第134話 狐がつまむ
ドトリマンの装甲車が放つ砲弾よりも早く、空から降り注いだ「死の光」が敵の砲塔を消し飛ばした。
「な、なんだ!? どこから撃たれた……!?」(ドトリマン)
ドトリマンが混乱し、周囲の兵士がうろたえる。その直後、八王子の空を支配するように、腹に響く凄まじい反転音が轟いた。
「あれは!?」(隼人)
「35普連の皆、待たせてごめん!」(畦地)
上空から現れたのは、8機のAH-1S。そして、その先頭機、死神の鎌のような20mmガトリング砲を旋回させ、機体を傾けて突っ込んでくるのは、空自のF-35Aだった。
「ぎゃあああああ」
上空からの攻撃により、敵装甲車両を無効化していく。
「よしよし、計画通りだ。我々も行くぞ」(コルガン)
「――こちらコルガン。……フォックス01から全班へ。獲物は多い、仕留め損なうな」(コルガン)
無機質な無線の声。GAST狙撃部隊「フォックス班」。9名の精鋭が3組に分かれ、スナイパー、スポッター、フランカーの役割を瞬時に入れ替えながら、戦う狙撃のスペシャリスト。一射ごとに、ドトリマンの部隊の通信士、機関銃手、そして装甲車の観測窓が精密に撃ち抜かれていく。
「ジミーの野郎…1人で十分だと…俺様にはスポッターもフランカーもいらないってか…。」(グイダ)
「まあ、そう言うな。あいつの射撃は一級品だ。1人が動きやすいなら1人でさせるのも有りだろう。」(コルガン)
「班長、しかし、三位一体が基本なのに。」(グイダ)
「ははは…俺と2人では役不足かな?」(コルガン)
「……やってやります。やってやりますよ。班長が隣にいてくれるなら、それで十分だ」(グイダ)
グイダは忌々しげに舌打ちしながらも、観測鏡を調整し、ターゲットを捕捉する。ジミーは既に独断でビルの中層階へと潜り込み、単独で引き金を引き続けていた。彼はGASTナンバー2の狙撃手として高い評価を受けている。――ナンバー2、彼はそれが納得いっていない。
「(ナンバー1スナイパーは俺だ!)」(ジミー)
ジミーの心中を支配しているのは、ただ一点。GAST狙撃部隊の頂点に君臨する「ローレライ」への強烈な対抗意識だ。その執念が、彼を極限の集中力へと誘う。
「(観ていろ。あんたがいない場所で、俺が戦場を終わらせてやる……!)」(ジミー)
独り離れたビルの屋上、ジミーの指が引き金を絞る。排莢の金属音と同時に、ドトリマンの随伴歩兵がまた一人、頭部を砕かれ泥水に沈んだ。
「ジミーが獲物を追っている間に、残りの雑魚を片付けるぞ。グイダ、右翼の対戦車兵だ」(コルガン)
「了解……座標修正、風読み……放て!」(グイダ)
コルガンの確実な観測に基づき、グイダの狙撃銃から音もなく死が放たれる。ドトリマンの部隊は、どこから狙われているのかさえ分からぬまま、文字通り削り取られていった。
「(狙撃手が暗躍しているのは分かる。でも、何も見えない…この強さは、きっとGASTだ!)」(隼人)
僕がその異様な光景に震えていると、突然背後から声がした。
「おい、君!」(ダンタス)
「は、はい!」(隼人)
突然、僕の背後から声がして、思わず変な声が出てしまった。振り返ると、GASTの隊員が3名。
「俺はダンタス。君は今から、怪我人を救護してヘリに乗せろ。俺達が援護する。」(ダンタス)
「了解!」(隼人)
僕は、ダンタスさん達の援護のもと、怪我人の救護を行った。
「ダンタス班、前進する。カロ、ラーキン、近接戦闘に切り替えろ!」(ダンタス)
「了解!」(カロ、ラーキン)
ダンタス班の動きは、僕の知るスナイパーの常識を超えていた。背負っていた狙撃銃を瞬時にスリングで回し、手にしたアサルトライフルを短く構える。彼らは遠距離の精密射撃だけでなく、歩兵としての制圧能力も一流だった。
ダンタスさんが先頭で弾道を切り拓き、カロさんとラーキンさんが左右を固める。その鉄壁の援護の中、僕はホバーキャリアを走らせ、倒れ伏している仲間たちのもとへ急行した。
「杏南! 橋本中隊長!」(隼人)
「……隼人……遅い、よ……」(杏南)
杏南は脇腹を血に染めながらも、折れたライフルを支えに僕を睨みつけた。彼女の横では、橋本中隊長と諏訪陸士長が、今にも意識が飛びそうな怪我を押して、敵の残党に向けて引き金を弾き続けている。
「橋本三佐、ここは我々に任せて収容されてください!」(ダンタス)
「……すまん。……意識のない奴らを優先してくれ……」(橋本)
橋本中隊長は、苦渋の表情で倒れた隊員たちを指し示した。
「小城! 動けるか!?」(隼人)
「クソ……足が、言うことを……。隼人、俺も、まだ戦える……っ!」(小城)
小城は地面を這い、銃を掴もうと必死に腕を伸ばしているが、その下半身は瓦礫に叩きつけられた衝撃で麻痺していた。
