第14話 理解できない心情
気が付けば朝だった。こんな状況だったにもかかわらず、昨夜はぐっすり眠ることができた。いや、こんな状況だからこそ深く眠れたのかもしれない。戦闘や慣れない環境による精神的な負担から逃れようと、身体が休息を求めていたのだろう。
06:00に目が覚めたのは、長年の習慣が身体に染みついているからだと思う。
「おはよう隼人。よく眠れた?」
起き上がった僕に、杏南が声をかけてきた。
「おはよう杏南。爆睡してたよ。よっぽど疲れてたんだろうね。」
「私もだよ。まあ、おかげで疲れは取れたかな。」
杏南も昨夜はよく眠れたらしく、疲労が残っている様子はあまり見られなかった。そんな僕らの会話を聞いていた木山が、眠たそうな顔で近づいてきた。
「お前等、こんな状況で何で眠れるんだよ。」
「身体が現実逃避してるんだよ、きっと。」
僕がそう答えると、木山は疲れ切った表情でぼやいた。
「俺は全然眠れなかったぞ。怠くてしょうがねぇよ。」
「ご飯食べれば元気になりますよ。」
杏南が励ますように声をかけたものの、木山の表情は晴れなかった。
「レーションじゃ元気出ねぇよ…。」
「はいはい、ボヤかない、ボヤかない。」
杏南は苦笑しながら木山をなだめた。
確かに、レーションばかりの食事では気分が上がらないというのも分かる。それでも、今日も任務が待っている以上、いつまでも寝不足を嘆いているわけにはいかなかった。
「ちっ、呑気なもんだ。」
俺は、楽しそうに会話を続ける3人を見ながら悪態をつき、すぐに目を逸らした。
俺の名は運天 要。あいつらが何を考えているのか、さっぱり理解できない。
昨日、俺たちは血と肉が飛び散る地獄のような光景を目の当たりにした。死者や重傷者が出たことも、当然知っているはずだ。それなのに、どうして翌朝からあんなに平然としていられるのだろうか。
俺だって疲労困憊だったが、昨夜は一睡もできなかった。目を閉じるたびに昨日の光景が頭をよぎり、胃の奥を締め付けられるような重苦しさが消えなかったのだ。あいつらのように、戦場で起きたことを一時的に割り切り、何事もなかったかのように眠ることなど、今の俺には到底できそうになかった。
2020年9月22日、午前7時30分。
この日の任務は、湯河原町に残っている住民の捜索と避難誘導だった。しかし、街を歩いていても人っ子一人見当たらない。昨日も避難者が出たという話は聞かなかったし、こんな作業を続けることに意味があるのか疑問だった。
さっさと先へ進み、1人でも多くのグーリエ星人を倒すべきではないのか。俺はそう考えながら、荒れ果てた街を歩いていた。
「お前、昨日、角南に嚙みついてたよな?」
不意に声をかけてきたのは、同じ第4中隊に所属する厚巳 千宏三等陸曹だった。
「聞いてたんですか?」
「そりゃあ、あの狭い空間にいればな。嫌でも聞こえるよ。」
「そうですね、ははは…。」
俺は曖昧に笑ってごまかしたが、厚巳三曹は俺の不貞腐れた態度を気にする様子もなく、話を続けた。
「お前、道志山塊攻防戦を知っているか?」
「ええ、"そういう事があった"というレベルですが。」
「その時、新人だった角南が大活躍でね。新人とは思えない冷静さで勝利に導いていた。敵の指揮官も仕留めたんだぞ。」
厚巳三曹は、まるで自分のことのように誇らしげに語っていた。しかし、俺にはその話が到底信じられなかった。
「まさか? それ本当ですか? 本当に指揮官だったんですか?」
角南陸士長といえば、昨日俺が口論になった相手だ。見た目は非力そうな女なのに、そんな大きな戦果を挙げたというのか。仮に事実だったとしても、適当に撃った弾が偶然命中しただけではないのか。俺には、それほどの実力を持っているようには見えなかった。
「本当だよ。目撃者だっている。俺達だって、敵の大隊長や中隊長クラスはリサーチしているからな。欺瞞情報なんかじゃないぞ。」
「そうなんですね。」
