第15話 軍議
地球の皆さん、ごきげんよう。レイ・カラウスキだ。
本当なら自己紹介の続きをしたいところだが、残念ながらそれどころではない。私は今、重傷の偵察兵3名を搬送している。彼女たちの呼吸は浅い。翼が、いつになく重い。
「ブル、デム、ベイル、3人の状態は?」
「ヴィシャラ一等兵、呼吸が弱まる一方です。」
デムが答える。
「同じくアルフット一等兵も、呼吸が弱まっています。」
ベイルも同様に答えた。
「んっ……ここは?」
メッテが目を覚ました。
「曹長、メッテ兵士長が目を覚ましました。」
「カラウスキ曹長殿、今はどういう状況で、うっ……」
「無理はなさらないで下さい、兵長。かなり重傷なのですから。」
ティテズの報告に安堵したが、メッテ兵士長の怪我の具合は芳しくない。急ぎたいところだが…。
「曹長殿、スピードを上げますか?」
「いや、これ以上スピードを出すと、彼女らの傷に響く。」
デムの具申に私は首を横に振った。
「しかし、ヴィシャラ一等兵とアルフット一等兵は、急がないと危険です!」
パチェコの言う事が尤もだ。ヴィシャラ一等兵の口元から、かすかに血泡が漏れている。翼を動かすたび、彼女の体が揺れた。
急がなければならない。だが、急げば耐えられない。それは私も分かっている。しかし…クソ、どうする、どうすれば……。
「曹長、あれは!」
パチェコの指す方向を見ると、ヘリがこちらへ向かっていた。アボイ少尉殿が操縦するヘリだった。助かった……そう思いたかった。しかし、本当に間に合ったかどうかは、まだ分からない。無線から、アボイ少尉殿のぶきらぼうな声が聞こえる。
『カラウスキ、アボイだ。着地地点を指示しろ。』
アボイ少尉殿に着地地点を伝え、負傷した3人をヘリに乗せる。あとは、軍医の元へ搬送するだけだ。頼む、それまで持ってくれよ…。
「曹長、我々はどうしましょう?」
パチェコが私に質問する。表情に「撤退したい」と書いてある。だが、命令の変更はされていない。続行だ。
「少し休憩をしよう。そしたら、また湯河原へ向かう。命令の変更はされていないからな。」
「しかし、我々だけで大丈夫でしょうか?」
「連中は警戒を強めるでしょうし、我々5人だけでは…。」
ティテズはそう言うが、命令を無視するわけにはいかないのだ。
「命令の変更はされていないと言っただろ! 続けるぞ!」
『その必要はない。お前等の支隊は戻ってこい。次の作戦に必要だ。』
その時、無線からアンネ・ミルキーウッド大佐の声が響いた。彼女の声には一切の焦りはなく、それがこの上なく恐ろしいと私は感じた。
『心配ない。偵察隊は別の者をよこす。すぐに戻れ。』
「了解しました。」
―陸上自衛隊 座間基地――現在は、アステリム帝国属領「テリムト」の参謀支部となっている
滑走路には帝国製輸送機が並び、旧陸自の迷彩車両の隣には見慣れぬ装甲車が駐機していた。日章旗は既になく、代わりに帝国旗が風に揺れている。
基地に戻ると、ミルキーウッド大佐殿が自ら出迎えて下さった。
「カラウスキよ、任務の急な変更、すまないな。新たな作戦で貴様の力が必要になるだろうと、作戦参謀部より要請があったのだ。」
「承知致しました。そのように評価して頂き、光栄であります。」
「あ、いたいた~。アン姐さん、情報の解析が終わったよ~」
ハイエルフの若い女性が、こちらに小走りでやって来た。この方が、帝国軍情報参謀長エレナ・ポートレミ中佐。幼く見えるが、彼女の解析能力を疑う者は帝国にはいない。
「アン姐さん、昨日取集したデータを、多次元空間モデルで再構築してプロットしたの。敵の行動を立体的に再現したってこと。これで、敵の戦術パターンと、個々の能力値を予測できるはずだにゃ~」
「そうか、思っていたより早かったな。流石はエレナだ。」
「えへへ…」
ミルキーウッド大佐殿に褒められ、嬉しそうにするポートレミ中佐殿。私が上官でかつ、御2人よりも年上ならば、このやり取りを微笑ましく感じられたのだろうか、などと野暮なことを考えてしまった。
「カラウスキよ、早速で悪いが、軍議を始める。」
「了解しました。」
本来なら、今も湯河原で偵察任務だったのだ。それと比べれば、軍議の出席など苦ではない。ブリーフィング室では、既に待機中の上官や下士官たちが集結していた。
「ではエレナよ、解析したデータを伝えてくれ。」
「はいは~い♪ お伝えするね!」
「結論から言うね。神奈川方面には2つの侵攻部隊がいるけど、本隊は湯河原方面にいる可能性が高いよ。」
室内がざわつく。ポートレミはスクリーンを切り替えた。
「でもね、純粋な戦力だけなら山梨方面の部隊の方が上なの。」
その説明に、テリムト参謀長を務めるサッサ・アイソレイテ空軍少将が疑問を呈した。
「その根拠は何でしょう?」