「いいから乗れ! 死んだら何もならないだろ!」(隼人)
僕はダンタス班が形成する「安全地帯」の中で、動けない小城や意識を失った隊員たちを必死にキャリアの荷台へと引き上げた。
「段場…俺、助かるか?」(曽我)
朦朧とする意識の中、曽我陸士長が呟く。
「大丈夫です。絶対に助かります!」(隼人)
「う…ぐ…」(富貴)
「富貴三曹、少しだけ堪えて下さい、今乗せますから」(隼人)
上空ではF-35AやAH-1Sがガトリングを唸らせ、遠くのビルからはGASTの狙撃が敵の増援を足止めしている。その間、僕は怪我人をキャリアに乗せていく。
「(まだだ……まだ全員助けるんだ……!)」(隼人)
僕が最後の一人を引き上げようとした瞬間、爆煙を突き抜けて、ドトリマンの装甲車が死に物狂いの突撃を仕掛けてきた。砲塔こそ失っているが、その巨体そのものが凶器となって、僕たちの救護地点を押し潰そうと迫る。
「……糞どもがぁぁぁ!!」(ドトリマン)
「させんと言っている! カロ、ラーキン、あれを止めるぞ!」(ダンタス)
ダンタスさんが鋭い視線で装甲車を射抜いた。
「そんなものが効くかぁ!」(ドトリマン)
リザードマンの咆哮がこだまする。ダンタスさんの銃弾は弾かれ、ハッチから顔を出したリザードマン(ドトリマン)が拳銃で応戦する。
「くっ…しぶとい…」(ラーキン)
「前進しろ! 奴らを轢き殺せ!」(ドトリマン)
「――チェックメイトだ、トカゲ野郎」(ジミー)
パァン!
その時、離れた場所でジミーが呟いた。その声は誰にも聞こえなかったが、一発の銃声と共に、ドトリマンの頭部を撃ち抜いた。
トリマンの巨体が、糸の切れた人形のようにハッチから崩れ落ちる。指揮官を失った装甲車は、主を失った獣のように力なく慣性で突き進み、僕たちの目の前数メートルの位置にある瓦礫の山に激突して停止した。
「今だ! ラーキン、カロ、ハッチの中へ!」(ダンタス)
ダンタスさんの鋭い号令が飛ぶ。
ドトリマンの頭部を正確に撃ち抜いたジミーの狙撃が、この一瞬の「隙」を作り出した。
「了解!」
カロさんとラーキンさんが、まだ煙を吹いている装甲車に肉薄する。彼らは走行を停止したばかりの鉄の塊に迷わず飛び乗り、ドトリマンの死体が引っかかっているハッチを力任せに抉じ開けた。
「おのれ……下等生物がぁ!」
車内から敵兵の生き残りが、血走った目で軍刀を突き出そうとする。しかし、カロさんの動きの方が一瞬早かった。
ハッチの隙間から滑り込ませたのは、近接戦闘用のフラッシュバン。車内で閃光と爆音が炸裂し、帝国兵たちが視界と平衡感覚を失った刹那、ラーキンさんがアサルトライフルの銃身を車内へ突っ込んだ。
タタタタン、タタタタン!
狭い車内に乾いた銃声が反響する。逃げ場のない鉄の箱の中、帝国兵たちの悲鳴はすぐに静寂へと変わった。
「クリア。……生存者はいないから、今のうちに離脱して!」(カロ)
「ありがとう、ございます……!」(隼人)
僕は震える手でアクセルレバーを握り込み、ホバーキャリアを再始動させた。荷台には、満身創痍の小城、杏南、橋本中隊長、そして意識を失った数名の隊員たちが乗っている。
「行け、段場! 浅川にチヌークが止まっている。」(ダンタス)
ダンタスさんが拳を上げ、僕を送り出してくれる。バックミラー越しに見る八王子の市街地は、まだ畦地三尉の空爆とフォックス班の狙撃によって戦火の渦中にあったが、僕たちの前にある道だけは、仲間の命が繋いだ確かな「道」となっていた。
「(……必ず、送り届ける。一人も欠けさせない……!)」(隼人)
僕は真っ赤に染まった夕闇の向こう、浅川を目指して、ホバーキャリアを一気に加速させた。
だが――
「――こちら、フォックス01。新たな機影を確認……数が多い」(コルガン)
「……まだ終わってない!」(隼人)
僕は、思わずアクセルを握る手に力を込めた。
登場人物紹介
コルガン……GAST「フォックス班」の班長
ジミー……GASTナンバー2 の狙撃手
グイダ……単独で動きたがるジミーを良く思っていないが、実力は認めている
ダンタス……GAST「フォックス班」の副班長
カロ……ダンタス、ラーキンと三位一体で動く
ラーキン……ダンタス、カロと三位一体で動く
段場 隼人……本編の主人公
苫米地 杏南……隼人の同期で恋人
小城 聖太……隼人、杏南の同期
橋本 紋次……35普連1中隊の中隊長
GAST「フォックス班」……優秀な狙撃手が揃う部隊。スナイパー・スポッター・フランカーの三位一体で行動している。それぞれの役割を瞬時に変えることも出来、歩兵としての能力も高い。
※「行け、段場! 浅川にチヌークが止まっている。」(ダンタス)
念のため補足しますが、クラウスレイや三宝寺を乗せたヘリとは別の機体です。