厚巳三曹は俺の反応を気にせず、さらに念を押した。
「だから、角南を甘く見るな。あいつはかなりの手練れだぞ。」
「そうですか。」
俺は再び空返事をした。それほどの戦果を挙げたというのに、今は住民の避難誘導で満足しているらしい。大方、実戦の恐怖に耐えられなくなり、前線に出るのが怖くなったのだろう。強い兵士が1人でも多く必要とされている状況で、何とも情けない話だ。
厚巳三曹も、どうして臆病になった後輩をそこまで持ち上げるのだろうか。俺には角南陸士長を尊敬する気にはなれなかった。
そんなことを考えながら歩いていると、湯河原町の荒廃ぶりが改めて目に入ってきた。建物の壁は崩れ、道路には瓦礫が散乱している。破壊された家屋の隙間からは、取り込まれることのない洗濯物が風に揺れていた。まるで街全体の時間が、ある日突然止まってしまったかのようだった。人の営みが失われた街並みには、静けさとともに深い絶望感が漂っていた。こんな場所で、なぜ俺は無駄な作業をしているのだろう。
俺は瓦礫の山を歩き回るために自衛隊へ入ったわけではない。グーリエ星人と戦い、奴らを倒すことこそが俺の使命なのだ。その思いは、街の惨状を目にするほど強くなっていった。奴らさえいなければ、この街も、ここで暮らしていた子どもたちも、こんな目には遭わなかったはずだ。
(……見つけたら、絶対に逃がさない。)
胸の奥で燃え続ける怒りを抑えながら、俺は周囲の捜索を続けた。
「住民がいたぞ!」
捜索を続けていたところ、一軒の民家に人の姿を発見した。
「行こう。」
俺は厚巳三曹の指示に従い、その民家へ向かった。
表札には「中野」と書かれている。家屋はひどく損傷しており、窓ガラスは割れ、玄関には焦げ跡が残っていた。2階部分は屋根が陥没しており、とても人が住める状態には見えなかった。ところが、不思議なことに玄関先の花壇だけはきちんと手入れされていた。周囲の建物が荒れ果てている中で、そこだけが以前の暮らしを残しているようだった。
俺たちは家の住人である中野さんに避難を勧めたが、彼は頑として応じようとしなかった。
「どうしてですか? ここはグーリエ星人の占領下ですよ?」
俺が尋ねると、中野さんは困ったように顔をしかめた。
「そんなもんは分かっている。しかしなぁ…。」
危険だと理解しているにもかかわらず、なぜ避難を拒むのだろうか。
俺にはその理由が分からなかったが、厚巳三曹は中野さんの様子を見ながら、穏やかな口調で問いかけた。
「何か思うことがあるのですか?」
「この家、念願のマイホームなんだよ。」
中野さんはそう答えると、崩れた壁を見上げた。
「4年前も焼けた。その前の奪還戦でも屋根が吹き飛んだ。」
その視線の先には、家族写真が飾られていた。話を聞くと、中野さんは奥さんと足の不自由な父親のほか、隣家に住んでいた老夫婦、両親を失った小学生2人と共同生活を送っているらしい。
この家は、中野さんにとって単なる住居ではないのだろう。家族と暮らし、幾度もの戦火を乗り越えてきた、大切な場所なのかもしれない。しかし、それを理由に命を危険にさらすという考え方は、俺には理解し難かった。
「ここは危険です。この地域は今後も戦闘地域になります。命を守るためにも避難してください。」
俺が改めて避難を促すと、中野さんは声を荒げた。
「お前には分からんだろうが、家族の思い出が詰まっている大切な家なんだ! そう簡単に捨てるわけにはいかんのだ!」
確かに、長年暮らしてきた家を離れたくないという気持ちは分からなくもない。しかし、命を失ってしまえば、家も思い出も何の意味もなくなってしまうではないか。
「思い出より命の方が大事でしょう。お願いです、避難して下さい」
「ええい、もう俺達のことは放っておいてくれ!」
中野さんは怒りを露わにし、俺たちの説得を拒んだ。どうやら、俺は彼の逆鱗に触れてしまったらしい。だが、やはり理解できなかった。