「2年前の戦いを覚えてるかにゃ?」
ポートレミ中佐の問いかけに、パウ・シュグルポッター陸軍大尉が答えた。
「あのウックル中佐が討たれた戦いですな。」
「そう、その時に手を焼いた処刑人級が多数いるのが、山梨方面の部隊なのよね~」
その説明を聞いたテリムト作戦参謀長、ゾーリー・ゴア陸軍准将が質問した。
「その部隊の行き先は?」
「敵精鋭部隊は相模原経由で横須賀を目指す可能性が高いにゃ。ただし、八王子経由で新宿を突く可能性もあるよ。」
「この戦力がもし関東平野に出たら厄介だにゃ~。」
「……東京方面が崩れますか…」
ゴアは、自身のタブレットを開き、地図アプリを起動した。
「そう。山梨は天然の防壁みたいな地形だから、ここを突破されたら防衛線は一気に薄くなるよ。」
ポートレミの危惧に、地図アプリを睨みつけていたゴアは、即座に判断を下す。
「敵本隊は、当初の予定通り、罠へ誘導する。罠の進捗はどれくらいですか?」
「5割というところかの。」
そう答えるのは、工兵科所属のアウリガ・タイタゲ陸軍少佐。
「湯河原の陸偵支隊と水偵支隊は壊滅したと聞いてますが。」
今度は、情報参謀に問いかける。
「指揮官メッテ兵士長は重傷、部下2名も瀕死だにゃ。」
「カラウスキ。お前は昨日、敵と接触しているな?」
ミルキーウッドはカラウスキに話を振った。
「はっ」
「印象を言え。」
「装備は劣っています。しかし、小隊単位での連携が非常に速い。誰か一人が敵を視認すれば、瞬時に全員が対応へ移ります。」
私は忌憚のない意見を言ったつもりだ。少人数規模でぶつかれば勝てるのは、私が証明した。しかし、あの統制力は侮れないのも事実である。
「……そうか。」
ゴアは地図から目を離さなかった。
「では、敵は強いと想定して動きます」
そう言って、ゴアは次の作戦を命じる。
「ならば、湯河原や真鶴での足止めが必要ですね。予備隊から一個大隊を出しましょう。罠に誘導するまでに仕留めちゃっても構いません。指揮は、ファネッタ・イオクタン少佐で行きましょう。」
「任された!」
「山梨の敵精鋭部隊はどうするおつもりで?」
ゴアは、地図アプリで山梨を指し、一考した。ゴアは地図を指でなぞり、一つ一つ説明を始める。
「ここが甲府盆地への出口だ。」
「山岳を抜けた瞬間、敵の機動力は落ちる。そこを叩く。」
彼は一度だけ言葉を切った。
「……もっとも、相手が我々の想定通り動けば、の話だが。」
ゴア准将の説明に、テリムト情報参謀で陸軍収集担当長を務めるポステオ・ポズテリリ陸軍少尉が納得した様子で応じた。
「なるほど、地形と種族の特性を最大限に活かすわけですね。」
「その通りだ」
「大月で討つ」
「参謀長、それでよろしいですか?」
「ええ、問題ありません。明日にでも出陣出来るよう、フー少佐は、早急に編成をお願いします。総督府へは私の方からお伝えします。」
「了解しました!」
指示を受けたテリムト人事参謀次長、ナザレノ・フー陸軍少佐が返答した。
「この作戦は本国にも報告されます。失敗は許されません」
「はっ!」
なるほど、私は空爆担当というわけか。新装備も支給され、使い心地も悪くなかった。私は拳を握った。殲滅爆撃――それが今回の任務だ。
今日の戦いは、ただの前座に過ぎない。明日――彼らは、本当の地獄を見る。
登場人物紹介
アンネ・ミルキーウッド……帝国陸軍大佐で、天使族の女性。テリムト参謀部の参謀次長を務める。ポートレミは同郷で、彼女からは「アン姐さん」と呼ばれている。ポートレミを妹のように可愛がっているため、彼女にだけは甘い。
エレナ・ポートレミ……帝国陸軍中佐で、ハイエルフの女性。テリムト参謀部で情報参謀長兼情報分析担当をしている。幼い雰囲気と見た目だが、ハイエルフなので実年齢は…げふんげふん。ミルキーウッドは同郷で幼馴染なので、上官でありながらため口で喋っている。かつて、それを真似してミルキーウッドにため口で話して殴られた兵士がいた。それ以降、ミルキーウッド以外の上官には、最低限のマナーで接している(?)
ゾーリー・ゴア……帝国陸軍准将で、ヒト族の男性。テリムト参謀部作戦参謀長兼陸軍作戦担当。将校でありながら、ヒト族と、運動能力が他種族と比べて落ちる種族であり、ヒト族より長寿な種族も多い帝国軍内において、年上の部下も多く、かつ腕っぷしで勝てないため、部下にも敬語で喋っている。(時々、威厳を示そうと命令口調で話すことはある。)軍略に長けるものの、小心者な一面もある。
グーリエ星に存在する種族
ハイエルフ……エルフ族の上位種で、他のエルフと比較しても長寿であり、様々な能力が高い。進化してなれるわけではなく、持って生まれた才能なので、他者を見下す者も少なくない。ちなみに、仕事上の役職等では、努力次第でハイエルフを上回ることは出来る。




