く。煙の向こうに、巨大な影が浮かび上がった。続いて、その姿がゆっくりと明らかになる。重装の部隊だった。
これまで交戦してきた兵士たちとは、明らかに違う。装備も、立ち姿も、戦場へ踏み込んでくる圧力も違っている。
「新手か……!」
和田三佐が身構える。ソブラウさんも、わずかに目を細めた。
「困りましたね」
その視線が、煙の向こうに現れた重装部隊を捉える。そして――
「これは…… “主力”です」
その一言で、僕ら全員の理解が一致した。今までの戦いは、前座に過ぎなかった。直後、銃声の密度が再び増していく。立川駐屯地を巡る戦いは、ここからが本番だった。
登場人物紹介
段場 隼人……本編の主人公
和戸 一暁……35普連4中隊の中隊長
ソブラウ……GASTアルバトロス班の隊員
和田 友延……34普連1中隊の中隊長
東野 千花……35普連3中隊の元社長令嬢
運天 要……隼人と同期。英雄への強い想いが暴走してしまっている
コルガン……GASTフォックス班の班長