湯河原を奪還できれば、またこの家へ戻ってくることもできるはずだ。それまでの間だけ、安全な場所へ避難すればいいではないか。命の安全よりも家に残ることを優先するなど、俺には狂気の沙汰としか思えなかった。
俺が次の言葉を探していると、厚巳三曹が中野さんへ別の提案をした。
「中野さん、ではこういうのはどうでしょうか? 同居しているい方達に、ここに残るか、我々についてくるかを選択していただくというのは。」
「う、うむ。相談してみる。」
中野さんは少し考えた後、厚巳三曹の提案を受け入れ、同居している人たちに意思を確認することになった。その結果、両親を失った小学生2人が避難を希望した。
俺たちは2人を兵站拠点まで送り届け、そこからヘリコプターで月白展望台へ移送することになった。兵站拠点までの護送を担当するのは、俺と厚巳三曹、そして同期の田島 惇一二等陸士だ。
避難する子供たちの名前は、尾上 太陽と坂井 康千。太陽は12歳の小学6年生、康千は10歳の小学4年生で、2人とも湯河原町の出身だった。
俺は兵站拠点へ向かう道中、2人からグーリエ星人について何か情報を得られないかと考え、街の様子を尋ねてみた。ところが、2人は質問を聞いた途端に泣き出してしまい、それ以上会話を続けられる状態ではなくなってしまった。
「お前さ、なんてこと聞くんだよ…。」
田島が呆れたような顔で俺を見た。続いて、厚巳三曹も厳しい表情で注意してきた。
「思い出したくないこともあるだろうし、ご両親を失ったとのことだ。辛い思いをしている。配慮しろ。」
俺は何も言い返せなかった。太陽と康千は俯いたまま、黙って歩いている。2人の小さな背中を見ているうちに、ようやく自分が何を聞いてしまったのか、少しずつ理解できた気がした。
(……俺は、何を聞いたんだ。)
胸の奥に、何かが引っかかるような感覚が残った。しかし、俺はすぐにその考えを振り払った。こんなことで立ち止まっている場合ではない。俺は兵士であり、敵を倒すためにここへ来ているのだ。今は2人を無事に兵站拠点へ送り届けることだけを考えよう。
結局、この日、俺たち第4中隊が発見した住民は、中野さんの家にいた人たちだけだった。
城山方面では別に4件の住民が確認されたらしいが、避難に応じたのは太陽と康千の2人だけだった。他の住民たちは、危険を承知のうえで湯河原に残ることを選んだという。いくら街に愛着があったとしても、こんな環境に残ろうとするものなのだろうか。
学校も会社もなく、いつグーリエ星人が襲ってくるかも分からない。生き延びることを考えるなら、安全な避難先へ移動する方がいいはずだ。それなのに、どうして皆、この街を離れようとしないのだろう。
中野さんの言葉を思い返しても、俺にはその気持ちが理解できなかった。
そして、何より納得できないのは、今日1日の自分自身だった。俺は朝から瓦礫だらけの街を歩き回り、住民の避難を呼びかけていただけだ。グーリエ星人を1体も倒していなければ、敵に関する情報も得られていない。守ることができた命も、たった2つだけだった。
(……これで、本当に英雄と言えるのか。)
今日1日、俺は何をしていたのだろうか。敵と戦ったわけでもなければ、勝利を収めたわけでもない。英雄になるどころか、住民を怒らせ、子供たちを泣かせてしまった。
俺は、自衛官として本当に必要とされているのだろうか。その答えを見つけることもできないまま、胸の奥に溜まった苛立ちは、いつまでたっても晴れそうになかった。
登場人物紹介
厚巳 千宏……1995年5月10日生まれ / 兵庫県出身 / 三等陸曹 / 35普連4中隊所属。要と同じ班の先輩。要に朱杏の実績を教え、彼の傲慢さを抑えようとした。
※道志山塊攻防戦……帝国軍が、相模原市から道志山塊を通り、富士山に拠点を作って山梨県と静岡県を奪う作戦。2018年6月18日~9月29日の期間に行われた。角南朱杏は、9月18日から派遣され、石割山内で敵指揮官ほか、相当数の帝国兵を討った。




